ゴヲスト・パレヱド ― 孤独な鬼は気高き狐に導かれ最強の退魔師を目指す ―
裡辺ラヰカ
序幕 狐を妻とした英雄譚
狐を
日本霊異記上巻第二より
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それはすでに遠い過去の出来事だ。
寿永三年——西暦一一八四年。源平合戦の真っ只中、平安末期。
各地で繰り広げられる源氏と平氏の争いによる血と不浄、治世の悪化による混沌は、人々の負の感情をこれでもかと煽った。
現代と違い、科学など皆無と言っていい時代。不気味なものは不気味なものへ、ダイレクトにその感情がぶつけられる。
ある雪が降る夜、それは現れた。具現化した、と言っていい。
澱のように積み重なった負の情念は、その無限の瘴気はとうとう行き場を失い顕現し、他ならぬ生みの親であるヒトへ、その爪牙を振るい立てた。
重苦しく立ち込めた赤黒い雲を破り、巨大な龍が
出雲の地に現れたヤマタノオロチ——その再臨と恐れられた邪龍は、ヤオロズ、と呼ばれた。
各地の城が臨戦体制に入り、まず東の海沿いで数千の兵士、農民が武器を取った。あるいは、術師が立ち上がり、抵抗した。
しかしいかなる矢も、術もヤオロズには効かなかった。
射かけた矢は猛然たる息吹に吹き飛ばされ、火術も破魔術も濃密な瘴気に阻まれて意味をなさない。それどころか産み落とされる不浄の怪物——
龍が顕現して一夜で、東海岸の町は陥落した。
攻撃らしい攻撃などしていない。ただ、降りてきてその全身で大地を擦り潰しただけだ。
二夜で、内陸の町が三つ消えた。
三夜目で、ある妖狐が現れた。
月白の体毛。九つの尾。紫紺の双眸。
旦那の術師も共に戦い、金色の龍神を
七日七晩続いた激闘は、やがてヤオロズの著しい衰弱を招いた。だが、それでも死に至らしめることはできなかったという。
産み落とした落とし子の力も弱まり、月白御前はその龍に永劫の眠りをもたらしたのだった。
それは、月白御前自身が神の如き力を失うのと引き換えにした封印術。
龍は光に飲まれ、その肉体を、永遠なる無窮へと封じられた。
その英雄夫婦は、後の世に稲尾という姓で子孫を繁栄させた。
人の身であった旦那はその後、妻に看取られて他界。しかしながら、妖狐である月白御前は——。
それは、遠い昔の話。
九〇〇年近くも昔の、大勢に忘れ去られた英雄の物語。
語る者も、聞く者もいない、けれども確かにそこに在った、歴史に刻まれなかった英雄譚だ。
狐を妻にした男は、生涯を通して波瀾万丈であったことだろう。
しかし、その最期が驚くほど穏やかだったことは、子孫たちだけが知っている——ある種の、誇りであった。
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