第49話:楽しみにしてますね
その夜、俺と
もちろん景観がいいというのはそうとして、うちの社員の大多数が最寄りの本町駅に足を向けるなか、カップルや観光客など人通りも多く紛れられるからというのが彼女のお気に召しポイントらしい。まあそれに関しては俺も大いに同感だが。
「じゃあ、その部長さんは『自分の娘じゃなければ応援してやれるかも』って。先輩にそう言ったんですか?」
「ああ。なんだったんだろう、あれ」
結局、あの男性がどこの部署の誰かも分からず仕舞い。口ぶりからすると本社に来たのも初めてって感じだったしな。
まあ東京からだけでも結構な数の部長連中が来ていたのだ。名前も知らないで探すのも困難というもの。まあ今度支店の連中にそれとなく聞いてみるか。
「でも、少なくとも東京支店の部長さんに認められたってことでしょう。すごいじゃないですか」
「どうなんだろ。別に仕事ぶりを褒められたわけじゃねえし」
あんな会話が俺が東京へ戻る手助けになるとは到底思えない。そもそもあの人がその立場にあるのかさえ分からないのだ。
「つうか、指。怪我してんじゃねえか」
「ええ。ちょっとお料理の時に切っちゃって」
手をつなぎつつ人差し指に巻かれた絆創膏を指先でなぞると、
「それとお前。その顔、寝不足なんじゃないのか? もしかして雨宮係長から無理難題とか押し付けられてやしないだろうな」
「まさか。たしかにあの人の仕事は重めですけど、きちんと配慮はしてくださってますし。どっちかと言えば仕事は先輩の方が厳しいです」
ジトっとした目を向けてくる後輩から所在無さげに顔を背けると、
その後、別れ際。地下に降り心斎橋駅の改札前で。
「じゃあ明日、楽しみにしてますね」
「こっちこそ。つっても平日だからな。仕事が早く終わりゃいいんだけど」
「ほんとに。あっ、そうだ先輩」
「ん?」
耳を貸せという意味だろうか、ちょいちょいと手をやり口許に手を添え顔を近づけてくる
「お前っ、こんなとこでなにをっ」
どうやら手を添えたのは内緒話でもなんでもなく、端から誰にも見られないように口許を隠すためだったらしい。
「ふふっ。どっきり成功ですね」
俺の反応に満足したのか、にたっと嬉しそうに笑うと
ったく、あいつはびっくり箱かなんかかよ。
苦笑いを浮かべながらまんざらでもない。
いつの間にやら地下でさえ息を吐くと白い
俺は鞄に手を突っ込み忘れないようにと事前に忍ばせておいたプレゼントの感触を確かめると、明日彼女と過ごすはずの夜に向けて想いを馳せた。
▲▽
そして迎えたクリスマス。
俺のいる二課だけでなく、社内はどこもかしこも年に一度あるかないかというレベルの大混乱だった。
鳴りやまない電話。走り回る社員たち。
その原因は、冬のクリスマス商戦向け製品の一部ロットに発生した不具合——。
回収措置が決定されたとはいえ、ただ回収するだけで済むはずもなく。
店頭の棚落ち(※)はメーカーにとって致命的。交換用の在庫と、足りない分の代替品を手配する必要が出てしまったのだ。
(※)店舗の陳列棚を空けること。売れない商品が棚から外されること。
しかもこの時期、師走も師走。輸送も混乱する年末に、まるで呪いのようなタイミングで。
——とはいえ、不具合対応の早さも営業の仕事。
社内は一丸となって、徹夜覚悟の作業に追われていた。
クリスマス当日の夜。ようやく、どうにか明日には目処が立つ……そんな状況だった。
「こっちはだいたい片付いたで。永瀬ちゃんとこはどや?」
「ええ。うちも、そろそろ終わりが見えてきたとこです」
「そうか。なら今日はここまでやな。終電もあるし、無理は禁物や」
時計はすでに夜の十一時を回っている。
さすがの
そこへ、「お疲れ様です」と声がした。
「上層部の皆さんから差し入れです。どうぞ今橋さん、先輩も」
「おお、ありがとな
カップケーキとペットボトルのコーヒーを受け取りながら、今橋さんが手刀を切る。
その姿を横目で見ながら、今橋さんがふいに立ち上がる。
「どこか行くんですか?」
「この前言うたやろ、総務の田中ちゃんが彼氏と別れたばっかやって。お前も狙いの子がおるなら、今がチャンスやぞ」
そう言われて、ぐるりとフロアを見渡す。
たしかに今残っているのは、遠方出勤組を除けば独り身ばかりだ。
なるほど……さすが、こういうところは抜かりない。
と、ふいに
そう思った矢先。胸ポケットがぶるりと震えた。
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