第6話:魅惑的なプレゼン

※追加エピソード(短編集掲載分)


 相変わらず梅田キタの居酒屋で。

 後輩の誘いに乗り、ふたりで夏の計画を立てている最中だった。


 カウンター席。いつものように右隣りに座る久遠ひさとおと俺の間には、関西のイベント情報誌が一冊。

 職場では決して嗅ぐことのない、仄かな甘い香りが鼻先を掠める。ふと気づけば、俺たちの肘がまた軽く触れ合っていた。


 ──いや、これ、どう考えても小突かれてるだろ?!


 『お前、わざとだろ?』

 そんな視線を向けても、当の本人は『なんのことですか?』とでも言いたげな澄ました顔で応じてくる。

 まるで隣同士に座った中学生男女のやり取りだ。


 そんな俺たちの間に割り込むように、愛想の良い店員がジョッキグラスをふたつ運んできた。

 こういう時だけは動きが早い。さっと両方を受け取った久遠ひさとおが、一つをこちらに手渡してくる。とりあえず、一時休戦だ。


 ジョッキを軽くカツンと合わせ、互いにクイッと煽る。

 相変わらずのいい飲みっぷりに感心していると、何を思ったのか久遠ひさとおは俺から少し身体を離し、「こほん」と小さく咳払いして姿勢を正した。


「急にどうしたんだよ?」


「ここで一つ、『海やお祭りに行くとは言ったものの、できれば目立つのはちょっとなぁ』なんて思っていそうな先輩に、少しプレゼンをさせていただこうかと思いまして」


「プレゼン?」


 突如始まったプレゼン宣言に、思わず小首を傾げる。


 職場以外では珍しく、上品な笑みを浮かべる久遠ひさとお

 大卒一年目とはいえ、もしミスコンに選ばれた経歴があっても何ら不思議じゃない美貌の持ち主だ。

 

 ピンと背筋を伸ばしたその姿は、まるで『私を見て』とでも言っているようだった。

 スタイルの良さは一目瞭然。細身の体型なのに、ブラウス越しでもはっきりとわかるところはしっかりと出ている。

 タイトなパンツスタイルに隠れているが、きっと脚もすらりと綺麗なのだろう。


「さて、質問です。先輩は水着と浴衣のどちらがお好きですか?」


「水着と、浴衣?」


 急に話を振られ、つい久遠ひさとおイメージ願望を重ねてしまう。

 正直、どちらも見てはみたいが。


 顔を上げると、悪戯っぽい視線がこちらに向けられていた。


「先輩、いま私で想像したでしょう?」


「し、仕方ないだろう。いま目の前にお前しかいないんだから」


 完全に誘導尋問だ。

 ──いや、仮に久遠ひさとお以外の誰かが隣にいたとしても、たぶん俺はこいつを想像してたと思う。


「まあ、たしかに。では、どちらです?」


「どうだろうな。どっちかといえば……浴衣かな」


 本音を言えば、水着も捨てがたい。

 ただ、久遠ひさとおの水着姿を見ている時の自分を、こいつ自身に見られたくない。その気持ちが勝った。


 すると、「悩んでくれた先輩に朗報です」と、久遠ひさとおはピンと人差し指を立てる。


 ──なるほど。ここからが本題、プレゼンというわけか。


「もし今すぐ一緒に計画を立てていただけた場合、漏れなくどちらもご覧いただけます。しかも今ならなんと、水着を一緒に選んでいただくサービスまでつけちゃいますよ?」


「……え」


 一緒に選ぶ。つまり俺の好みを反映させつつ、試着まで拝める、ということか。


 その魅惑的な提案に思わずごくりと唾を飲み込む。

 一方で、ここまで職場関係を持ち込まずにいられるこいつはいったい……。


 ──俺はお前より六つも先輩なんだが?


 とはいえ、なかなかの営業力だ。会社の先輩としては頼もしい。

 ただ、一つだけ見過ごせない問題が残っている。


「それはそうと、一つ問題が残ってるだろ。最初にお前は、目立つのが嫌な俺に向けたプレゼンだって言わなかったか?」


 所詮は大学を出たばかり。入社時トップの成績とはいえ、まだまだ詰めが甘い。

 そんなふうに勝ち誇った顔を向けた俺に、返ってきたのは待ってましたとばかりの不敵な笑みだった。


「簡単な話ですよ、先輩」


 そう言って、澄ました顔のまま。

 俺が固唾を飲んで次の言葉を待つと、彼女はさらりと言い放った。


「水着や浴衣を着たまま、家で飲めばいいんです」


 ──家、で……?


 言葉が出なかった。


 ある意味、海や祭りなんかよりずっとレアなシチュエーション。

 それでいて、海や祭りにまったく劣らない破壊力。


 ──というか、気づけば宅飲みにまで誘導されてるじゃないか……。


 マイナスを上回るプラスの提案。しかも相手の潜在欲求をしっかり満たした上での。


 結局、その後は一言も反論できず。


 この夜、俺は初めて後輩に論破された。

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