わたしのあたまのなかからでていけ
JACK
おやすみ
奇人・変人・
それでも、僕の中で渦巻き続ける粘っこくってしつこい、根の深い違和感を共有させてほしい。
ある日、僕は早めに
次の日に特に予定はないし、何かの締切が近かったりといった心理的な圧迫感もない。何の変哲もない普通の夜に、たまたまベッドに横になって、たまたま動画サイトで気になる動画がヒットせず、たまたま眠気が来た。
そんな夜、僕は変な夢を見た。
長い夢だった。ほとんど内容は憶えていないけれど、強烈な違和感を感じたそのシーンのことだけは明確に記憶に残っていた。
「『グッド・ウィル・ハンティング』は見た? あれは良い映画だった。 最初は惹かれたのは天才知能を活かして他人に認められるシーン、酒場でMITの学生を言い負かすシーンだった。 主人公最強モノみたいに、綺麗なシナリオだった。 ウィルが人との繋がりを怖がって自分から繋がりにいかないところも良かった。 クールだった。 それから〜」
それは夢の中に登場した、NPCの発言だった。
NPCが喋ることはよくある。というか、喋ってもらわないと困る。映画でもゲームでもそうだけど、綺麗な風景やカメラワーク、演出だけじゃやっぱり退屈だ。
人だ。人が話して、物語が進む。それが良い。一番美しい。
で、さっきのセリフのどこに違和感を覚えたのかっていうと、それは全部だったんだ。だって僕は、『グッド・ウィル・ハンティング』という映画を見たことがないんだよ。
僕には、映画を見た後にすぐ批評サイトへ書き込む習慣があった。備忘録のためだ。でも、そのサイトのログには『グッド・ウィル・ハンティング』の投稿はなかった。投稿し忘れ、何かの間違いで削除の可能性もあったけど、どうも違う気がしてならなかった。
違和感ってのは、このこと。どうして僕の夢に見たこともない映画の内容を語るNPCが出てきたのかってことだ。しかも鮮明に、映画の内容をあらすじ立てて述べてみせた。あんなことが、夢の住人にできるのか?
夢の中に登場するものは基本全て、その夢の主、つまりは僕自身が体験したこと、想像したこと、経験したこと、忘却したことが混ざり合って、キメラ化して現れるものだ。
戦争経験者や退役軍人はPTSDで今でも焼けた家や塹壕の夢を見るというし、これは納得出来る話だ。
「絵描きや文字書きは、自身の経験したものしか描けない/書けない」と言われるのにも、悔しいが納得がいく。
僕は住んでいる街の夢をよく見る。見慣れた景色、いつもの場所だからだ。これは記憶にしっかりとこびり付き、今でも脳内グーグルマップできるくらいには街並みを覚えている。だから、夢に出てきてもおかしいとは思わない。
僕がおかしいと感じるのは、経験にない、体験にない、想像もしない、欠片も記憶にないものの登場だ。
『グッド・ウィル・ハンティング』はそれだった。今日、気になって試しに見てみたが、とても面白かった。超名作と言える。本当にいい作品だった。
でも、たったの一度も昔に見たことあるな、なんてデジャブには陥らなかったし、ずっと新鮮な気持ちが心に渦巻いていた。さて、こんなことが普通、起こりうるのだろうか?
見たけどすっかり内容を忘れていた、子供の頃に見ていた浅い記憶が夢の中に浮き出てきた、どこかの映画批評サイトで冒頭のあらすじ内容だけ聞いていてそれを記憶の片隅で憶え続けていた?
あらゆる可能性があるけれど、どれもしっくりこない。しっくりこないことが夢にでてくるってのは、とても不気味なんだ。
全く別の日、似たような事が起きた。
今度は映画じゃなく、ある単語だった。
夢の中で、NPCの発言の中にこんな言葉が混じっていた。
「偶蹄目」
なんだい、それは。グーテーモク?
どんな漢字で書くのかすら、聞いたその時は分からなかった。またはそれは、何か英単語の日本語的発音か何かなのかとも思った。
ほら、よくあるやつ。特にビジネス用語とかで、バッファだのシュリンクだの、インセンティブだの……、意味はよく分からないけど、前後の文脈的になんとなく想像がつくやつ。それかと思ったんだ。
で、NPCに聞いた。
それ、なんて意味だって。
そしたら、「牛のことだよ」って言うんだ。
目が覚めてもそのエピソードが気になってネットで調べたら、確かにそれは
さて、意味が合っているからこそ困ってしまった。どうして、夢の中の存在が、宿主たる僕の知らない言葉を知っている?
僕が昔にその単語が気になって調べたことがあって、一度忘れてしまったけど知恵の片隅で眠っていた……。そう考えるしかないのだが、NPCからこの言葉を聞いた時、僕は偶蹄目という単語の字ズラすら想像できなかったんだぞ?意味だって、
そんな状態で、ほとんど正しい解説をNPCが飛ばしてきたなんて。僕にとっては、身体の芯があやふやになるくらい身の毛のよだつ不気味だった。
これを読んでくれている君も、自分だったらと想像してほしい。
君の夢の中に、君の知らない実在するゲームアニメ映画のストーリーを詳しく語る輩が現れたら。君の脳内辞書にない単語を次々と扱う、
歴史の授業なんて年号覚えるの大変でやってらんねえよと鉛筆を投げた2024年を生きる君達の夢に、1945年のドイツ・ベルリンの地下壕で自決するヒトラーの直前の行動を詳細に語る自称歴史家が現れたら?
その違和感、怖いなんてもんじゃないだろ。
自分が不安になる。文字通り、心底からね。
さて、そろそろ察していると思うので言っておくが、この話は究明されない。
ぼんやり不安を煽っておいてそんな無茶苦茶なと言いたくなる心を抑えてほしい。僕だって怖くて仕方がないんだ。
それでも、僕なりに考え出した違和感の根源、それが何処にあるのかって可能性の例を二つ紹介しよう。
まずひとつめに、こんな説はどうだ?
僕らには脳が二つあって、いつも日常生活で使用されている常用部分と、大英図書館みたいな影の知恵貯蔵庫があり、夢はその後者から引用してきている。僕はその第二の脳の存在に本来なら気付くこともできないし、そこに保管された本には触れることすらできない。でも確実に存在してて、日々僕が見聞きしたことを貯蔵し、膨れていく。そんな、まるでバックアップみたいなメモリがあるとしたら。
うーん、有り得そうな説だ。
記憶というものは長期記憶と短期記憶に分かれると聞いたことがある。長期記憶は思い出、ダメージ。心に残るもの、後々でも思い出したい過去だ。
一方、短期記憶は久々にログインしたサイトから登録したメルアドに送られてくるワンタイムパスワード(いや、この表現はよくないな。今時、みんなワンタイムパスワードはコピペでサイトに打ち込むだろ? 一時記憶として憶える必要すらないもんな)、コンビニのレジで商品バーコードを読み取った定員から言われる支払い金額(うむ、これは良い。369円です、はいそうですか、では300円と、あー、十円玉がない。じゃあ百円玉もう一枚追加で。お釣りは31円!ありがとうございましたー。で退店時にはもう忘れてる。家帰ってコーラ飲んでる頃には忘れてることすら忘れてるだろう)。こういった一時的に憶えてすぐ忘れる物事を指して言われる。
僕の提唱した第二の脳、影の図書館にその忘れ去られた短期記憶の欠片が保管されていたとしたら……、そしてそれが何かのきっかけで呼び戻されることがあるとすれば……、この説は有り得ない話じゃあないだろうね。
まあ、ふたつめの説も聞いて欲しい。
こっちはかなりぶっ飛んでて面白いよ。
僕ら人間はスリープモードになると、どこかのホストサーバーに自動接続されているんじゃないかって説だ。
かなりオカルティックになってきたな?まあ読み飛ばさず聞いてくれ、できる限り短くまとめるから。
夢ってのは、記憶と心理の整理時間だと言われることがある。掃除されない部屋にはゴミ袋がたまるように、夢には必要な記憶と不要な記憶を分ける意味合いがあると。
その間まで、目を瞑っても目の前を横切る光が目蓋の裏から見て取れるように、あやふやで他の記憶と混じった記憶が夢となり、幻みたいな光景として見えてしまうのだと。
でもその話はちょっと有り得ないな、と思う。だって僕は、知り合いが家に遊びに来ない限りは部屋を片付けないからだ。習慣的に綺麗にすることはない。そんな例え話には納得できない。
だからこそ思うんだよ、記憶の整理をするのは、来客が来るからじゃあないかってね。
世界のどこかにはマザーコンピューターっていう、地球上の全ての人間たちの記憶を一手に集める管理局があって、人間は眠ることでそこに記憶のアップロードをすることを強制されている。DNAレベルでそうしなくちゃからないよう、義務付けられている。
そして、同時に受信するんだ。これから僕の思考の深層部分で
それは今年の服ブランドのトレンドかもしれない。となると、きっとマザーコンピューターはかなり政治的な立場の存在なのだろうね。毎日の送受信で購買欲求を操作できるワケだし。
あるいは、他国の印象かも。上手くやれば、デモや戦争を引き起こせる。地球上がパニックになるだろうな。
これが、来客。
外から、誰かの意思がやってくる。
それの迎え入れのための、脳内整理。
どうしてこんな突飛な妄想をしているのかって、それはやっぱり、僕の知らない知識が僕の中にある理由付けだ。
どこかの誰か、体外から知らない知識を入れ込まれている。その
なんだか明るく文字起こししているせいで信じられないかも知れないけど、頭がおかしくなってしまいそうなほど怖い。だって、自分の中に知らない自分の要素があるんだよ?怖くないか?
自分が夢遊病患者や解離性同一障害とは誰だって信じたくないだろ? そういう、自分に責任がある可能性を排除していったら辿り着いたのが、この説だった。
ああ、分かってる。
分かっているともさ。
言いたいんだろ、「そんな大袈裟な」って。
『グッド・ウィル・ハンティング』も『偶蹄目』も、きっと僕の物忘れが全ての原因で終わり、それまで、Fin、チャンチャン、とね。
スーパーまで買い物に行って、何を買う予定だったか忘れて家に帰って、靴を脱ぐ時になって買い物カゴを肘に掛けていたことを発見したことがある僕のことだし、ない話じゃあないんだよな。
でも、折角だからそんな話の終着は勿体ない。
他の人ならすぐにどうでもいいと投げ捨ててしまいそうなこの出来事を、この感情を。僕はこの不安を最大限膨らませて、膨らませて、膨らませ続けて、もう笑っちゃうしか手が残されていないレベルにまで妄想し続けて、いっそワクワクドキドキへと昇華させたいんだよ。
それが、僕の中に住んでいる夢の中の知らない記憶への対処法だ。他の誰にも真似できることじゃない、僕だけの体験だから、これはすごく大切にしたい。すごくユニークだからだ。
ユニークなのはいい。僕好みだ。中身空っぽ人間の僕には、ちょっと不思議ちゃん地味た特別要素が欲しいものなのさ。アイデンティティに迎合させられなくても、暇潰しのエピソードトークくらいになるしね。
ということで、僕はこれからもこの不安を膨らませるために、夢を見た時は必ずNPCに話を伺うつもりだ。
僕が不安に負けて夢を恐れ、毎日エナドリ中毒になって首をくくるのが先か。はたまた、夢の方がお手上げしてネタばらししてくるのが先か。
苦しいのは苦しいけれど、自分の中に知らない自分の知識があることに慣れてきた自分もいる。今度はどんな単語やエピソードが飛び出すのか、すごく楽しみだ。
でもね、こんなことを毎日繰り返していると、たまに気になることがあるんだよな。
このNPCは、どうして僕に逆質問してこないんだろうってね。
僕が質問するのは、NPCが僕の知らないことを知っているからだ。それを炙り出すために話をしている。
じゃあNPCが僕に質問しないのは……、僕の知っていることなら、全部知っているからじゃあないか?
僕らは辞書を引くが、辞書は僕らを引かない。
じゃあ辞書が僕らの脳だとしたら、僕らの本意識と脳の関係ってのは一体なんなんだよ?
ともすれば、本物の僕はどっちだ?
この僕、肉体と意識そのものか?
それとも幾つも並んでいる引き出しの奥底か?
本物の僕の脳は、どっち側にあるんだ?
暗転。
大体、いつもこのあたりで眠くなるんだ。
誰かがそれ以上は考えることを許してくれないみたいにね。
うーん、オカルティックでB級感の溢れる、良いまとめ方だな。
これを読んだ君の夢の住人が、もし君の知らない知識をひけらかしてきたら。
対応パターンは3つ。
①無視して忘れる。
②追求する。僕みたいに。
③接続を直ちに終了します。
一応のために忠告しておくと、ゲームのデータはオートセーブ中に電源を落とすと、壊れて使い物にならなくなることがあるから注意だ。
僕は怖いからやめておく。
これ以上、不安の種を増やしたくはないからね。
それじゃあ、おやすみ。
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