第38話 襲来、スタンピート

それから一週間が経ち、何とか迎撃体制が整う。


周辺の村人の避難も完了し、最低限の戦闘訓練も出来た。


幸い避難してきた人の中には弓を使える人もいたから、棚からぼたもちでいる。


今回の作戦には、弓を使える人は一人でもいた方がいい。


そして……その日がやってきた。


「エルク様!」


「……きたんだね?」


慌てて部屋に入ってきたモーリスさんは憔悴していた。

とある報告を受け、それが確認できたからだろう。

その顔だけで、俺も報告が真実だと察した。


「は、はい! 偵察に行っていた獣人が魔物が森から溢れるのを見たそうです! その中には、ゴブリンジェネラルやオークジェネラルの姿もあったとか!」


「モーリスさん、落ち着いて。大丈夫、準備は出来てるから。俺は門の外に行くから、内側の指揮はモーリスさんに任せるよ?」


「し、しかし、いいのですか? 王子である貴方が前線に出るなど……いえ、話し合いで決まったことは承知しておりますが」


「うん、俺じゃないと戦いの先手が取れないから。そのためには、敵の前に行く必要があるんだ」


「……はい、わかっております。ただ、自分の無力さが悔しいのです」


これは何度も話し合ったことだ。

俺が王子という点を排除し作戦を立て、これが相手に一番ダメージを与えられると判断した。

もちろん、俺とて無策じゃない。

俺がクレハの肩に手を置くと、決意のこもった眼差しで頷く。


「大丈夫、俺にはクレハがいるから。クレハ、行くよ」


「はっ、貴方の身は私がお守りいたします」


「うん、頼りにしてるから」


「わかりました。私も覚悟を決めましょう……では、こちらのことはお任せ下さい」


「モーリスさんも、無理しないようにね」


その後、クレハを伴って部屋から出て行く。

階段を降りた先で、パンサーさんとネコネに出会った。

表情からするに、もう知っているのだろう。

両手を握りしめ、下を向いてしまう。


「お、お兄さん……行っちゃうの?」


「うん、行かないと。ネコネ、君は危ないから後ろの方に下がってね」


「そ、そう言って、お父さんも帰ってこなかった……」


俺がネコネの頭に手を置くと、ネコネが顔を上げる。

その目には、涙が溜まっていた。

きっと、狩りに行くと言って帰ってこなかった父親を思い出したんだね。


「大丈夫、俺は帰ってくるからさ」


「ネコネ、私がいるから大丈夫ですよ」


「俺も手助けするから安心するといい」


「おじさん、クレハさん……わ、わたしも、頑張りますっ!」


ネコネが涙を拭き、両手の拳を前に持ってきてやる気のポーズをする。

実は不安がっていたのは知っていたけど、こればっかりは自分でどうにかしないと。

どうやら、少しは吹っ切れたみたいだね。


「うん、モーリスさんを手伝ってあげてね」


「はいっ! お兄さんもクレハさんも頑張ってください!」


「もちろんさ。さあ、パンサーさんも行くよ」


「ああ、行くとしよう」


パンサーさんとクレハも最後にネコネの頭を撫で、門から外に出て行く。

すると、屋敷の前に人集りが出来ていた。

その一番前にはオルガがいて、住民達に道を開けるように言っている。

おそらく不安から、領主である俺のところにきたのだろう。

近づくと、オルガが俺に気づく。


「しゅ、主君、すみません! 住民達が、お会いしたいと……」


「ううん、大丈夫だよ。不安になるのは当然だから」


「ち、違うのです……自分達も何かできないかと」


「……へっ?」


その想定外の言葉に、一瞬だけ頭が真っ白になる。

すると、人々が俺に向かって声を上げていく。


「そ、そうです! 我々にも何か!」


「弱いですけど、何かしたいのです!」


そうか、不安だから来たんじゃない。

いや、それもあるけど……自分にも何かできないかと思ってきてくれたんだ。

それは、とても良いことだと思う。


「いえ、はっきり言ってみなさんが来ても足手纏いです」


「しゅ、主君……」


住民達が落ち込んだのを見て、オルガが視線を向けてくる。

俺は、それを手で制する。


「ですが、皆さんにはやるべきことがあります。休憩にきた兵士達に治療を施したり、飲み物や食事を与えたり……それも大事な仕事です。いわゆる、適材適所ってやつだよ」


「そうですよ。私はそういったことが苦手で、戦うことしかできませんから」


「オ、オイラも不器用だから、守ることくらいしかできない」


「俺は足が悪く、近づいてきた敵を倒すことと弓を引くことくらいしか出来ん」


「そして俺は魔法を撃つこと以外は素人同然ってわけさ。何か言いたいかというと、みんなそれぞれにできることをしようってこと……ねっ?」


その言葉に住民達が顔を見合わせ……ゆっくりと頷く。


そして、邪魔をしないように道を開けた。


俺達は住民達に見守られつつ、城門へと向かうのだった。

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