第50話
向かい合う文官と修道女。
数百人の兵士が見つめる王都城の大広間、叙勲され首に勲章を掛けられた俺を挟み込むように。ミーノとカリンは、しっかと睨み合って動かない。
────何やってんの、あの方言修道女。
小心な俺の胃が、キリキリと不思議な音を立てているじゃないか。
「……落ち着け、騒ぐでない。見よ、修道女。そなたの発言で、我が精鋭たちに困惑が広がっている。先ほどの言、取り消すつもりは無いか」
「ありません」
「ミーノは、彼女の告発を認めるか」
「認めません」
二人の頑なな態度に、少し辟易とした声を出しつつも。王は、静かに言葉を続けた。
「ふむ。本来であれば、斯様な争いごとは司法部の仕事であるが……。成程、司法部の長はミーノ大将軍である。徒労に終わるだろう、それで私の前で告発か」
「その通りです」
「よろしい、汝の覚悟は受け取った。ならば修道女カリンよ、汝はミーノが下手人たる明確な証拠を述べよ。我が右腕ミーノよ、汝に弁明をする機会を与えよう。自身の潔白を証明して見せよ」
「造作もありません」
お互いに自信満々、と言う態度だ。
あの冷静なカリンが王様の前でここまで言い切るとは、言いがかりじゃなくて何か明確な証拠でも握っているのか?
対するミーノも慌てた様子をまるで見せていない。心外だ、と言わんばかりに腹を立てているくらいである。
王はそんな二人を見比べた後。静かに、下知を下した。
「ではまず、修道女カリンが証拠を述べよ」
「はい、謹んで」
カリンは王の言葉に立ち上がり、目を伏せたまま語り出す。その目には、確かな憎悪の炎が揺らいでいる。
「ウチは教会で調べさせていただきました。あの日の死体の記録を、弔われた哀れな被害者の詳細を」
ビリビリとした空気が、場を包む。
恐らく今から始まるのが文官の主戦場、『舌戦』と言う奴だろう。口の上手さと頭の良さでの一騎討ち、知に生きる者の華場。
……と言うか、政治という分野でカリンがミーノに勝てるとは思えないのだが。大丈夫なのか……?
カリンも頭は良いんだろうけど、ミーノは別格だぞ。
「続けよ」
「はい。調べた限りではあの日、記録の上でゾンビらしき死体は一体も無かったのです。殺されたはずの『魔族の兵士』ですら、死体は新鮮で腐ってなどいなかった。ウチは本物のゾンビと戦った事もあります、奴等の血肉は間違いなく腐っていました」
「……」
「本当にゾンビが襲撃してきたのであれば、そんなことは起こり得ません。それに付け加え、前回の襲撃には国軍兵士にも被害が報告されていますが。────死亡した兵士の大半は、非番だった筈の者でありまして」
カリンは淡々と、調べた情報を語りあげていく。だが、ミーノの表情が変わることはない。
何をバカな、と憤慨しているように見える。
「おかしいでしょう、その場に非番の国軍兵士が大量に居て被害まで出ているのに、その連絡だけが城に届かないなんて。つまり非番の兵士がたまたま夜に城下町へ繰り出して被害が出たのではなく、その非番として扱われていた兵士こそ────襲撃の実行部隊だった。そう考えるのが、自然ではありませんか?」
カリンはそこまで言い終えると「先程の情報は教会に行けば何時でも確認が取れます」とだけ告げ。
「ミーノは非番だった兵士を指揮し、城下町を襲撃した。多少の被害は出てしまったが、城下町の商人達が蓄えた資金を強奪することに成功した。そしてそれを魔族の仕業と吹聴して、自らの罪を隠蔽した。ウチはこれが、城下町襲撃の真実であると確信してます」
……ゾンビの死体がなかっただと? それは一体どういう事だ?
話を聞いた限りじゃ、城下町を襲撃した連中はゾンビに相違無かった筈だ。確かにあの日、俺達へ襲撃の知らせが届いたのが異様に遅かったのは気になるが……。
いや、でもミーノがそんなことをする筈が。
「言いたいことはそれだけかな? では王よ、ボクは喋っても?」
「う、うむ。ではミーノ、弁明を始めよ」
少し動揺している王がミーノに弁論の許可を下ろす。無表情にカリンの主張を聞いていた文官が、静かに口を開く。
「まず、カリンさんは大前提を間違えています。そこを指摘すれば、きっと彼女の顔面は蒼白となるでしょう」
「ほう、大前提とな。ミーノ、それはなんだ?」
「はい。彼女は今先程、確かにこう言いましたね? 『城下町に住む民を脅かし、その財を奪い、私腹を肥やした』と」
「事実やろが!!」
「いいえ、これは事実ではありません。この場で今すぐに、彼女の嘘を証明してご覧に入れましょう」
淀みなく流れる流水のごとく、ミーノは弁明を開始した。王とは異なり、カリンの言葉に動揺や焦燥は感じられない。
一人は憎悪に眼光を揺るがせ、一人は無表情に微笑んで。二人の間に火花が飛び散り、そして。
「王よ、ご覧ください。先に制定した城下法の前文に明記しているでしょう」
「読み上げて見よ」
「『城下に住むヒトに分類される生物は、税を納める必要が有らず。それ即ち、民としての保証を受けざる』と」
「……それはつまり?」
「城下町に、民は一人も住んでいないんですよ」
─────信じがたいミーノの発言により、場は即座に凍り付いた。
「どういう、意味や?」
「ええ、城下町に住む人間は税を修めずに済む代わりに、公的機関の恩恵を受けられない。それはすなわち、城下町に住むヒトは国民に分類されない。獣や魔物と同じ扱いです」
その
俺はポカンと口を開いて、レックスの目は鋭くつり上がり、王は目を見開いて声を震わせた。
「……ミーノ? 我が右腕よ、お前は一体何を」
「王よ、貴方にもご承認いただきましたよね。この条文を施行するにあたり、確かに署名を頂いた記憶がありますが」
俺は、その文官少女の発言の意味を理解するまでにしばらく時間がかかった。
城下町に民は住んでいない? そんな馬鹿な、今でも生き残った商人たちは城下町で暮らしているじゃないか。ソータを始め、少しでも早く城下町を復興しようと精いっぱい働いているじゃないか。
なのに、城下町に国民は居ないって、それはどういう……。
「まさか……、まさかアンタ!!」
「城下町で商売を営む、税金の荷重を逃れた豊かな商人たち。彼らは単に、流動する資金の国庫と言うだけです」
「……やりおったんやな!! お前が!! お前が城下町の襲撃を、指揮しやがったんやな!!」
「襲撃とは、人聞きが悪い。迫りくる魔王軍の脅威に対処すべく、我々は資材豊富な狩場から『調達』したまでの事ですよ」
「お前が!! あの町に住んでいた人間を、商人を、女子供を、殺戮して財産を略奪したんやな!! それも最初から、城下町の改革を請け負ったその日から全部全部計画して!!」
頭が、クラクラとして。ミーノの口から出て来た、受け入れがたい事実に思わず膝をついてしまう。
どういうことだよ。ミーノ、お前は城下町を手塩にかけて育て上げたんだろ? あの少年も、あんなに感謝していたじゃないか。
なのに、その城下町を襲撃したのは。詐欺リンゴ売り『ソータ』の兄を切り殺したのは。ミーノだったっていうのか?
「冷静に考えてよ、カリンさん。10日前、愚鈍な国民の殆どが魔王軍の存在なんか信じていなかった。ボクは君達の送ってくれた情報から魔王軍の存在を確信し、戦争に備えて増税だの貴族から徴収だのを行ったけど、協力的な人はほとんどいなかった」
「……だからなんや」
「カリンさん、貴女ならどうするかな? 資金問題を解決できなければ、兵士に装備や食料を行き渡らせられず敗北必至。だけど誰も魔王の存在を認めず、挙げ句クーデターを計画する始末」
「そんなん……何とかして、無理矢理にでも徴収を」
「戦争を始めるにはとても足りない、圧倒的資金不足。恐怖を受け入れたがらない愚かな貴族や国民の、希薄な危機感。これらを、一度に解決する手段が有るとしたら君はどうする?」
「……」
「実はね。元々城下町は、そう言う時の為に育てていたんだよ。戦争でまとまった金が必要になり、かつ危機感を煽りたいときに。ペニー将軍から報告を受けていた『ゾンビ』と言う魔族は、人間が変装するにはうってつけの魔族じゃないか。肌の色を変えるだけで良い訳だからね」
「ふざけんな……」
「だからボクは、兵士を魔族に扮して城下町を襲撃した。民ならざる存在の財産資金を奪いつくし、兵に実践訓練を積ませることが出来た上、彼らは国民ではないから国は一切被害を被っていない」
淡々と、女は弁明を続ける。その弁明の内容は、俺が期待した様な「本当はやっていない」という弁明ではなく。
─────やっているのは認めたけれど、それに何の違法性も無い。そう言った内容だった。
「つまりね。施政者の立場からして、今回城下町を襲撃しない理由がないんだよ」
「……アホ抜かせっ!! 人間を、何の罪もない連中を血祭りにあげて何が施政者や!」
「城下町に屯するような底辺の人間は、生かしておいても国益にはならないよ。だから税金をかけず、勝手に増えていく国庫として扱うことになんの問題があるの?」
信じたくない。お前はそんなキャラじゃないだろ? 本当は心優しくて、民思いで、自分が悪評を受けることなど歯牙に掛けない高潔な精神の持ち主で。
きっと、いつもみたいに理由が有って悪ぶってるだけだよな。ミーノと腹を割って話した夜、彼女が語った話の内容を嘘だと思いたくない。
彼女が実は辺境の民を守ろうとしていた話も。民の命を大切だと考える、彼女の心意気を。
────いや。
嘘じゃ、無いのか? ミーノは、あの女は嘘を殆ど騙っていなかったんじゃないか?
まさか。まさかあの女にとって民とは、命とは。
「彼らの死は無駄ではないよ。ボク達が出陣するだけの費用を捻出出来て。国民や貴族に危機感が芽生え。そしてその結果、無事に第一陣を退けられた。十分に『価値のある死に方』じゃないか」
「……っ!!」
人間の命とは、利益に換算できる資源でしかないのだ。
あの夜は軍事機密だから城下町襲撃を伏せただけで、あの女は何も嘘をついちゃいない。彼女が以前、辺境の民を守ろうとしたのは『価値のある死に方ではないから』に他ならない。
見ろ、一切悪びれぬミーノのあの顔を。
淡々と、物分かりの悪い部下を諭すように。彼女は、自身の正当性を王の前で弁明しているではないか。
「商人の蓄えた資材がそのまま国庫に入る。国を守るべき兵士に装備が行き渡り、愚鈍な国民に警鐘が鳴り響く。それってとっても、国益だよね?」
何 が 悪 い の ?
何 が 間 違 っ て い る の ?
そんな歪なミーノの心の声が、聞こえた気がした。
「狂ってやがる」
レックスが、底冷えするような声で呟いて。俺は、絶句して二の句が継げない。
国軍最悪の大将軍、ミーノ。おとなしくも頭脳明晰で、一歩引いた立場からの控えめな笑みが印象的な女。
その実態は、人を人と思わぬ
「─────あ、あ。ミーノよ、お前の処遇は、一時私が預かる……」
「処遇とはなんですか、王よ。ボクは法律に則り、一切後ろ指を指されることなく、国難の為に金策に奔走しただけですが」
「だ、だが。だがこれは」
「陛下もお認めになられたでしょう。城下町に勘案した、ボクの法案に。だから法の下において、ボクにあらゆる罪状を送ることはできません」
軍師は不敵に笑い。静かに、胸に咲いた花飾りを摘まむ。
それは、兄を殺された少年から贈られた、ミーノへの感謝の気持ち。
ソータ一家が商売する場を整えてくれた
「ボクが、そう法整備しましたから」
何故、お前はのうのうとその花を胸に飾っている。何故お前は、ニヤニヤと笑みを崩さずそこに立っている。
何故、お前は────
「─────帰るぞ。フラッチェ、メイ、カリン」
突如。ミーノの弁明を遮って、剣聖が、俺達のリーダーが式の途中で立ち上がった。
「胸糞が悪い、虫酸が走る。その女の顔をこれ以上みていると、思わず斬り飛ばしたくなる。俺様達は、アジトに帰らせて貰う」
「えー。レックス君、いきなりどうしたのさ。君が帰っちゃうと、わざわざ時間を割いて治療してあげた意味がなくなっちゃう」
「これ以上お前のツラを見たくねぇんだよ!! この狂人!!」
ああ、足元がふらふらとする。気持ち悪い、吐き気がする。
こんな醜悪な奴が存在するのか? 人の感情を何だと思ってるんだ?
だって、喜んでいた。あの女は、心の底から喜んでいた。俺からリリィの花飾りを受け取った時─────、自分が兄を殺した幼い少年からの感謝の気持ちを受け取った時に大喜びしていたんだ。
『ふあ、ふああああ……。本当に、本当に?』
一切の罪悪感を感じる事無く。ただ、リリィの花飾りと言う本物の希少激レアアイテムを手に入れて、少年の心に配慮することなく大喜びしたのだ。
『ふああああ』
この女は、この女は!
「考え直してよレックス君。君は王都を守る為に必要不可欠な戦力なんだ。……せめて、フラッチェさんは残していってよ」
「これ以上その汚らわしい口で俺に話しかけるな。衝動的に斬りたくなる」
「怖い怖い。もー、これだから感情でしかモノを考えられない人は……」
ミーノは呆れ果てた顔でレックスを見下している。自分がおかしいと、間違っていると、全く気付いていない。
────否。
この女は、一切の人間の情と言うものを理解していない。家族や恋人など、大事な人を想う気持ちを理解していない。
コイツは損得と国益のみを基準に生きている、機械か何かだ。
「そうだ!! 聞いたよレックス君。君、メイドさんにご奉仕されるのが夢なんだっけ?」
悪鬼羅刹の眼差しで睨目つけるレックスに、ミーノは淡々と冗談でも言うようなトーンで語りかけ、そしてパチンと指を鳴らした。
その指音を聞き近寄ってきた部下から、彼女は小さなメイド服を受け取る。
「ボクで良ければ、この服を着てご奉仕してあげるよ! だから、ボクと一緒に王都を守ろう? 沢山の人が死んじゃうのは、感情論でしか動けない君にとっても後味が悪いだろう?」
「……」
ミーノはニコリと微笑みながら、煽情的なメイド服を大広間で広げる。それはとても布面積が短くて、露出の激しい『レックスの好みど真ん中の服』。
「……あ」
俺の額から、冷や汗が吹き出る。どうしてその服がここに有るんだ。
そう。それは、レックス本人がデザインしたメイド服。今、ナタルがアジトで着用しているはずの─────
「ねぇ。大事な仲間なら、独りっきりにしない方が良いよ?」
ナタルの身に着けていたメイド服を広げたまま。
「大事な親友の、忘れ形見なんだよね?」
目の前が真っ暗になる。
やられた。ナタルは、俺の大事な家族は、あの畜生の手に落ちてしまったのだ。王都が攻撃されると聞いて、万一を考えアジトに置いてきたせいで。
「さ、式の続きをしよう。フラッチェさん、おめでとう」
……絶句して動けぬ俺の前に立ち、ミーノは手に持った羽根飾りを俺の胸元に飾り付ける。
斬ろうか。この悪魔を、精神異常者を、今すぐこの手で斬り殺してやろうか。
嗚呼。駄目だ、手を出せない。ナタルの、妹の無事を確認するまではミーノの首を飛ばせない───
「……あれ? フラッチェさん、何をそんなに険しい顔をしているんだい?」
そんな、下賜したばかりの儀礼剣をカタカタ震える手で握りしめている俺を。
────翌日、城内執務室。
「俺がいない間にそんなことになっていたのか。……苦労を掛けたなエマ」
「いえ、貴方がご無事で何よりです」
そこで長期の遠征を終えた偉丈夫は、
「大変な時期に留守を預かってくれてありがとう。よく頑張ってくれた」
国軍大将軍にして民の守護者と呼ばれたその男は、恋人である幼女を抱きかかえねぎらう。ただし、その表情は険しいままに。
「こんな時期に俺に外征させていたのは、城下町を守られたら面倒だったから。そういう事か」
「可能性は高いです。勘の鋭いペニーさんが居れば、十中八九襲撃を察知していたでしょうし」
「……舐めやがって」
遠征を終えた『
廃墟と化した城下町を通り、泣き叫ぶ魔王軍への怨嗟の声を聞いた英雄は。道に打ち捨てられた
「……エマ、ついて来てくれ。あの男に会いに行くぞ」
「剣聖様ですか」
「ああ。あの男の力が必要だ、これ以上無駄な血を流さないためには」
怒りのあまり、震える拳で自らの拳に血を滴らせながらも。ペニーは理性を失わず、静かに外套を纏って部屋を出た。
向かう先は、剣聖達の借りた部屋。
「なぁ、エマ。どこまでも俺について来てくれるか?」
「無論です。私の全ては、もう貴方に捧げたと言った筈ですよ」
「ありがとう。……じゃ、準備を任せる」
ペニーは、胸に抱いたエマの耳元へ語り掛ける。ある種の覚悟を瞳に秘めて。
「行くぞ、エマ。一人でも多くの命を救うために」
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