第35話 要は慣れでしょう?


 その後、カフェや豆腐屋など数か所巡り最後にやって来たのはマス釣り場。


 この村ここをネットで調べた時にも一番人気となっていたスポットである。


 なんだかんだで今は午後三時過ぎ。

 時間帯のせいだろうか、家族連れよりもカップル比率が高めに映る。


 きっと周りから見れば俺たちもカップル同じように見えているのかも知れないが、実際のとこはそうじゃない。

 そういう意味じゃ、それぞれにそれぞれの事情があるんだろうな。などと想像を巡らせながら他所よそのカップルを眺めていると。


「可愛いが多くて良かったですね」


「え」


 隣りを見るといつもより潤いを感じさせる唇をツンと尖らながら久遠ひさとおがボソッと一言。


「さっきから他のばっかり見て。私のこと少しも見てくれないんですもん」 


「いや、そういうんじゃないって」


 これは長引かせるとドツボにはまるやつだ。

 そう思いすぐさまさっき考えてたことを伝えると「ああ。そういうことだったんですか」ところり表情を変える後輩である。


「やっぱりカップルにそう見えちゃいますかねぇ」


「なんでそんなに嬉しそうなんだよ」


 なるほど、報告連絡相談ホウレンソウはやっぱり大切なんだな。

 まさかこんな場所でそのことを教えられるなんて。ひとりしみじみと感じる秋である。


 その後、フロントへ。

 どうやら釣り竿のレンタル料を払った後は、釣った分のグラム重量で課金される仕組みになっているらしい。

 ちなみにキャッチアンドリリースは不可。釣る釣らないの選択は慎重に、だそうだ。


「先輩は釣りの経験はあるんですか?」


 釣り竿と一緒に渡されたトウモロコシの粒を竿の先端針に固定していると、なぜか久遠ひさとおが羨望の眼差まなざしを向けてくる。


「あるよ。といっても中学の時まで遡らなきゃだけど」


 幼少期に想いを馳せつつ、釣竿を久遠ひさとおに手渡してやる。


「ほらこれ。投げた後、浮きがピクって反応したら釣り竿を上げるんだぞ?」


「分かりました。では、お言葉に甘えてお先に失礼します」


 俺から竿を受け取った久遠ひさとおは軽く竿を振って糸を垂らすと、釣り竿をピクピクと動かし始める。

 水面越しには大量のマスの群れ。だがなかなか餌には食いつかない。


「浮きを生きてるように見せるといいって聞いたんですけど。全然ですね」


「貸してみ」


 久遠ひさとおから竿を受け取ると別の場所に糸を垂らした。


 無駄な動きは控え、注意深く流れを読みつつ食いつきそうな魚ターゲットを見極める。するとほどなくして指先に手応えを感じ、同時に浮きが反応したタイミングを見計らいさっと竿を引き上げる。

 

 案の定しっかりと食いついていたマス。俺は慎重にそれを掴んだ。


「すごぉいっ。どうしてですか??」


「営業と一緒だよ。買ってくださいって猛アピールしたところで誰も買ってくれないのと同じで、逆に欲しい時に欲しいものが目の前にあった時に人は買いたくなるもんだ。そして俺たちはその瞬間を見逃さない」


「なるほど」


「そのためには相手をしっかり見ないとな。これに関しては慣れだが」


「うんうん、たしかに。すごく腑に落ちます、けど」


「けど、なんだよ?」


 腑に落ちると言いながら、腑に落ちていない眼を向けてくる後輩にこちらも首を傾げ返す。


「見て欲しいって言ったのに。先輩、ずっと見ないようにしてるんですもん。それって営業失格じゃないですか?」


 そう言うと、久遠ひさとおはさっきみたくまたぷくっと頬を膨らませた。


 言葉の意味にすぐ気が付いた俺はカーディガンの隙間から覗くすらりと伸びる白い脚やふとももをチラっとだけ見遣るも、結局すぐに視線を外す。


 そんな俺をじーっと見つめる久遠ひさとおの視線をしっかり感じながら……。


 悪い。これに関してはなかなか慣れないみたいだ。


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