第37話
薄暗い密室で、敵対しあう剣士と大将軍が二人きり見つめあう。
片や胡散臭そうに大将軍を睨み付け、片や目を限界まで見開いて声にならない悲鳴を上げて。
それは、小さな阿鼻叫喚だった。
「えっあっ……、君は、レックス君の?」
「おう」
「何で此処に居るの? どうしてボクはここで寝ているの?」
「お前が廊下でぶっ倒れた。私は、お前の介抱をしていた」
「……はぁ。成る程? ……あわわわわ」
月光に照らされる、淡い桃色の髪。
先程までの自分の状況を理解したらしいミーノは、頭を抱えて黙り込んでしまった。冷や汗を滝のように流しながら。
「質問1。君ってレックス君から、ボクに関わるなって言われてなかったっけ?」
「え、まぁそうだけど」
「質問2、じゃあ何でボクを助けたの?」
「いや、目の前でぶっ倒れたら普通助けるだろ」
「……質問3、ボク変な寝言を漏らしてなかった?」
「辺境を守るため兵を引くなだとか、レックス君嫌わないでだとか、資金繰りのために貴族を嵌める、とか色々言ってたな」
「泣きたい……」
ミーノ将軍の目が、どんよりと死んだ。割と致命的な寝言が濁流のごとく溢れていたもんな。
レックスの家族の仇、国王なんじゃん。
「君、名前は……フラッチェさんで良かったんだっけ?」
「ああ」
「……バレたのがよりによって君かぁ。それ、偽名なんだろ? 君の過去だけは全く追えなかったもの。……これじゃあ家族使って脅せない……」
「お前発想がゲスいわ!!」
まだ少し目がグルグルしているミーノは、瞳の奥を濁らせて恐ろしいことを呟いた。
つまりあれか、もし俺が本名でこいつの前に現れてたらナタルや母さんが危なかったってことか? 流石レックス公認のクズ将軍だ。
「……」
「あ、いや、今のは言葉の綾ね!? ボクとしては君と是非とも仲良くしたいと思ってるし、そういうのはホントに最後の手段的なアレで!」
「……」
「いや、違うの! だって聞かれたらヤバイ事しか無かったんだもん、ボクの寝言! まさかこのボクを介抱するような人間が居るとか計算外だよ! こんな弱味握られたの生まれて初めて何だけど!?」
知らんがな。
……過労でぶっ倒れても、他の誰も介抱してくれないのかコイツ。嫌われすぎだろ。
「と言うか、周囲から嫌われてる自覚あるのねお前」
「そう仕向けてるからね! 国の為を思って色々動いてたら、いつの間にかボクは国一番の嫌われものさチクショー!!」
「荒れるな荒れるな」
……苦労してんだなぁ、こいつ。発想がゲスいけど、同時に物凄く損をしそうな性格でもある。
「お願い。いや、ボクに出来る譲歩なら何でもするから、マジでレックス君にだけは告げ口しないで」
「告げ口? 何を?」
「いや、その、ボクの寝言とか……」
「さっきの寝言をレックスに知られると不味いのか。よし、教えてやろう」
「国が滅んじゃうからホントに勘弁してぇ!!」
ミーノはすがり付くように俺に抱きついて、上目遣いでウルウルと瞳を潤わせている。
仄かに豊満な胸の感触が下半身を包み込む。お、おお、でかいなこの女……。
「お願い……、ボクが全部悪いことにしていいから、何も言わないでぇ」
「うーん……」
これは、判断に迷う。俺はレックスの友人であり、コイツやこの国に肩入れする理由なんぞ無い。
だが、話を聞いてる限りこの女は国を守るために何もかも捨てて動いている印象を受ける。今日も、レックスに自分の首をあげるとか言ってたもんな。
……正直、レックスに伝えるかどうかをレックスに相談してぇ。
「じゃ、取り敢えず私の質問に答えてくれ。……何でレックスをペニー陣営から引き剥がした?」
「え? 言ったでしょ、ボクの指揮で動いてくれないと王都がまずいから。エマちゃん政治は優秀だけど戦争の指揮経験とか殆ど無いから、レックス君預けとくの不安だったの。そもそもあの娘、国よりペニー将軍を優先する人間だもん」
「で、その裏は? レックスの1件、何か隠している思惑があるだろう?」
「いや、無いよ。この策は精々、ペニー陣営の発言力削ぐくらいしか副次効果無いし。この件に関してはボク、ホントにレックス君を指揮下に収めたかっただけだもん。レックス君が帰っちゃうリスクも承知で」
そう言い切るミーノの目は、嘘をついているようには見えなかった。
……まぁ、確かにレックスに死ぬほど嫌われてるミーノがそんなことしたら、即座にアジトに帰られる危険もある。そんなリスクを犯してまであんなことをする意味が分からん。
「クラリスちゃんを王都から遠ざけた理由は?」
「クラリスって、あの変態魔導師? 遠ざけたと言うか、単に遠征してもらってるだけだよ?」
「……変態?」
「変態だよ。意味分かんないよあの娘の魔法理論。ボクですら欠片も理解できないって、どういう理論なのさ」
ミーノの目が、いつかのメイちゃんの如く濁った。やはり、クラリスは魔術師から見ると色々頭おかしいらしい。
「魔王軍が来るんだろ? なんでわざわざクラリスを遠ざけるんだ?」
「魔王軍が来るからだね。今、私達的に一番避けたいのが北東の砦に拠点を構えられる事。だから、出し惜しみせずクラリスを派遣したの。彼処は魔術防御の結界張ってて死ぬほど落としにくいからね……」
俺の質問に、ミーノは淀みなくスラスラと答えていく。
「実際のところ、北東砦に魔王軍が来る可能性は半々かな。魔王軍の指揮する存在に頭が良いのが居たら、間違いなく初手は北東砦への奇襲になる筈」
「おい。あの砦に魔王軍が来ない可能性もあるのかよ。来なかったらクラリス無しでどうやって戦うんだ」
「いや、その場合が一番ありがたい。だって魔王軍は、常にクラリスに背後を取られている事になるからね」
ミーノは講義をする教師のごとく、人差し指で天井を指差しながら真顔のまま解説を続けた。
「フラッチェさん、まず王都の南側は断崖絶壁だから敵は必ず北側から攻めて来るでしょ。大軍があの崖をよじ登るのは現実的じゃないからね」
「まぁ、そうだろうな」
「王都前の平原は、見晴らしが良い。射程さえ届くなら、高台にある砦からは敵が狙い放題なの。つまり、異常な射程の魔法を使えるクラリスが、北東砦に陣取っているってだけで人間側はかなりのアドバンテージな訳。例え奴等が砦の脅威に気付いて砦を囲んでも、クラリス程の魔法達者が結界魔法入りの砦に立て籠ってしまえば落とすのは非常に困難。王都城からすぐ援軍が出せるしね」
「……お、おう」
「クラリスが砦を保持したまま戦闘になれば、魔王軍を挟撃出来る。だから、ボクは彼女を真っ先に砦に派遣しました」
「逆に魔王軍の初手の最適解は、その砦の攻略ってこと?」
「ええ。……そう予想してたけど、まさか最初に城下町に来るとは予想外だった。……今朝の襲撃は、魔王軍の一部の暴走だと思う」
そう言うとミーノは、少し眉を潜めて考え込むような顔をした。
「城下町襲撃はデメリットの方が大きい筈なんだよ、魔王軍から考えて。余程物資が足りなかったか、勝手に部下が暴走したくらいしか城下町襲撃は起こり得ない。だからこそ、裏を掻かれたと言えなくもないけど」
「何でだ? こっちは凄い被害だろ、あんなに人が死んでるんだぞ」
「人が沢山死んだからだよ。昨日までは、王都の人間の大半は魔王軍の存在に懐疑的だった。まだ噂が飛び交っているだけで、実害が殆ど無かったからね」
「そうなのか? 魔王軍が居る証拠なんか山程有ったじゃないか」
「人から口で聞いただけでは、人間は信じない。ましてや、魔王軍なんて信じたくない話なら尚更だ。でもこうなってしまえば、誰もが魔王軍を認知し、恐れ、そして闘う意思を固めるだろ?」
「む」
「もしボクが指揮をしていたなら、国軍に警戒される前に北東砦を魔王軍全兵力をもって奪取する。間違っても、絶対的有利が保証される第一戦を、城下町襲撃なんかに使わない」
「……」
「沢山の民の命。各地から集った商人の持つ武具・食料。貴女の言う通り魔王軍の襲撃による被害は大きいし、復興に多大な資金が必要になる。だけど、それ以上の……、民に戦意と言う何より強力な武器が宿った」
ミーノの何処までも見通しそうな透き通る目が、怪訝な顔をしている俺を正面から見据えた。
「今回の襲撃で、ボクは2つの情報を得て1つの致命的な事実に気が付いた。1つは、ボクの予想通りに魔王軍は目前に迫っていること。2つ目は、魔王軍は決して一枚岩ではないと言うこと。彼らの中にも人間と同じような、派閥や対立と言った醜い部分も存在しているらしい」
「今朝のが部下の独断専行だとしたら、確かにそうだな」
「……そして気づいてしまった事は、魔王軍の強さが想像以上だということ。襲撃された時の被害者の話を纏めると、奴等の雑兵の一人一人が高度な連携をとっており、強さもそれぞれ隊長格の兵士に匹敵していたとか。やはり体力や筋力は、人類は魔族に大きく劣っているらしい」
「ああ。奴等、その辺の雑兵ですらかなり強かった」
「そんな雑兵を束ねる長、魔王軍の将軍格はどれ程の強さなのか想像もつかない。……タイマンで勝負となった時、ペニー将軍やメロが勝てるか分からない。だからこそ、切り札としてレックス君の存在は必要不可欠なの」
そこまで言い切ると、ミーノ将軍は一息入れて静かに話を続けた。
「フラッチェさん、レックス君と共に居る貴方なら分かるでしょ。彼と一対一で勝てる存在など居るはずがないと」
「……そ、それはどうだろう?」
「いや、有り得ない。あんなのに勝てるとしたら、その時点で人外だからね」
……いや俺、前は稀に勝ってたんだけども。え、俺って人外枠なの?
「ペニー将軍もメロも、言っちゃえば人間の中で強いって感じ。レックス君とはちょっと比べられない」
「まぁ、確かにそんな感じだが」
「あとペニー将軍の真の強さって、本人の戦闘力というよりそのあり得ない人望の厚さにあるの。本人もそこそこ強いんだけど、周りの人間がこぞって力を貸す所が凄い。そう、まさにボクと真逆のタイプ……」
あ、ミーノがちょっとやさぐれた顔になった。
「エマちゃんとか、クラリスとか、義勇兵の人達とか。平民出身のペニー将軍の周囲にあれだけ人が集まるのも、人徳なのかなぁ」
「……と言うか、エマちゃんって本当に参謀やってるの? あの年齢で?」
「むしろあの娘がペニー派の中核人物だよ。彼女は優秀って次元じゃない、冗談抜きにボク除いたら国一番の政務官だと思う。実際、一時期は文官として政務に携わってた時はえげつない成果を上げていたし。ペニー将軍と離ればなれが辛かったみたいで、半年くらいで文官をやめちゃったけど」
「そういや、文官として働いてたって言ってたような」
「エマちゃんは本物だよ。汚職の手口や、その隠蔽工作、口止め交渉がまだちょっと未熟だけど……経験さえ積めば化ける。実はボクが死んだら後任にはエマちゃんにするよう、国王に向けた遺書をしたためてる」
「え、エマちゃんあの年齢で大将軍になっちゃうの?」
「まぁ、そう簡単に死ぬつもりは無いんだけどね。ペニー派の発言力が高まりすぎるし。それでも、能力で考えるとエマちゃん以外に後任は任せられないかな。あの娘、幼いのに政治は綺麗事じゃないって理解した上で行動出来ているから」
「……」
「ま、ペニー将軍の都合を優先しすぎるきらいは有るけどね。あの情熱が国を守る方向に向いてくれたら最高なんだけど」
ミーノ将軍の中で、エマちゃんの評価が異常に高い。あの幼女、そんな化け物だったのか。
でもそんな化け物のエマちゃんを、弱みを握って脅している目の前の大将軍の方が更にヤバイのかもしれん。
「……政治の世界が恐ろしいのはなんとなくわかった」
「まー、あんまり声高に言えないようなことをしてでも国益を優先する世界だからね。……だけどボクには、人でなしの悪名を被ってでも成し遂げないといけない事がある」
「ふーん。ミーノは、何でそんなに必死になって国を守ろうとしてるんだ?」
「え、ボク? ……うーんと、そうだなぁ」
俺の質問に、少し考え込むような仕草をした後。彼女は少し曖昧な笑みを浮かべて、頬を掻きながら目を剃らした。
「恥ずかしいから、内緒かな」
頬を染め、生娘の様にはにかみながらミーノは笑う。
俺にはその笑顔に、裏があるようには思えなかった。
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