第11話

 そんな阿鼻叫喚の翌朝。俺達は再び、仲介所へと足を向けた。


「レックス様ー。今日は依頼があるそうですよ」

「お、遂に来たか。俺様が受けるに足る任務なんだな?」

「無論です。むしろ、レックス様以外に受けさせるなとマスターからお達しがございました」


 先に中に入ったメイが、受付の近くで手招きをしている。依頼の様だ。


 見ればマイペースそうな仲介所の受付が、近付いてきたレックスを見て一枚の紙を突きつけていた。


 しかも、ただの依頼書ではない、何とそれは、国軍の紋様が押印された依頼書だった。


「おいレックス。これ何だ……?」

「お、流石にこれは見たことないかフラッチェ。こりゃ、国軍から直々の依頼って奴だ。報酬もたんまり期待できる旨い仕事さ」

「ほー。流石レックス、名が売れてると紹介される仕事も違うな」

「こんなの、私も初めて見ましたよ」


 国からの、依頼。それは、どれだけ信用があれば受注出来るものなのか。


 レックスの積み上げてきたものに僅かな嫉妬心を抱きつつも、一方で国軍から依頼と言う大仕事に少し高揚する。


 一体、どんな内容なのだろうか。冒険者として、大仕事と聞くと腕がなる。実践に勝る訓練はないからだ。


「詳しく話をさせて頂きたいのですが、宜しいですか?」

「構わねぇぜ」

「分かりました。では、レックス様とフラッチェ様、メイ様とそして────」


 俺達は、覇気の無いその受付ちゃんに導かれ、奥の個室へと通された。


 ワクワクとした表情を隠さず、俺は堂々と受付ちゃんについていき────


「先程からずっと顔を隠されているカリン様? 貴女もよろしけばついてきて頂けると……」

「触れんといてぇ……。しばらくウチに関わらんといてぇ……」


 俺達の最後尾で動こうとしない、朝からずっと顔を覆ってロクに話そうとしない修道女の腕を引っ付かんで連行した。


 彼女はまだメンタルブレイク中の様だ。そっとしておこう。














 因みに、昨夜のカリンの襲撃の理由はこうだ。


「カリン。お前は昨夜、一人で晩酌して酔っぱらってたんだな?」

「……はい」

「それで、勢い余ってフラッチェに夜這いを仕掛けたんですか?」

「悪ふざけのつもりやってん……」


 深夜で眠かったからかメイが夢現だったので一度その場は解散し、朝、俺も皆も冷静になってから昨日の一件を話しあった。


 彼女の話をまとめるとつまり、悪酔いした結果らしい。


「で、フラッチェはいきなり夜這いされてテンパったと」

「最初、レックスが恥知らずにも突貫してきたのかと思って焦ったぞ」

「そしたら、相手はカリンだった。そんで、お前はどうして逆に襲いかかった?」

「どうせなら優位に立ちたいだろ。誘われたから誘いに乗っただけだ」

「そんな場面で負けん気を発揮すんなよ……」


 そう。俺は誘われたから乗っただけ。


 逆襲したのは、男として女に成すがままにされるのは我慢ならんからだ。因みに、よく考えても俺は別に悪いことをしていないから反省する気はない。


「その結果、予想外の展開で慌てて貞操の危機を感じたカリンが絶叫して」

「昨夜のあの場面に繋がるんですね?」

「おう」

「……」


 全く、カリンはトラブルメイカーだなぁ。





「フラッチェ、カリン。お前らは一時間正座だ」

「……はい」

「え!? 私も!?」


 そしたら何故か俺も正座させられた。そして、人の家で勝手に盛るなと怒られた。


 解せぬ。




















 話は戻って、仲介所にて。


「はい。レックス様にご報告いただいた魔王軍の1件、国軍としては非常に重く受け止めております」

「あいつら、普通の冒険者じゃ手も足も出ないだろうからなー。それで俺に調査依頼、って訳ね」


 個室で聞かされた任務の内容、それは魔王軍に関わることだった。


 そういや、女体化したショックで色々と忘れていたけど、人類の危機案件だよなこれ。レックス達はしっかりと、魔王軍の事を国に報告していたようだ。


「ここ最近報告された『今まで存在しなかった洞窟』が幾つかございます。それらを是非、レックス様に調査頂きたく存じます」

「オーケー、任せろ。報酬は期待していいんだな?」

「勿論でございます、ご期待ください。なお、敵の実力は未知数、万一の事がございますので国軍からも人員が派遣されて来るそうです」

「あん? 足でまといなら拒否するぞ? 誰が来るんだ?」

「……ペディア国軍の誇る3大将軍の一人、『無手』のペニー将軍が直々にいらっしゃるとか。この国では屈指の近接戦闘のスペシャリストです」

「あー。あのオッサンか。んー……、ならまあ良いか」


 レックスはその増援の名前を聞いて、満足そうに頷いた。


 あれ? 今、大将軍って言った? その人、ひょっとして国軍のトップじゃね?


「それとこの国きっての『大魔道』クラリス様も力添え頂けるそうです。事実上この国の最高戦力を使って調査するみたいですね」

「……クラリスですか?」

「はい。ペディアの若き天才黒魔道士、慈愛と博愛の女神クラリス様です」

「おお、なんか凄そうだな」


 俺は、そのクラリスという名前を聞いたことはない。だが、まがりなりにも大将軍に随伴して手伝ってくれる魔道士なら、相当な腕なのだろう。


 レックス、俺、大将軍の前衛。メイちゃん、天才魔導師、カリンの後衛か。結構バランスが良いな、チーム分けも出来そうだし。


「あっはっはっはっは! そか、クラリスちゃん来るのか。そりゃ愉快な依頼になりそうだ」

「知り合いか?」

「おお。二人とも俺様の顔見知りだ、だから派遣されてきたんだろうけどな」


 そして、レックスとも知己らしい。国軍と聞くと上から目線の嫌な奴が多い印象だが、レックスが笑っているなら二人とも気持ちの良い人間なのだろう。


「どんな奴なんだ?」

「んー、ペニーの方は比較的真面目な印象だな。真面目というかストイックと言うか。しかも、それでいて愉快な男でな? まぁ、会えば大体分かる」

「そうなのか」

「あー、心配するなフラッチェ。確かにペニーは愉快な男だが、お前のほうが10倍愉快だ」

「そんな心配はしていない」


 ふむ。話を聞く限り悪い人間ではなさそうだ。俺が愉快な剣士と思われているのが癪だが、冷静に今の俺を振り返ると愉快なことしかしていない。そこは反省しよう。


 さて、もう一人の方のクラリスちゃんとやらは……。


「クラリスちゃんは若いぞ。俺様と確か同い年だ」

「ほー。そんな年で、大将軍に随伴を許されるって相当な天才なんだな」

「ああ。魔法はよくわからんのだが、魔道の世界で言う『俺様クラス』らしいぞ。何でも、歴史上最高の魔法使いらしい」

「……うわ、相手にしたくないなぁ。どんな事が出来るんだ?」

「さぁ? 一緒に戦うのは初めてだから分からん。でも、天才だしなんか凄いんだろ」


 レックスは笑いながらそう答えた。


 レックスとクラリスは本当に『顔見知り』程度の関係らしい。彼女の情報は随分フワッとしている、困ったな。


「……私が説明します。その黒魔道士クラリスについて」

「おう、メイも知ってるのか。なら本職の黒魔道士から説明してもらったほうが分かりやすいな、頼んだ」


 少し逡巡していたら、なんとメイちゃんが口を挟んできた。確かに、メイやカリンが俺の実力を誤解していたように、畑違いのレックスでは魔道士の凄さはわからないか。


「クラリスは天才、なんて生ぬるい存在ではありません。その気になれば、いつでも国を吹き飛ばす事が出来る魔法という概念の化身です」

「……国を?」

「彼女の魔法の射程は、すっぽりこの国を覆える程に広いんですよ。その気になれば、明日にでもこの国は滅ぶでしょうね」

「うわぁ……」

「幸いなことに本人は、『愛』に拘っています。他人を愛し、愛されることを好みます。なので、気まぐれで国が滅ぶような心配は無いでしょうけど……」


 真顔のままそう言って、メイは目を伏せた。同じ魔道士だからこそ、彼女の凄さが分かるのだろう。


 俺も、レックスの事を説明するときは多分こんな感じになる。理解の外側にいる、余りにも遠い魔物。


「レックス様。申し訳ありませんが、私は今回の依頼を辞退します。……クラリスが居るんだったら、私が追従する意味はないでしょう」

「おいおい。メイ、お前は俺様の大事なパーティメンバーだぜ? 勝手に辞退されても困る。同じ黒魔道士として勉強させてもらえよ」

「……嫌なんですよ、彼女と依頼を受けるのが。あまり、あの女に関わりたくないんです」


 そう言い捨てるメイの顔は、今まで見たことがない程不快な顔をしていた。


 レックスは、怪訝そうにそんなメイを眺めている。だが、俺にはメイの気持ちが理解できた。


「メイ。お前、クラリスのただの知り合いじゃ無いな? むしろ、もっと親密な間柄と見たぞ」

「……ええ。フラッチェさん凄いです、見透かされちゃったですかね? ……クラリスは、私の姉なんです」

「マジ!? え、メイってクラリスちゃんの妹だったのか!? 全然似てねぇなオイ」


 何やらレックスが衝撃を受けているが、そんなことはどうでも良い。これで、メイの顔がさっきから暗かった理由が理解出来た。


 ……一言で言えばコンプレックスなのだ。俺がずっとレックスに感じてきた、『自分より優れた存在』への妬みと『負けたくない』意地。


 メイは生まれてからずっと比較されていたのだろう。自分より圧倒的に優れた黒魔道士である姉と。


「はー。あの愉快なクラリスに、こんな真面目な妹が居たなんてなぁ。ちゃんと血は繋がってるのか?」

「正真正銘、血を分けた姉妹ですよ。残念なことにね。あの人と一緒にいるのが苦痛だったから、私は家を出て冒険者になったんです」

「成る程な」


 わ、分かるわぁ。すっごくその気持ち分かるわぁ。


 レックスの傍にいると、どうしても剣士としての劣等感が湧いてくる。俺がレックスの誘いを断った理由にも、少しばかりその気持ちがあったと思う。


 何という、親近感。メイも苦労していたんだな。絶対に負けたくない相手、そして自分より成功している相手。距離を置きたくなって当然だ。


「そんな性格悪くないだろ、クラリスは。むしろ、あんな優しいヤツも珍しいぞ? 何が嫌なんだ」

「……アイツの全て、ですかね。申し訳ありませんレックス様、彼女と依頼を受けるのだけは許してください」

「そうかー、そんなに嫌なのか……」


 一方でレックスは、全くメイの気持ちを理解していない模様。お前には分からんわな、俺やメイの感じているこの悔しさを。


 俺も、メイに味方してやるか。こんな状態のメイと無理に依頼を受けたって、ロクな結果にはなるまい。






「私降臨!! ここに天現!! 偉大なる神の名において、魔を討ち滅ぼす断罪の刃よ!!」





 そう思って口を開きかけたその瞬間。


 仲介所の入口から、物凄く大きな高い声が聞こえてきた。


「……ヒエッ」

「何だ? 何の声だ?」


 仲介所に訪れた女のその奇天烈な行動に、辺りの冒険者が一斉に静まり返る。


 俺も例に漏れず入り口付近へと目をやり、そこで黄金の杖を天高く掲げた幼い女の子を目視した。


 背丈は10歳前後といった所だろうか。金髪を靡かせ、自信満々に笑う彼女に皆が注目している。


「子供か? 悪戯か?」


 仲介所は妙な空気に包まれた。あんな幼い女の子を、こんな教育に悪い場所に連れてきたのは誰だ。タチの悪い冒険者に絡まれて、人買いにでも売られたらどうするんだ。





「愛 am ナンバァァァ ワン! 愛故に人は苦しまねばならぬ! だが、それが良い!」





 その幼女は、不敵な笑顔を崩さずに腰に手を当て、杖を掲げながら言葉を続けた。そのあまりの痛々しさに、近くに座っていたオッサン冒険者が見かねて立ち上がる。


 まったく親はどこだ、親は。きちんと見張っていないと、子供は何をしでかすか分からないんだから────






「刮目せよ!! 我はペディア国軍最高幹部にして、この国の『慈愛』と『博愛』の象徴クラリスである!! 西に病める者あれば薬草を届けよう!! 東に飢える者あればパンを届けよう!! 世界は愛に満ち溢れている!!」






 ……あれ。今コイツ、何て名乗った? 今、クラリスって言わなかったか?


「……あんなの、姉じゃない。あんなのと姉妹と思われたくない……」


 俺の隣で、メイちゃんが死んだような眼でブツブツと呪詛を呟いていた。嘘だろ、アレなのか。アレが、この国の歴史上最高の魔法使いなのか?


「さて仲介所の主よ、出てくるが良い! 我が降臨したぞ、もてなすが良い! クッキーには蜂蜜をたっぷり塗ってくれると我は嬉しいぞ!」

「はーい、お嬢ちゃん。そろそろおうちに帰ろうねー」

「ぬぁ!? 貴様、何をする!?」


 そして、史上最高の魔法使いはオッサン冒険者にローブの襟首を捕まれ、ずるずると出口に引きずられていった。仲介所は、静寂に包まれる。


「あっはっは! マジでクラリスちゃんじゃねーか、もう着いたのかアイツ」

「え!? アレ、本物のクラリス様なん!?」

「な、成る程。メイ、アレが身内に居たらそりゃあ苦労するよな……」

「あんなの……あんなの姉じゃない……」


 レックスが愉快な依頼になりそうだと言った意味がよくわかった。あの娘は、確かに愉快な存在だ。そうとしか表現できないというか、それ以外の表現をすると罵倒になってしまうというか。


 俺からはキチ……エキセントリックな人ですね、としか言えない。


「ま、性格はちょっとアレだが悪い奴じゃねーよクラリスは。俺の中では、フラッチェと同じくらい愉快な存在ってとこだな」

「待てい」

「た、確かにあれはフラッチェ並に面白そうやな……」

「待てい」


 え? 俺って、あのレベルだと思われてるの?


 え?


「後生です、レックス様。どうか、どうかあの女と依頼を受けるのだけは────」

「あー」


 そして。静かになった仲介所には、メイの悲痛な懇願だけがむなしく響いていた。

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