第48話:突然の来訪者

「彼女さんに喜んでもらえるといいですね」


 女性店員に笑顔で見送られながら、クリスマス用に可愛らしく個包装されたプレゼント袋を手に俺は店を出る。


 休日の朝っぱらからノコノコ(都会に)出て来てから早や数時間、いつの間にやら外はもう真っ暗だ。


 梅田に始まり難波、心斎橋、天王寺と。いったい今日だけで何軒の店を回ったことか。恋人へのプレゼント選びがこんなにも大変だったとは……。


 まあそもそもこのネット社会に自分の脚で探すなんてこと自体が珍しいのかも知れないが。

 努力と結果は比例しない。そうは分かっていても努力のない結果は味気ないなどと思ってしまう自分はやっぱり古めかしいタイプなんだろう。


 ほんとう、世の男共はこの時期いったいどうしてるんだろうな。

 この歳になって知るのもどうかとは思うものの、まあ今更言ったところで仕方がない。初めてはいつだって大変なものだ。


 そういえば付き合ったこと……。まだ誰にも言ってないな。


 コウスケ(※)くらいには言っといた方がいいような気もしつつ、かといって婚約をしたわけでもあるまいしわざわざ言うのもどうなんだか。これまた初めてのことでよく分からん。


 久遠あいつはもう誰かに言ったんだろうか。


 そんなことを考えながら踵を返すと、俺は人混みに紛れた。

 

 (※)親友の月島コウスケ(第18話参照)




「じゃあ先輩、行ってきますね」


「おう。気をつけてな」


 クリスマスイブを明日に控えた休み明け、月曜日。久遠ひさとおはというと今日は終日雨宮係長に同行だ。


 最近俺の手を離れつつある彼女を少しだけ寂しく思いつつ、頼もしくもありつつ。デスクから出掛ける後輩を見送ると、俺もいそいそとPCモニターと向かい合う。


 今年の年末年始は大型となる9連休。この土曜からの長期休暇を控え、俺はというと終日事務処理に追われていた。そんななか早めに昼食から戻って来ると、50代中盤だろうか、二課の島付近に立つビシッとスーツの決まるそこそこ長身で細身なのに体躯の良く見える男性に気が付いた。


 狭くないオフィスとは言え、彼是かれこれもう6年以上もここにいるのだ。顔すら見たことのない人間などほとんどいないはず。


 見るに丁寧に狩り揃えられた口髭と顎髭。昔はさぞモテたのだろうと思わせる、端的に言って渋いち。そういえば今日は全国から集まった部長級会議があるとか言ってたな。そんなことを思い出す。


 ということはこの人もどこかの支店の……。


 わざわざこちらから名前を聞くのも失礼に当たるかと思い、デスクへの戻りがてら「お疲れ様です」とだけ挨拶をし通り過ぎようとしたところ、ふいに呼び止められた。


「あー、君。営業二課の社員かね」


「……はい、そうですが」


 スーツの左胸に目を遣るとフラワーホールにはうちの社員章が。となればこの会社うちの人間で間違いなさそうか。


「どなたかお探しですか?」


「まあ探していると言えばそうだが、この課に元東京支店の社員がいると聞いてね。……そういえば、君は標準語だね?」


 背筋にピリッとしたものが走る。もしかしてこの人は東京支店の?


 やはり名前を聞くのは失礼に当たるだろうか。そんなことを思いながら。


「ええ、二人いますが。僕がその一人です」


「ほう。君が……」


 立たせたままにしているのもどうかと思い「良かったらどうぞ」と自分の椅子を差し出すも「すぐに外すから気にしないでくれたまえ」と威厳深く返されてしまう。


 そうなるとこちらも座るわけにはいかず、立ち話続行。俺は注意深く男性の言葉に耳を傾ける。


「失礼だが君、結婚は?」


「いえ、まだしていません」


「そうか。なら子どもはいないな」


「そうですね」


 唐突な質問に内心首を傾げつつ、気楽な話の中にもどんな意図が混ぜっているか分からない。そう思い聞かれたこと以外、無駄な答えは控える。


「そうか。ちなみに私には娘が二人いてね。いいぞ子どもは」


「そうですか。またいつか経験してみたいものです」


「うむ。して君は~……永瀬君、であってるかな?」


「えっ。はい……。よくご存じですね」


 自分の名前を知られていたことに驚きを覚えつつ、俺か久遠ひさとおを探していたのなら当然かとも思いながら。


 何やら値踏みでもされてるような感覚を覚えるも表情かおには出さぬよう平静を装っていると、俺を永瀬だと認識した途端、男性の眼が鋭いものに変わったような気がした。


「突然だが永瀬君。君にとって仕事とは何だね?」


「えっ。仕事、ですか?」


 時間稼ぎの意味で質問返しをすると一つ頷く男性。いきなり面接みたいな質問を浴びせられた俺は一瞬惑うも、


「そうですね。少し難しい質問ですが」


 そんな前置き挟みつつ。


「当然生きていくためには必要で、最低限というか責務でもありますが。一言で表すなら、やりがい……でしょうか」


「ほう。というと?」


「自分も例に漏れず、一部を除いた人間はどうしたって人生の大半を仕事に費やしてる訳ですし。だったら楽しい方がいいに決まっているというか、やり甲斐を見つけて挑みたいという意味です」


「……なるほどな。時間を重視する今の若者らしい答えではあるものの、なかなか面白いものの考え方をするものだな」


 悪くないインパクトを与えたのだろうか。言葉通り興味を示す様子を見せると男性がもう一つ問いかけてくる。


「ちなみに君は異動願いを出しているそうだが。またどうしてわざわざ本社から支店に戻りたいのかね」


 明らかに意図を持った質問だ。どうやらこの人はこの偶然を生かし俺という人間を理解しようとしているらしい。


 休憩を終えた社員が少しずつ戻って来るのを横目に感じながら、まだ誰にも聞かれる距離にはないと判断をし慎重に言葉を選ぶ。


「こんなことを本社ここで言ったら笑われそうですが、最近東京支店でも徐々に開発体制を築く試みが始まっているらしいですよね。将来的には社内で競い合うという意味で本社並みの開発体制が整えば会社として面白いと思いますし、もし可能なら自分もその一助になれたらと——」


 と、話している最中さなか、「部長っ」とどこからか呼ぶ声が聞こえ、同時に振り向く俺と男性。


 声の主は俺と同じくらいの年齢だろうか。これまた見たことのない若い男性社員は駆け寄って来ると呆れたように男性へ声を掛ける。


「探したんですよっ、部長。もう会議が始まっちゃいますよ」


「悪い悪い。本社がどんなところか少々興味があってな」


 男性は悪びれる様子もなく若い社員に返すと、再度こちらへ振り向き本日初めて柔らかに表情を崩した。


「話の途中だったがだいたいのことは理解したつもりだ。休憩中なのに時間を取って悪かったね永瀬君」


「いえ、こちらこそ。つまらない話をお聞きいただいて、ありがとうございました」


 上司に向けた真っ当な態度で応ずると「ふむ」と男性。


「君はいい男だな。気に入ったよ」


「えっ」


 そんな感じ、驚く俺を他所よそに「じゃあ行こうか、竹下君」と若い男性社員にひと声掛けると部長と呼ばれた男性は早々に踵を返してしまう。


 そうかと思えば、何か言い残した事があるのか男性はもう一度振り向いた。

 





 その夜、俺と久遠ひさとおは今日も今日とて御堂筋を心斎橋に向け歩いていた。


 もちろん景観がいいというのはそうとして、うちの社員の大多数が最寄りの本町駅に足を向けるなか、カップルや観光客など人通りも多く紛れられるからというのが彼女のお気に召しポイントらしい。まあそれに関しては俺も大いに同感だが。


「じゃあ、その部長さんは『自分の娘じゃなければ応援してやれるかも』って。先輩にそう言ったんですか?」


「ああ。なんだったんだろう、あれ」


 結局、あの男性がどこの部署の誰かも分からず仕舞い。口ぶりからすると本社に来たのも初めてって感じだったしな。


 まあ東京からだけでも結構な数の部長連中が来ていたのだ。名前も知らないで探すのも困難というもの。まあ今度支店の連中にそれとなく聞いてみるか。


「でも、少なくとも東京支店の部長さんに認められたってことでしょう。すごいじゃないですか」


「どうなんだろ。別に仕事ぶりを褒められたわけじゃねえし」


 あんな会話が俺が東京へ戻る手助けになるとは到底思えない。そもそもあの人がその立場にあるのかさえ分からないのだ。


「つうか、指。怪我してんじゃねえか」


「ええ。ちょっとお料理の時に切っちゃって」


 手をつなぎつつ人差し指に巻かれた絆創膏を指先でなぞると、久遠ひさとおが苦笑いを向けてくる。そんななか、もう一つ気になったことが。


「それとお前。その顔、寝不足なんじゃないのか? もしかして雨宮係長から無理難題とか押し付けられてやしないだろうな」


「まさか。たしかにあの人の仕事は重めですけど、きちんと配慮はしてくださってますし。どっちかと言えば仕事は先輩の方が厳しいです」


 ジトっとした目を向けてくる後輩から所在無さげに顔を背けると、久遠ひさとおはクスっと笑った。



 その後、別れ際。地下に降り心斎橋駅の改札前で。


「じゃあ明日、楽しみにしてますね」


「こっちこそ。つっても平日だからな。仕事が早く終わりゃいいんだけど」


「ほんとに。あっ、そうだ先輩」


「ん?」


 耳を貸せという意味だろうか、ちょいちょいと手をやり口許に手を添え顔を近づけてくる久遠ひさとおに俺も顔を寄せると、頬にチュッと柔らかな感触が。


「お前っ、こんなとこでなにをっ」


 どうやら手を添えたのは内緒話でもなんでもなく、端から誰にも見られないように口許を隠すためだったらしい。


「ふふっ。どっきり成功ですね」


 俺の反応に満足したのか、にたっと嬉しそうに笑うと久遠ひさとおは胸元で手をひらひらと改札の先に消えていってしまった。


 ったく、あいつはびっくり箱かなんかかよ。


 苦笑いを浮かべながらまんざらでもない。


 いつの間にやら地下でさえ息を吐くと白い気霜きそうが口から零れる季節になったのを感慨深げに感じながら、


 俺は鞄に手を突っ込み忘れないようにと事前に忍ばせておいたプレゼントの感触を確かめると、明日彼女と過ごすはずの夜に向けて想いを馳せた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る