第48話

「……痛ってぇ!!」


 訓練所に併設された医療室に、レックスの汚い悲鳴が木霊する。


「そりゃ腕生やしたんだから痛いさ」

「う、うぐぐぐぅ」

「生やした腕を作る分、身体は結構エネルギー持ってかれてるよ。暫くは絶対安静ね」

「くぅぅ」


 剣聖は無言で歯を食い縛り、ジタジタと生えた腕を押さえて悶絶する。


 あの決戦から3日後。俺達レックスパーティーは城へと帰還し、ミーノ大将軍から直々に治療を受けていた。






「……腕生やすって、どんな原理なんや?」

「正確には複製。残ってる『左手』に創傷治癒の魔法をかけて、『右手』にその魔法の効果を反転させて発動させたの。要は、左手を左右反転させて右手に生やしただけ」

「高度な事やっとるな。……術式は?」

「教えない。詳しい術式が知りたければ、ボクの軍に仕官することだね」

「遠慮するわ、ウチはレックス以外と組む気はないし」

「おや残念。あと生えたのはあくまで左手だから、しばらく違和感残るはずだよレックス君」

「ご忠告どーも」


 なんか、凄いことやってんなぁ。


 ミーノは宣言通りにレックスの腕の治療を行い、俺達は周囲でその様子を観察していた。カリンが感嘆しているあたり、やはりミーノも超一流の治癒魔法使いらしい。


 と言うか回復魔術も極めると、腕生やしたり出来るのね。生首だけで半日生きられる魔法もあるみたいだし、後世では回復魔術師こそ最強みたいな事になるかもしれん。


「ん、成る程。確かに、前の右手の感覚じゃねぇ……」

「レックス君前は右利きだっけ? 生えたのはあくまで反転した左手だから、かなり不器用になってると思う。暫くリハビリがんばってね」

「……あー、了解。畜生め」


 グー、パーと手を握りしめ。レックスは不快そうに剣を掴んだ。


「うわっ……、何だこの感覚。気持ち悪い」

「じゃ、ボクもう行くから」

「回復ご苦労、もうお前に用はねぇ。とっとと失せろ」

「ああ失せるさ。何か問題が起きたら、ウチの回復術師に相談するかカリンさんに何とかしてもらって。ボクも忙しくて、君のアフターケアまでする余裕はないんだ」

「誰がワザワザお前なんかに頼るか」


 相変わらず、レックスはミーノに厳しい。と言うか、全く信用する気配を見せない。


 ま、これはこれでミーノの思惑通りなんだろう。放っておこう。


「じゃフラッチェ。ちょっと剣を受けてくれ」

「よし来た。ちょっと上手く戦うコツ掴んだんだ、見せてやるよ」

「おう」

「いや絶対安静……、もう良いや。好きにしなよ」


 そして遂に、久し振りのレックスとの手合わせの時間だ。


 今回はリハビリだから勝敗とかは無いが、俺のあのスタイルがどこまでこの男に通用するんだろうか気になっていた。


 俺は受けるだけで良いっぽい。本気のレックスに敵うべくも無いが、感覚の狂った剣を調整してやるくらいは出来るだろう。


「一体どうやってアイツらを倒したのか────見せてもらうぜ!」


 そう言って斬りかかるレックスを。


「……」


 俺は、静かに青い眼で見つめていた。














 前の、俺の偽物を追い払った戦いの後。俺は剣を握ると、『深く入り込む』事が出来るようになったらしい。


 言っている意味がよく分からないかもしれないが、そうとしか言い様の無い不思議な感覚なのだ。心が落ち着いて、視野が広がり、世界が凍りつく独特の感覚。


 そう言えば師匠が言っていた。剣を突き詰め、ある境地に達した瞬間に今までと感覚が変わると。つまり、俺もあの魔族将との戦いを経て少しは成長したのだろう。


 ────まぁ。いくら俺が成長したところで、目の前のレックスの足元にすら及ばないのだけれど。


「ふっ!!」


 亜音速と言うのだろうか。レックスの剛剣は、見てからでは決して対処が間に合わない。


 筋肉の収縮や血管の拍動、剣気の流れや敵の息遣い、その全てを把握して先読みし、やっと受け流せる。


 例えるならレックスは重戦車チャリオット。鉄の装甲を纏い攻撃を受け付けず、轢くだけで敵を屠り城門を破壊する戦場の破壊者。


 俺のような、剣を手渡されただけの雑兵がいかに技術を高めようと勝てる相手ではない。


「……ふん!!」


 おお。確かに、レックスの剣筋がいつもと違う。両手の力加減が分からないのか、やや左に斬撃がよれている。


 ……これ、体勢崩せるな。で、その後余裕で剣も突き付けられそうだ。


 でも、これはレックスのリハビリ。勝負でもなんでもないし、そもそもレックスも本気で斬りかかって来た訳ではない。


「新しい右手、力を入れすぎだと思う」

「お、そうか」


 だから俺は余計な事をして剣筋を逸らしたりせず、右に半歩下がって攻撃を避けた。いくらレックスの攻撃でもこんなブレブレの剣なら、楽に避けられる。


「じゃ、これでどうだ!!」


 次の攻撃は、まさに俺の正中に振るわれる。流石はレックス、もう剣を矯正したらしい。


 相変わらず右手に無駄な力が籠っているが、この筋だと避けられない。


「うん、良いな。でもまだ力が入ってるだろ? 残心が不細工だぞ」

「……そうか」


 避けられないので、レックスの斬撃を力の籠った右に誘導して逸らす。すると、やはり空振った後のレックスの体勢は崩れていた。


 残心の動きに無駄が多い。やはり本調子には遠いらしい。


「レックスは本気で剣振ったらアカンでー、腕生えたとこやし千切れるかもしれん」

「……分かってる」


 レックスは、そう言うと静かに目を閉じた。手をグーパーと閉じ開きして、大きく深呼吸する。


「……うし! 行くぞ」

「おう」  


 その次の一撃は────完璧だった。まるで以前のような、両手の筋力バランスの溶け合った斬撃だ。


 流石は剣聖。早くも、奴は新たに生えた手の感覚を掴みとったらしい。


「……」


 世界が青色に染まる。レックスの大剣で風が唸り、空間を裂きながら俺の肩へと肉薄する。


 ────重心はレックスの丹田。このままでは、姿勢を崩す事はおろか剣筋を逸らすことすら難しい。


 半歩だけなら避けられる。外側に身体を開こう。


 右手に持った剣で、小さく腹を突くフェイントを入れておく。一瞬だけ、レックスの視線が俺の剣へ泳ぐ。


 視線が逸れたら、素手の左手をレックスの大剣の横腹にかけて押し込む。残念なことに剣の軌道は逸れないけれど、軽く貧弱な俺の身体は簡単に移動する。


 レックスの剣の軌道が変わらずとも、俺の身体は押されりゃ動く。これで何とか、レックスの斬撃を避けられた。


「うん、良いんじゃないかレックス。今までで一番良かったぞ」

「……そ、そうか」

「後は、今の振りを意識せずとも出せるようにすれば良い。今、割と集中して出してたろ」

「ああ」


 レックスは難しい顔をしながら、振り抜いた大剣を見つめている。


 やはり、違和感が大きいのだろう。自分の振りに、思うところがあるらしい。何百回と素振りして身に付けた感覚が、振り出しに戻った訳だからな。


「……剣。フラッチェさ、今、剣使わずに避けたか?」

「え? いや、フェイントに使ったろ」

「いや。まぁ……」


 ん、どうしたんだ。剣の振りの話じゃないのか?レックスは何が聞きたいんだ?


「……俺様、感覚戻しに暫く素振りするわ。ありがとなフラッチェ」

「おう、早く本調子に戻れよリーダー」

「ああ」


 レックスはそう言うと、黙々と素振りを始めた。感心感心、きっとすぐに元の化け物に戻ってくれるだろう。


 ────俺は、どうしようかなぁ。レックスにはもう勝てないって、気付いちゃった訳で。もう、必死こいて剣を振る意味が無くなってしまった。


 ……いや、だとしても。俺はレックスに敵わずとも、レックスの助けになる剣士でありたい。今回みたいにレックスがウッカリをやらかした時、フォロー出来る程度の実力は保持したい。


 よし、俺も修行するか。仮想のレックスを相手に、今の俺の動きでどう対応するか考えよう。



 ピン、と背筋を張って剣を突き出す。目を閉じて、本気を出したレックスの幻影を想起する。


 さあ、修行の始まりだ。











「────やべ、さっき剣突き出されてたら負けてたよな」


 その時、訓練所のどこかで誰かが焦った呟きを漏らした気がした。





















「おう! 負け犬剣聖の兄ちゃん!」

「……てめぇ、ぶっ殺すぞ」


 訓練所での素振りを終えて、宿に帰ると。その入り口付近で待っていた、見覚えのある憎たらしい悪ガキが話しかけてきた。


 少年は俺たちと目が合うと、ニヤニヤ笑いながら近寄ってくる。どうやら、宿の前で出待ちしていたようだ。


「おや、勘違いかな。この国最強と名高い『剣聖』レックス様は片腕を切り落とされて死にかけたって聞いたんだけど。今見りゃ両腕生えてるし、デマだったのか?」

「……いや。まぁ、その……ミーノに生やして貰った」

「うん、知ってるよ。その情報も兵士さんから聞いたもん、誤魔化さない性格なんだなレックス。……で、魔族に負けたってどういう事? 俺、アンタの強さを見込んで花飾り渡したんだけど?」


 ジト、と胡散臭そうにレックスを見上げる詐欺リンゴ売りの少年。


 まぁ、そう責めてやるな。どんな強い奴でも油断すれば負けうる訳で。レックスも、いい経験になっただろう。


「う、ぐぐ。すまん、その件は感謝してる」

「あんな格好つけて出陣した癖、早々に『魔族は撃退するも剣聖敗北!』って号外が飛び込んできた時の俺の気持ち分かる?」

「……」

「俺が恩を売るべきは、隣のアホそうな姉ちゃんだった訳か。俺の見る目も当てにならんな」

「誰がアホそうだ」


 意外そうな目で、少年は俺を見つめている。


 俺なんぞに恩を売っても仕方なかろうに。何の後ろ楯も無い、平凡な冒険者剣士だぞ。


「……で、花飾りつけてないってことは。あれ、発動しちゃった?」

「え、あれ偽物とちゃうんか?」

「いや、純正の本物。でも、そう言ったら受け取らなそうだったし嘘ついてやった」


 あぁ、そうだったのか。奇跡の生還を果たしたとか聞いていたけど、リリィの花飾りで助かったのね。


 ────うおっ! コイツが花飾りくれなきゃレックス死んでたのかよ。こ、こりゃデカイ恩が出来たなぁ。


「そ、そんな高価なものをどうしてタダでくれたんですか?」

「俺は兄ちゃんの最強の称号を取り戻さねぇといけないからな。その標的たるアンタこそ、俺が成り上がる為の道標なんだ。だから、俺の持ってるもの全部アンタに賭けてみることにしたんだよ」

「……すまん、マジで助かった」

「良いって良いって。返してくれりゃ、それでいい」


 シュン、と肩を降ろすレックス。少年はにこやかに、そんな自分の倍の体格はあろう剣聖の肩を抱いて笑った。


「ま、剣聖が相手なら取りっぱぐれもない。期待してるぜ?」

「相場は幾らなんだよ、あの花飾り。言い値で構わん、絶対に用意して見せる」

「あっはっは!! 馬鹿だなぁ。せっかくの命の恩、金なんかで受け取る訳ないじゃん」


 レックスは少年の言葉に、怪訝な顔になった。眉を潜め、無言で自らの肩を抱く少年を見下ろしている。


「────合わせろよ?」


 少年は小さくそう呟くと。レックスの肩を抱いたまま、宿の周囲を歩く市民、商人や兵士全員に向かって大声で叫びだした。




「おう、道行く皆様方! 見れや集まれや、ここにおわすは伝説の最強剣士レックスに、新たなる新鋭の英雄『神剣』フラッチェ! ほら見れ、集まれ!」


 ビク、とレックスがその少年の大声に目を丸くし。俺も少年の奇行に、困惑して動けなくなる。


 その声を聞きつけた、宿屋付近で店を開いていた商人や通行人が一斉にこちらへ振り向く。


「何だ、剣聖か?」

「本物?」

「あの女剣士が、もうすぐ叙勲されるっていう英雄……?」


 大勢の視線が、俺達に集中する。町での注目を一身に引受けた少年は、レックスと肩を組んだままニヤニヤと笑っている。


 まって。英雄って何。『神剣』って何。俺、英雄扱いされてるの? そんな話、全然聞いてないんだけど。


「この二人が、ついこの間の魔王軍殲滅戦で大活躍したお二人だ! さあ皆、感謝と拍手を捧げよう!」

「お、おお! 本物なら、感謝は惜しまんぞ」

「あ! マジで剣聖レックスじゃねーか! じゃあ、あの女の子が『神剣』フラッチェ?」

「すげぇ、本物かよ!」


 身動きの取れないままに、カリンやメイを庇いつつ後ずさると。俺達の周囲に王都民が殺到し、あっと言う間に囲まれてしまった。


 あ、今どさくさで尻触った奴誰だ。くそ、本気モード出すぞコラ。


「ちょ、お前何を……」

「恩返し、してくれるんだろ? ちょっと付き合えよ」


 俺が目を青くして周囲の男を威圧している裏で、少年は目を白黒させるレックスの耳元に語りかけた。


 あの少年には、何やら考えがあるらしい。だとしても、何を企んでいるのか前もって説明してくれ。


「あーよく聞け皆!! 俺も剣聖には多大な恩が合ってだな! 話し合いの結果、俺はレックスパーティに出資をするパトロン商人となることになった!!」

「あん、お前みたいなガキがか?」

「そのとおり。商人には金目当てで寄ってくる詐欺師が多いからな、剣聖は以前から個人の付き合いがある俺をパトロンに選んだのさ」

「……は?」

「合わせろって兄ちゃん」


 少年の宣言に、周囲から驚愕と動揺が伺える。パトロンって、金出してくれる商人のことか? そんな話無かっただろ。


 よくそんな、次から次へとデマを飛び出せるな。めっちゃ口が回るじゃんこのガキ。


「俺はソータ!! 今はただの小物売りだが、いずれは城下町を再興させる大商人になる男!」

「お、おお」

「そして、俺の後ろには剣聖がついている!! 俺の店にくだらない真似をしたり、俺に危害を加えるような奴は剣聖を敵に回すぞ!! なぁ、レックス!」

「え? ……あ、ああ。ソータは友達だ」

「聞いたかみんな!! 今の言葉のとおりだ!!」


 ……う、うわぁ。レックスの奴、意味も分からないまま頷きやがった。


 いや、命の恩人だし仕方がないんだろうけど。まさか全部計算通りなのか、これ?


「剣聖レックスや神剣フラッチェに感謝している奴は、ぜひ俺に出資してくれ! それがこの若き英雄たちの助けになるぞ!」

「……え、私も巻き込まれるのか?」

「さてさて、俺と業務提携を組みたいやつはいないか! 俺はソータ、SOTA商会の主だ! 俺の話に興味があるやつは、ついてきてくれ!!」


 リンゴ詐欺師はそう言うと、レックスから離れて商人達の輪の中央へと進んでいく。ただ、離れ際にニタリと笑ってレックスに耳打ちしていた。


「これで、貸し借りなしでいいよ。ニシシッ」


 レックスは苦虫を噛み潰した様な顔で頷き返して、少年を見送る。……一方で少年の顔は、心の底からの笑顔だった。


 あのガキは、どうやら自力で兄の死から立ち直ったみたいだ。















「あのガキ、大したもんやなぁ」

「……とんでもない奴に利用された気がする。でも、命の恩人だしなぁアイツ」


 凄まじい目に合った。これが、まんまと利用されるということなのか。


 ソータ少年は魔族の襲撃により何もかもを失った。だが彼は落ち込むどころか前を向き、手を差し伸べたレックスを利用して成り上がろうとすらしていた。


 あの少年がレックスの命の恩人なら、俺も手を貸すことに異論はない。


 だけど……、成る程。あの少年は何も手を貸さずとも、きっと一人で成功を掴んでいくだろう。


「お金じゃなくて、後ろ盾が欲しかったんですねきっと。成り上がっても、あの少年じゃあチンピラに襲われてしまえば終わりですし」

「レックスが後ろについてるとなれば、チンピラ程度ならまず手を出してこないだろう。たしかに、根っからの商人だアレは」


 結果的にレックスがあの少年に発破を掛けたのは、大正解だったらしい。


 俺達はレックスを救われたのみならず、将来有望な商人とコネが出来た。彼にとっても、俺達との出会いは成り上がるための第一歩だった訳で。


 アイツは、きっと大物になるだろう。


「……む、なんやコレ」

「手紙ですか? いつの間に」


 ふと、カリンが自らの鞄に妙なものが入っているのに気付いた。先ほどまでは入っていなかった筈の、白い羊皮紙。


「あー。それ、さっきのガキがこっそりカリンの鞄に放り込んでたぞ」

「あの子が?」


 ああ、それは俺も気が付いていた。あの少年が去り際に、ひょいっとカリンの鞄に投げ入れた紙切れだ。悪い物ではないだろうと見逃したけど。


「開けてみるわ」


 カリンがゆっくり、少年からの手紙を開く。


 その記された文字を見てカリンやレックスが小さく息を呑んだが、俺は字が読めないから何が書いているか分からない。


 それを察したのか、メイちゃんがその手紙を音読してくれた。



「兄貴の敵を討ってくれてありがとう」


 書かれた文は、たった一行。


 そこには、少年からの短い感謝が記されていたそうな。

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