薬物中毒者の異世界ぶらぶらドライブ

御尻割太郎

第1話『ラスベガスをやっつけろ』



 いくら吸っても無くならない大麻

 いくらでもしゃぶれるLSD

 無限に注射できる覚醒剤

 無限に吸引できるシンナー

 無限ヘロイン

 無限アヤワスカ

 無限アルコール

 無限タバコ

 無限エナジードリンク

 無限キノコ

 etc

 etc

 etc


 そんな、

 薬物中毒者にとって夢のようなアイテムが

 このンゲンニ界のどこかに隠されているという。


 大昔の神話の時代に、

 伝説の魔法使いジャンキーたちによって作り出された。


 合法でも違法でもない、

 それは『魔法ドラッグ』と呼ばれている。



☆☆☆



 こういう本は、

 ひまな人たちの心のなぐさみとして作られているんですよ。

 ちょうど秩序の行き届いた国家にあっても、

 働かない人、

 働く必要のない人、

 働くことのできない人たちの娯楽ごらくとして

 チェス、テニス、玉突きなどが許されているように、

 この種の本が印刷されて世に出まわることも認められているのです。

 もっとも、

 これらの本に書かれていることが本当にあったことだと思うほど無知な人間などいるはずがない、

 という考えがその前提にあるのですがね。


セルバンテス「ドン・キホーテ」に出てくるありがたいお言葉



☆☆☆



「このクソ野郎! 月まで飛んでけ!」


 オレは二代目バカ社長の顔面を目がけて金属バットをフルスイングした。

 これは小さな出版社『ビンビン出版』のボンボン息子むすこの二代目社長が休み時間に素振すぶりをしている金属バットで、机に立てかけてあったのをひっつかんでたたきつけたのだった。

 ニートしてたのを親が社長ってだけでなんとなく入社してきたいつも鼻毛が飛びだした鼻から鼻水をたらした二代目バカがくだらない説教を気分よさそうにペチャクチャしている時にブチっときた、いつか目ん玉が飛びでるぐらいぶんなぐってやろうと思っていた夢をとうとうかなえる日がきたのであった。


 このくそ零細企業の、急死した初代がきずきあげた遺産をノリノリで食いつぶすバカ息子の二代目が社長になって数カ月、いろんなイライラがたまり、すべてどうでもよくなった。

 学生時代に野球をやっていたらしく、二代目社長は口を開けば努力、根性、チームプレイと、もう四十歳をこえているはずなのに、こわれたテープレコーダーみたいに中身の無い陳腐ちんぷなくだらないことを無限にしゃべりつづけた。


 そう、中身が無いのだ。

 四十をこえても社長室で少年ジャンプを読んでるバカ。

 努力、根性、チームプレイといつも言っているのにもかかわらず、

 自分は努力もせず根性も無く、

 出社すれば用事も無いのに社内をゴキブリみたいにウロウロし、

 つまらない雑用みたいな仕事を見つけてきてはさも大ごとだというように忙しく働く部下におしつけ、

(プリンタのインクが切れたら自分で交換すればいいし、

 自分で使ったトイレットペーパーが無くなったらすぐそこの棚から自分でおろせばいいだろうが。便座にすわりながらちょっと手をのばすだけだぞ? 目と鼻のさきにあるだろうがボケー!)

 コロコロ言うことが変わり、

 自分は取引先の会社の社長や営業と小洒落こじゃれたカフェやレストランに出かけてどうだいワタシは平社員にはできない立派な仕事をしてるんだというような大きい顔をする。

(そのくせ先代からつきあいのある口うるさい客や、

 役人なんかの苦手な人間がきたときにはコソコソ逃げだすチンカス野郎)

 あげくのはてに自己啓発本を社長のアタマの悪さで百倍にうすめた内容の無いつまらない長話を何十分も、ときには一時間も二時間も聞かされるのだった(その長話は「みんなで力をあわせてがんばろう」とか「人生は愛がすべて」だとか、いい大人ならわざわざ口にだして他人に言うこともないような、とくに具体的な内容など無いフワフワした精神論だ)。

 先代とちがい二代目バカは仕事を取ってきたためしが無いので事業も縮小していくばかり。

 他社で働いたことのないクズ。

 同じ話を何度もするタコ。

 わざわざメールを紙で印刷させるアホ。

 とびはねながらようしてるのか小便器をビチョビチョによごすマヌケ。

「ワタシの会社にイエスマンは必要ありません!」と言った次の瞬間には「ワタシはイエスマンだけが欲しいんです!」と絶叫ぜっきょうし、「何でも希望があったら言ってください!」との発言の直後に「ただしワタシに少しでも逆らうニンゲンは即刻クビにします!」と恫喝どうかつするイカレぽんちバカ息子。

 みんな忙しいのに意地いじでも鳴り止まない電話を取ろうとしない、

 自分の意見は出さないくせにやたらと会議をしたがる暇人ひまじんのバカ(そして雑談だけしてけっきょくなにも決まらねえんだこれが)。

 あと虫歯を放置してるのか内臓がくさってるのか、めちゃくちゃ口がくさかった。

 それからうちの会社は雇用契約書も無ければ有給休暇も無く、雇用保険、労災保険、社会保険にも従業員を加入させておらず、健康診断を受けさせたことなども皆無かいむ、労働基準法破りの大バーゲンセール中だった(地獄にちろ!)。

 色々限界だった。


(舐達麻なめだるまじゃないけど、ずっとこんなところで働いていたらアタマが狂うのがふつうだ。先代は法律のことは知らなかったけど、なにかと気づかってくれたり、ポケットマネーでいろいろやってくれてたんだよナア……復活キボンヌ)


「オレがこの手でおまえを転生させてやるよ。異世界でも近未来でも、もう一発この金属バットをアタマにぶちこめば飛んでいけるぞ! オラッ!」


 バットを頭上にかかげると、顔を血まみれにした二代目社長は悲鳴をあげた。

 殺虫剤をぶっかけられた害虫のように手足をちぢこまらせて、急性アルコール中毒になったみたいにブルブルふるえている。

 クソ。こんなバカのためにオレは犯罪者になろうとしてるのか?

 このうすらボケをぶんなぐるだけで刑務所に入んなきゃいけないとしたら、この国はもう終わってるだろ(バットを床に放りなげると、またおびえたうめき声が聞こえた)。

 相続税を100%にしろ。

 不景気で、

 格差社会で、

 少子高齢化で、

 政府は増税ばかりで、

 汚職や脱税や経歴詐称けいれきさしょうがはびこり、

 GDPは下がるいっぽうで、

 そこらじゅう犬のくそみたいに一族経営やブラック企業が放置されてる。

 この前の七夕たなばたに激安スーパーの短冊たんざくコーナーで「くたばれ自民党」って書いたっけ。

 これじゃ日本は何も変わらない、こういう馬鹿どもにいろいろしぼり取られて、尻すぼみで終わるだけだ。

 出口なし。


「ヘッヘー! オレはこれから無職になって、無敵の人になるからよ! 警察に通報してみろ。おまえの口とケツの穴をとりかえて、一生尻からしかものが食べられない体にしてやる。これから世の中にはオレみたいなキチガイがどんどん増えて、お前みたいな小金持ちのくそどもを殺しにくるからさ! 楽しみに待っとけ、オラッ!」


 どうせこのくそ機会にこのくそ会社を辞めるんだ。帰りがけにむかつくくそ上司の机の上にウンコをして、バイトの女子大生の胸をわしづかみにして口をこじ開けてディープキスをした。

 爆弾があったら点火してただろうし、マシンガンがあったら乱射してただろう。とにかくあと一時間もここにいたら誰かをブッ殺していたにちがいない。

 とにかく自由にならなくちゃ、オレは社用車の銀色のスズキワゴンRをぬすんで会社の駐車場を飛びだした。


 車のルームミラーにうつるオレのアタマはツルッパゲで、かろうじて側頭部から後頭部にかけて髪の残骸ざんがいがへばりついていた。



☆☆☆



 オレは三十五歳独身一人ぐらしで、貯金は五百万円あった。あと、ハゲだ。


 オレはこれからくそ自由になる。てはじめとして、とにかく手に入るだけのドラッグを手に入れなくてはならない。

 なぜドラッグをやるのかって?

 楽しいからだよ!

 くそするのに理由なんかいるか?

 オレはスマホでSNSをかけめぐり、都会の薬局を一巡いちじゅんして、

 ヤクの売人のいる治安の悪い街のあらゆるコインロッカーと

 ホテルの一室と

 路地裏を

 盗んだ軽自動車で走りまわった。


 大麻。LSD。マジックマッシュルーム。MDMA、ケタミン。メスカリン。アヤワスカ。アドレノクロム。アミル。覚醒剤。コカイン。アヘン。モルヒネ。ヘロイン。有機溶剤ゆうきようざい。睡眠薬。鎮咳薬ちんがいやく。etc。合法、非合法、とにかく手に入るものは全部買った。あとアサヒスーパードライ、ペットボトルのワイン、ジャックダニエルのウィスキー、コスパの良いアメスピのカートン。


 空は晴れて青く、かがやく雲のかたまりが、美しい外国の島々や、空を羽ばたく白鳥の群れ、天使たちの乱交パーティーなんかに見えた。

 もう大麻とLSDが効いてきたのだろうか?

 これを読んでるキチガイがいたら誰かおしえてくれ。



☆☆☆



「ヒッヒッヒ! やめろ田中! 俺わもうドラッグとか、そういうくそみたいな生活わやめたんだ!」


 オレ(申し遅れました。田中です)はあばれまわる佐藤のふとったカラダをがっちりホールドし、むりやり大麻をクチビルにくわえさせると、佐藤は夢見るようなねむたい表情になって、おしゃぶりをあたえられた赤んぼうみたいにおとなしくなった。


「まあまあ佐藤、これでも吸っておちついて。いろいろ買ってきたぞ、ぜんぶおごりだ」

「ゴホ、ゴホ。なんだよ。俺わ明日から東京へ出張なんだぞ? くそ! なんだこのフレッシュな大麻わ? くそ!」

 オレたちは二人ともホモカップルみたいにおそろいのアディダスのスニーカー、H&Mの蛍光色けいこうしょくの短パン、古着屋で買ったド派手なアロハシャツに着がえていた。あと色つきのサングラス。オレはコーデが面倒だから同じ服を何着も買って、たいていオーバーサイズで着るので、くそデブの佐藤とも服をシェアできるのである。


 仕事終わりを拉致らちしてきた助手席の佐藤は、古今東西ここんとうざいのドラッグがつみあげられた後部座席をふりかえって子供みたいな声をあげた。


「なんだこれわ!? キチガイのハッピーセットぢゃねえか!?」オレは車のエンジンをかけて、また山道を走りだす。


 佐藤は高校の時の同級生で、今はIT関係のよく分からない会社につとめている(フォトショとかPythonとかいろいろ言っていたが、さっぱり意味が分からなかった)。

 身長百八十ちかくの体重百キロを越す見本みたいなデブで、糸のように細い目をしている。髪をうしろでしばった、スモウとりみたいなやつだった。

 薬でも食べものでも、ひとこともなく何でも勝手に他人の物を食べてしまう点以外は良いやつだった。あと、こいつが助手席にいると車がくそせまくなる。軽自動車ならなおさらだ。


「ところでこんな夜中に、こんな山ん中に俺をつれだして。いったいどこに行く気なの? いきなり仕事辞めたからって、自殺とか変なことにまきこむのわやめてくれよな」

「この山には『異世界トンネル』ってよばれてるところがあるんだよ。佐藤も聞いたことあるんじゃねえの」

「異世界トンネル?」

「ネットのウワサ、都市伝説。まとめサイトとか、X(旧twitter)でもたまに流れてくるじゃん。真夜中にその『異世界トンネル』をぬけると、異世界にワープできるらしい」

「え?」

「異世界だよ、ホラ」

「は?」

「魔法が使えるんだよ。そこらへんにキンタマのシワみたいなこわい顔したバケモノがいっぱいいてさ」

「???」

「人間界から異世界に行ったやつは勇者になれるんだよ、マジな話。アマプラのアニメでそういう話がたくさん配信されてる。勇者になって大金持ちになって、いい服を着て、いい車に乗って、うまいもんを食べる。どんな馬鹿でも、異世界に行くだけで勇者になって、ゴージャスで頭がからっぽなデカパイ女とヤリまくれるんだ」

「……田中、おまえ大丈夫か? なんか強い薬キメてんだろ。煙草かシンナーを吸って、シャンとしたほうがいい」

「マジなんだって、YouTubeに動画もあるってX(旧twitter)で見た。おい、異世界にもドラッグ売ってるかナア?」

「いちおう普通に運転できてるみたいだけど、300μg以上食ってるんぢゃないの? 俺わお前の車に乗ってるのちょっとこわくなってきたよ」

「おい、見えてきたぞ! 『異世界トンネル』だ!」オレはビールの空きカンを窓のそとへ放りなげた。


 山に入り舗装ほそうの荒れた道路を走ること三十分、県境けんざかいにあるY坂トンネル、通称『異世界トンネル』が見えてきた。

 曲がりくねったとうげのさきで、山のどまん中なのにもかかわらず入り口が不自然なほど明るくライトアップされた『異世界トンネル』が威容いようを放っている。

 対照的にトンネルの中はまっ暗で、もし神様が露出狂ろしゅつきょうで、その馬鹿でかい尻の割れ目をパカッと開いてこちらにむけたとしたら、あんな風に真っ黒でブキミなケツ穴をしているのだろうか。


「なんだ、あいつらわ!?」

 後方から炸裂音さくれつおんがして、佐藤がふりむく。

 バックミラーには蛇行だこうする白と黒の二台のスポーツカーがうつって、ものすごいスピードでこっちにちかづいてくる。


「暴走族か!? バカどもめ」そうはき捨てると、佐藤はウィスキーをラッパ飲みした。

「走り屋だろ。若いやつはヒマなんだよ。どうする?」

「あれぢゃねえの? 先にあのトンネルぬけた車が異世界に行けるんぢゃないかしら、知らんけど。アクセルをふめよ」

「よし。この車がMTでよかったな」

 オレはダブルクラッチしてギアを二速に入れるとアクセルをベタぶみした。

「直線ならぜったい勝ち目無いけど、カーブばっかの峠道で下りだったら、キチガイが運転する車幅がせまい軽自動車のほうが速いんだ! (作者経験談。たまに峠で走り屋みたいにぶっとんだ運転してる白い軽トラに乗ったジジイいるよな、まあ地元の道でなれてるんだろうけどさあ。山の一般道で時速100キロ以上だしてる爆速プロボックスの社畜も見かける。まあオレの幻覚か妄想という可能性もあるがね)」三速に入れる。

 右へ左へ、オレたちはガッツリ薬をキメた時みたいに頭と風景をグワングワンさせながら、イカれたスピードで峠の急カーブをかわしていった。


 軽自動車にしてはかなり健闘けんとうしてる。しかし、ミラーをちらちら見てるけど、やっぱり上り坂や直線で追いつかれて、二台の車はぐんぐんと近づいてくる。

くそ! あのガキども、どうせ親の金で買った車のくせによ! こっちわ……田中、この車わどうしたんだ?」

「会社からぬすんできた」

「あ? え?」

「え? ああ、会社から盗んできた」

「……え? あ、そう」

 ゴンッ!! ゴンゴンッ!!

 ワゴンRのケツに走り屋のスポーツカーがキスする。とうとう追いつかれた。車がぶつかるたびに衝撃しょうげきで首がふっ飛びそうになる。オレと佐藤は顔を見あわせた。

「な、なあ。あいつら俺たちよりアタマがおかしいんぢゃねえか!?」

「チクショウ! あと少しで『異世界トンネル』なのに!」オレはクラクションをなぐりつける。

「よし、まかせろ! 見てろよ」

 佐藤は窓から身をのりだすと、持っていたウィスキーのビンを走り屋たちにむかって放りなげた。

 ビンが白い車のヘッドライトにぶち当たる。

 白い車はハンドルを切りすぎてスピンする。

 それをさけようとして黒い車が横転した。

 二台の車は道路標識やガードレールをめちゃくちゃにして、煙をあげてうごかなくなった。

 「オラッ!」佐藤がえる。「ここにキチガイの王様がいるぞ、つかまえてみろ! ロックンロール!」中指を立てた佐藤が窓のそとの世界中のくそ警察官おまわりにむかって絶叫ぜっきょうする。

 オレたちはUターンしてスポーツカーのガキどもを引きずりだした。

 ガキどもはみんなツンツンのモヒカン頭で、三人とも白目をむいている。

 誰かが「ま、魔王さま……」とうめいた。デスメタルかなんかのファン?

「なんだこれわ?」二台の車にはエレキの赤いギターと黒いベース、バスドラムにペンギンが描かれた小ぶりな電子ドラム一式がのせてあった。

 ガキどものバンドの名前なのか、それぞれ楽器のボディには『ビースト・ハート&ワイルド・ファック』と書かれたステッカーが貼られていた。

 しかし……ビースト・ハート&ワイルド・ファックという、英語をおぼえたての子供が考えたような大げさな名前を、YouTubeが勝手におすすめしてくる動画か、ニュース系まとめサイトで見かけた気もするが……結構有名なバンドなんだろうか? ステッカーは爪であっけなくはがれた。

 分からない。若いやつらは全員同じ顔に見える。

 ギターの裏にハートで囲まれた「BH&WF」という文字が小さくきざまれていた。

「これわ没収ぼっしゅうだ。次からわ相手見てケンカ売れよ」佐藤が楽器をワゴンRにつみこむ。「おい田中、もうけたな。帰ったらメルカリで売ろうぜ」


「ふ〜、疲れた。何か音楽が聞きたいな」

「よお佐藤、Nujabes流してよ」

「おーシブいぢゃん」

「車のオーディオにスマホつなげられるから」

「お、おい。なんだあれわ!?」

「ワオワオワーオ!?」


 ちょうど『異世界トンネル』に入った時だった。

 どうなってる? ユーチューバーのドッキリ企画?

 トンネルの入り口で超巨大な大麻のジョイントに火がつくみたいに光がゆらめいた。

 それまでまっ暗だったトンネルの中は、入った瞬間に光の大洪水だいこうずいだった。

 色彩しきさいの暴力。

 オレンジ、トマト、ピーマン、パプリカ、

 バチバチにドラッグきめてイオンの野菜売り場に行った時みたいに、

 トンネルの中では七色の光がグルグルうずを巻いていた。

 今に買い物カートを押した、顔がねじりマカロニのようにひんまがったババアや、

 発狂したように泣きさけぶ、鬼みたいに肌がまっ赤なガキが棚の角から飛びだしてくるかもしれない。

 タイムトンネルみたいなものが四方八方しほうはっぽうに開いていて、

 それが竜巻みたいにグルグルまわっていた。

 どういう仕組みだ?

「なんだここわ」

「分かんねえ。やべえよ」

 『みんなで遊ぼう』

 『楽しくおどろう』

 歌う子どもの声がきこえてくる。人間みたいにうしろの二本足で立った犬や猫、牛や馬なんかのたくさんの動物がおどっている。そして、超巨大なドラゴンが光の

 『超巨大なドラゴンが光の玉を口にくわえて、』

 『機械兵のむれが行進こうしんし、』

 『赤いキノコのカサのような帽子ぼうしをかぶったジジイが空中で瞑想めいそうをしている。』

 『異世界トンネル』の光の嵐のなかで、

 オレが知らないはずの言葉や人の名前、

 見たことのない国、見たことのない生きもの、見たことのないけしき、

 そして、言葉にできないもののすべて、

 トンネルのむこうからいろんなイメージがうかんでは、風とともに猛スピードですぎさっていった。

 『機械の巨人』『帝国の空中都市』『機械妖精ンコソパ』『宇宙船』『機械の道化師ロエピ』

 『ちょんまげアタマでふんどし一丁のお父さん』

 『セイッ! セイッ! とかけ声する勇者でムキムキのはだかマッチョ』

 『赤いメイド服の七人の女の子、ダンスをするガチャガチャ・ガールズ』

 『黒いメイド服のネコ耳ドイメ』

 『イケメンの魔王』

 『王のコイン』

 『そしてピッチリしたボディ・スーツを着て、からだじゅうタトゥーとピアスだらけの、パンチ・パーマのオジサンみたいなオバサン(それともオバサンみたいなオジサン?)大魔女ダリデが邪悪じゃあくみをうかべて爆発した』

綺麗きれいだなあーネオン街ぢゃん。田中の言ってた異世界って、ラスベガスのことか?」

「ラスベガス?」

くそ! カジノで人生一発逆転するんだ。俺たちもアレ……アレになれるかもしれない。運がむいてきたぞ」

「アレ? アレってなんだ?」

「アレだよほら、アレアレ。ふわあ、眠たくなってきた」

「おい」

「異世界をやっつけに行くぞ……」

 一平の生霊いきりょうでも憑依ひょういしたのか、佐藤のアタマのなかは薬でグチャグチャで、自分が何を言っているのかも分からないようだった。

 だけどオレにはアレというのが何だか分かるような気がした。

 何かすごい、とてつもなく面白い、アレ。何かステキな、アレ。

 くそみたいな生活からぬけだすチャンス。

 人生がガラっと変わるようなとんでもない何か。

 次のトリップはもっとすごいものが見れるんじゃないか、それがすべての薬物中毒者の夢と希望である。

 七色の光につつまれて、オレはハンドルから手を離してしずかに目をとじた。



☆☆☆



 トンネルをぬけると異世界であった。


 あ。

 荒野こうや

 晴天の荒野。


 どれくらい時間がたったんだ?

 気づけばだだっ広い荒野をアクセル全開で走っていた。

 昔テレビで見た、オーストラリアの国立公園みたいに気の遠くなるくらいだだっ広い荒野。

 ハイエイタス・カイヨーテのNakamarraのミュージック・ビデオの中に入りこんだようだった。


 草むらからいきなり無数のバスケットボールくらいの大きさの、ブヨブヨした青い半透明のかたまりが目のまえに飛びだしてきた。

 オレは急ブレーキを踏んだけどおそくて、青いバスケットボールはトマトがつぶれるみたいに次々と四方へ飛びちっていった。

 動かなくなったそいつらの破片は、フロントガラスにドロリと青くへばりついていた。

「あ、あれ。ス、スライムぢゃねえか」助手席の佐藤の糸目いとめがクワっと見開かれていた。

 オレたちがきそこねた青いスライムの仲間たちは、コソコソと蜘蛛くもの子をちらすように逃げていった。

「どこだここは!? おい、なんだコレ!?」

「田中! しっかりしろ! 俺みたいなヤク中に聞いても、そんな難しいことが分かるワケないだろ?」

「そ、それもそうだな」


 青い空、白い雲。まだらに緑がまじるだだっ広い荒野。

 色とりどりの小鳥たちが飛びたち、上空を翼をはやしたバカでかいトカゲの影がすべる。

 驚くことに太陽が二つあった。大きいのと、小さいのが。

 そして二つの太陽のそばに奇妙なものが、工業地帯の真ん中をえぐり取って空中に放りなげたみたいな、巨大な人工島のようなものが浮かんでいた。

 昼間だというのに、無数の流れ星が空に一文字をひいていく。

 遠くの山々には、ところどころありえないくらい大きな人間のカタチをしたロボット? みたいなものが静止していた。

「ド、ドラゴン!?」

「いったいどうなってる? 本当に異世界に来たのか!?」

 薬が見せてる幻覚ってわけじゃないよな? オレたちは車から飛びおりた。


「ひ、ひ~! 命だけは! た、助けてくださいだっぺ……」

 今さら気づいたが、オレたちがスライムをはね飛ばしたさきで、泣きべそをかいた女の子が地面にへたりこんでいた。

 女の子は猫耳メイドだった。

 黒いワンピースに白いエプロン、レースのソックスに黒革くろかわのおでこ靴をはいた色白のミニスカメイド。

 ショート・カットの金髪碧眼きんぱつへきがんだが日本人っぽい顔だち。

 繁華街の裏通りに立ってる、ぼったくりコンカフェ嬢がよくこんな格好かっこうをしている。目がでかくて猫っぽい感じの、地下アイドルしてそうな女の子。

 ピンクのドレスを着た小さな人形をかばうように両手でだいている。中学生か高校生くらいか、しかしヌイグルミを手ばなせないほどの幼い子どもには見えない。

 何をカンちがいしているのか、ひどくおびえたようすだ。


「あんたら、あの数のスライムを一瞬でふき飛ばすなんて。ヒヒヒ。すごいじゃないか!」

 声がしたほうを見ると、ゴリラのような見た目の毛むくじゃらの男たちが近よってくるところだった。

 みんな鉄の胸当てや腰ミノを身につけ、眼帯をする者やスキンヘッドの者、斬馬刀のような大きい剣を背負った者など、見るからにファンタジー世界の住人だった。

 この集団を見ると、全体的に前歯が一、二本欠けている者が多い印象だ。


「たいしたもんだ! グヘヘ。なあ、俺たちと飲まないか? その変な恰好を見ると旅人か冒険者だろう。いろいろ話を聞かせてくれよ!」

 さしだされた革袋かわぶくろに口をつけると酒らしかったが、こみあげてきたゲロみたいなひどい味だった。しかし量を飲めばいくらか気分はましになって、このゴリラみたいに毛むくじゃらな男たちのけがらわしい口臭も気にならなくなってきた。

「二人ともよく飲むねえ。ほんとうに、たいしたもんだ! グヘヘへへ! あの車は機械だろ? ナア。あんなにかたくて大きな速いのは、機械だ! グヘヘ、機械の車だ。知ってるぞ。帝国の機械兵とおなじだ、あんたら機械魔法使いか? 金持ちめ! たいしたもんだよ! まったく! グヘヘへへ!」


 輪になって大騒ぎする男たちをしりめに、酔っぱらったオレと佐藤は岩にこしかけ、それぞれタバコに火をつけ薬を口に入れると、アジアン雑貨の店で買った水晶をながめ、ドンキで買ったお香をいて、カーオーディオから流れるエリカ・バドゥのいい感じの音楽に耳をかたむけた。

 毛むくじゃらの男たちは裸になって腹踊りをしたり、アルコールくさい小便をどれだけ遠くに飛ばせるか競争をしたりしている。


 青い空、白い雲。まだらに緑がまじるだだっ広い荒野。俺たちはマジカルでピースフルな雰囲気にひたった。

 このまま見つめつづけたら天国に行けるんじゃないか、一瞬シャブでも食ってるようなそんなカンちがいをするくらい風景のすべてが美しく輝きはじめた。世界がこんなに美しいのはたぶん、薬のせいだけじゃない。

 スライム。ドラゴン。二つの太陽。空に浮かぶ島。金髪碧眼の猫耳メイド。刀をかついだゴリラみたいな毛むくじゃらの男たち。

 冒険だ。


オレたちは本当に来たんだ」開け口のタブを引っぱると缶ビールの泡がこぼれる。

「「くそ異世界だ!!」」オレと佐藤の声がハモった。


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