蝉と姉

「ああ暑い、ああウルサイ。」


 ケンが居間で氷をたくさん入れたカルピスを飲んでいると、姉が二階から下りてくるなり、そう言って、窓をピシャリと閉め、エアコンのスイッチを入れた。途端、最近鳴き始めた蝉の声が遠くなった。

 ケンは、このくらいの暑さなら、外の風が部屋に入って来る方が好きだ。


「あ、私にもカルピスつくって。相談に乗ってあげるから。」

 キッチンのテーブル席についたケンのお姉さんは、唐突な提案をしてきた。

「え? 相談なんて特にないよ。カルピスはつくるけど。」


 ソファーから冷蔵庫に向かうケンの背中に声をかける。

「そうかしら。最近なんか考え込んでんじゃん。」


 ケンはカルピスと氷が沢山入ったコップとストローをテーブルに置き、姉の斜め前に座る。

 そして、やっぱり何か考え込んでいる。


「相談・・・無くはない。」

「ほら。言ってみ。」


「クッキーのリベンジしたい。」

「はい?」


「それから・・・僕の気持ちは変わらないってこと、伝えたい。」

「なんじゃそりゃ?」

 どうせ姉に相談しても、ろくなアドバイスをもらえないだろうからと、ケンは説明をかなり端折った。


「ああ、相手はクミちゃんね。」


 どき。


 実はお姉さん、ケンたちが小一の時、仲よくしているところを学校内で何度も目撃していたし、お弁当の話や、山での遭難未遂の話はお母さんからいろいろ聞いていた。にしても、察しがいいというか、ちょっと怖いというか・・・


「ケン、あの子にクッキーあげたことあるの?」

「う、うん。

「ああ、そう言えば、あんたにクッキーもらったことがあったね。あん時か。・・・それはお馬鹿ね。あの子、食物アレルギーが出るんでしょう?」

「え、うん。お弁当を一緒に食べてたのに。・・・うっかり忘れてた。」

「クッキーは小麦とか卵とか使ってるからなあ・・・ん?」


 ケンの姉さんは、ストローをくわえたまま、窓の外をぼーっと見ている。


「高校の同級生、『みさと』って子の家がケーキ屋さんなんだけど。そのお店、確かアレルギーの原因となる材料は使ってないって言ってた。あとで電話して、クッキーも売ってないか聞いてみようか?」

「ありがとう。・・・でも、できれば自分で作ってみたい。」

「おう、それは随分ハードル上げてくるわね・・・まあいいわ。聞いてみる。」


「ありがとう。で・・・もう一つの相談だけど。」

 ケンは思った。姉の気遣いはありがたいが、さすがにこれは難しいだろう。

 というか、姉にこんな相談するのは無茶苦茶恥ずかしい。


「クミちゃん、もうすぐ転校しちゃうんだっけ。変わらないことを伝える、か・・・難しいね。だいたいね、みんな『ずっと忘れないよ』とか『手紙交換しようね』なんて調子のいいこと言うけど、まあ、だいたい三日坊主ね。愛は、距離には勝てないわ。」

・・・ケンのお姉さん、マンガかラノベか、何の受け売りかわからないけど、ミもフタもないことをおっしゃる。


「あんた、絵とか工作とか得意でしょ。せっかくだからその特技使って何とかしなさいよ。」

 参考になったような、ならないような。


「姉ちゃん、ありがとう。何とかやってみる。」

「お礼。」

 お姉さんは、ケンの目の前に手を差し出す。

「は? カルピス作ったけど。」

「そんなもんじゃ済まないでしょ。」

「じゃあ何?」

「これから、クミちゃんとの間で起きること、うまくいってもいかなくても、洗いざらい全部報告すること。」


 蝉×姉=超超ウルサイ。

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