第5話 久遠心優の休日アサルト①

 

 ああ、頭がぼーっとする。


 寝起きでボサついた頭を押さえ立ち上がると次いで胃のムカつきを覚えた。


 ったく、しこたま飲ませやがって。


 結局あの後久遠あいつに終電まで付き合わされてしまった。まあ俺も週末だからと調子に乗ったとこはあるけどさ。


 にしても、未だにあいつの底が見えないんだが……。

 俺も酒の強さにはまずまず自信のある方なんだが、もしかしたらワンチャン負けもあり得るかもな。そんなことを考える。


 遮熱カーテンを開けるとすぐさま突き抜けるような太陽の光が差し込んできた。同時にギンギンに熱された窓から身体に纏わりついてくるムワッとした熱気。


 今日は完全に夏日だな。


 轟音を上げるエアコンの下、ソファに寝転びながら歯磨きを兼ね会社支給のスマホで仕事関連のメールをさっと流し見してゆく。


 そんな休日のルーティンを終えてから個人用の携帯を手に持った。


 蛍点滅する通知ランプ。

 ロック画面に表示された通知欄にはマッチングアプリからの新着通知数件と共に珍しいチャット通知が紛れ込んでいるようだ。


『くおんがメッセージを送信しました』

『くおんがスタンプを送信しました』


 くおん。久遠ひさとおのチャットネームだ。


「休みにあいつから連絡がくるなんて珍しいな」


 まあ昨日は遅くまで付き合ってやったしな。ことプライベートにおいて特に最近は俺に敬意のけの字も見せないあいつでもさすがに気遣いの連絡が一つや二つか三つか四つくらいあってもおかしくはないのかも?


 淡い期待を胸にチャット画面を開く。


『起きたら連絡ください』


 業務連絡かよっ。


 そんな簡素な文を補足するかのように流れ星に願いをかけるうさぎのスタンプが一つ。


 まあ既読はつけたし、返事は後でも構わないだろう。

 そう思い、スルーすることにした。




「いただきます」


 大阪阿部野橋駅から近鉄沿線で四駅。

 俺のアパートがあるこの街には駅に併設された有名な商店街がある。


 そしてその東側入口にあるラーメン店。

 カウンター席で手を合わせた俺はずずっと勢い良くめんを啜り、夏はやっぱここの冷やしラーメンに限るよなと心の中で独り言ちる。


 そういえば、通知来てたな。

 行儀が悪いのを承知でラーメンを啜りながらスマホに視線を落とす。


 マッチングアプリを開くと数件の『いいね』。そして今やり取りをさせてもらってるお相手女性からの丁寧な長文メールが入っていた。


 これは返すのに時間がかかりそうだな。

 そんな風に頭を悩ませていると突然右隣からツンツンと肩をつつかれ、目をると初老の男性おっちゃんと目が合った。


「兄ちゃん外見てみ。ほら、あそこに立ってるモデルみたいな可愛らしい嬢ちゃんおるやろ? 多分、さっきから兄ちゃんのこと見てるで」


「俺ですか?」


 目をぱちくりとさせた俺に「せやせや」とひょいと手を挙げると爪楊枝を口に咥えたまま機嫌よく去ってゆく男性おっちゃん

 俺も軽く会釈を返した。


 促されるまま言われた方を見る。確かにホワイトグレーのキャップを深めに被る若い女性が一人、ガラス窓越しにこちらを見ているようだ。


 ピンクグレーのロングプリーツスカートにベージュの薄手テーラードジャケットを合わせたコーデ。カジュアルなのに上品な雰囲気を醸し出すそのシルエットはまるでモデルのようで、スタイルもかなり良さそうだ。


 どうやら俺が気付いたことにあちらも気付いたらしくひらひらと手を振ってくる。

 直後、目を凝らした俺は「むぐっっ?!」と喉を詰まらせていた。


(って、あれ久遠ひさとおじゃないかよっ?!)


 喉のつっかえを取ろうとどんどんと胸を叩く俺。

 次に顔を上げたときには彼女の姿は既に無くて、直後自動ドアが開いた。


「いらっしゃいませっ」


 店内に足を踏み入れた久遠ひさとおは俺の方を指さしてから二人という意味だろう、ピースサインを店員に向ける。


「来ちゃいました」


 可愛らしくペロっと舌を出す。

 

「来ちゃいましたって……。お前、来るなら来るって事前に言えよ。びっくりするだろう」


「先輩が返事くれないからでしょ? 私、起きたら連絡くださいって送りましたよね」


 ジト目に加え、ほらと既読の付いたチャット画面を見せつけてくる。


「それは見たよ。でもまさか来るなんて微塵も思ってなかったし、そもそも昨日はそんなこと一言も言ってなかったじゃないかよ」


「だって……。今日の朝決めたんだもん」


 だもんて……。友達かよ。

 まあことプライベートにおいては友達で合ってないこともないのか。


「まあ細かいことは気にしないでください。無事会えたんだから良しとしましょうよ」


「なにがいのかひとつも分からんけどな。というか、店に入って来たってことは昼はまだなんだろう? 奢ってやるから好きなの頼めよ」


「えっ、いいんですか! やったぁ。じゃあまず先輩のを少し味見させてもらってもいいですか? それ美味しそうだし」


「別にいいけど。ってそれ俺が使った」


 箸なんだけど……? そう言って止めようとするも時すでに遅し。

 久遠ひさとおは気にする様子もなくつるっと一口啜ると「ん~おいひぃ」と頬に手を添え舌鼓を打ち始めてしまう。


「うーん、私も同じのにしようかなぁ。って、そんな顔で見ないでくださいよ先輩。食べた分は後でちゃんとお返ししますってば」


「いや、そうじゃなくてだな……」


 今こいつ。俺の箸を使った、よな?

 

 つまり、間接キスなんだが……。


 俺は戻された器と箸に視線を落とす。


 久遠ひさとおの様子を見る限り、アラサーにもなってそんなことを気にしてる俺が単に恋愛雑魚過ぎるんだろうな。多分……。


 それに言ったらまたからかわれるだろうし。


 そう思い、俺も彼女に使われた俺の箸で続きを食べ始めたのだが。


 それ以降、俺が味を感じることが無かったのは言うまでもないだろう。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る