第30話 破魔の拳、天下一品無二無三

【前回のあらすじ】

なつ「ぴあさんを危機に陥れようとしたシアティを、アタシは――」


   #   ♪   ♭


 地面にひれしたシアティを見下ろし、なつは言い放つ。


「キサマを許さん――とはいえ、散々ぶちのめしてやったからな。ひとまずアタシの気は済んだ」

「そ、それじゃ……」


 顔を上げたシアティに喜色が浮かぶも束の間、


「許さんと言ったはずだ。罰として、今後はぴあさんの身辺を守ることに力を貸せ。それで処分は保留にしてやる」

「あたしにも七伯を裏切れというの?」

「そうなるな。従わなければ――」


 なつは眼光も鋭く、胸の前で両の拳を打ち合わせてみせる。

 シアティは一瞬すくみ上がるも、気を奮い立たせるように眉を吊り上げた。


「お、脅しても無駄よ! どのみち普通の人間に悪魔を滅することなんて、できやしないんだから――そこにいるめい治家じやこと以外はね!」


 シアティ、次いでなつの視線がことに向けられた。


「オレが……?」

「そうさ」と、マキナ。「キミは特別なんだ。だからこの仕事にスカウトした」


 ことはマキナとの出会いを回想する。あの時点で見抜いていたというのか。悪を滅ぼす力――この身に宿るヒーローの資質を。


「もしかして、オレみたいな力を持った奴が他にもいたりすんのか?」

「この世界ではことクンぐらいだろうね。れん……練習で身につく特性ではないし」


 マキナの言葉の真偽を知るすべはないが、少なくともなつことと同類でないのは確かのようだ。


 なつはシアティに問いただす。


「ああ言ってるが、本当か? フカシこいてるんじゃあないだろうな?」

「今さら嘘なんてつくもんですか。どこから話すべきかしら……そもそも今のあたしの姿は、人間界で活動するための仮の肉体なの。他の悪魔も同じ。壊れても修復したり、作り直せる――はずだった」


 ところが、そんな不滅の肉体を、素材である霊質にまで分解してしまえる者が現れた。ことは、悪魔たちが人間界へと版図を広げるに当たっての危険因子なのだ。


「キサマの本来の狙いがぴあさんではなく、ことだと言ったのはそれが理由か」


 なつが納得したのを見て、シアティが勢いを取り戻す。


「そうよ。我々が恐れるのはめい治家じやことただ一人。悪魔を滅ぼす力を持たないあなたなんて、ちっとも怖くないわ!」

「ほう。とどめを刺せないということは、アタシはキサマを無限にボコれるってわけだな」

「……なつ様の仰せのままに」


 一転してシアティはなつの前にひざまずいた。その顔は明らかな恐怖に引きつっている。


(完全に理解わからせられてんじゃねーか……)


 ことはシアティの態度に呆れつつも、なつに任せておけば安心との思いを新たにした。


 その後、この場はマキナが取り仕切り、各自連絡先を交換したうえでのお開きとなった。

 縛を解かれたシアティは黒翼を広げ、夏の夕空へと羽ばたいてゆく。


「これで勝ったと思わないことね。ボスの強さはあたしたちとは桁違いよ」


 捨て台詞とも忠告とも取れる言葉を残し、シアティは飛び去っていった。

 次いで、なつもマキナの方を振り返り、頭を下げる。


「さっきは失礼なこと言ってすんませんでした。てっきり琴緒ダチが付きまとわれてるものとばかり……」

「気にしないでくれたまえ。不審者と間違われるのは慣れっこだよ」


(言うほど間違いか……?)


 ことはコスプレおばさんを横目に、心の中でツッコんだ。

 ともあれ、なつが帰ってしまったことで、残されたマキナと二人きりである。


「結局なつのヤツも悪魔退治に巻き込んじまったな」

「そうだねぇ……彼女にはワタシから追い追い説明しておこう。勿論、給金もちゃんと支払うよ」


 雇用主としてしっかりしているのだけは認めたいところだ。ただ、全く疑問がないわけではない。


「そういやこの仕事、人件費とかどこから調達してんだ?」

「え? ジンケンヒ……?」

「え、じゃねーよ! 不安になんだろーが!」

「……か、株とか、FX? だったかな? 雰囲気でやってるから、あまりよく分かってなくてねぇ……ハハハ……」


 これ以上踏み込んでくれるな、とばかりにマキナは視線を逸らす。

 ことはどうにもぬぐえぬ不信を抱きつつ、どうか不審者から犯罪者にレベルアップするのだけはやめてくれ、と願うばかりであった。



  *



 期末テストも終了し、軽音部は部内ライブで盛り上がりを見せていた。

 練習期間に余裕がなかったため、パフォーマンスには普段からの積み重ねが物を言う。そんな中、名乗りを上げたバンドは五組。


 トップを飾るのは、ことがベースを務める『鱧肉はもにくまいバンド(仮)』だ。


「初めての方も、おなじみの方々も、よろしくお願いします!」


 苦手なテストを終え、清々しい面持ちで音頭を取るのはリーダーでギターヴォーカルのまい

 その後ろでは、キーボード担当のぴあもやる気をみなぎらせている。

 ドラムは他校生のなつに代わり、オーディション組の男子がサポートに入ってくれていた。


(フルメンとはいかなかったが、お披露目にはちょうどいいステージだぜ)


 視聴覚室の半分を占める聴衆は二十人ほど。顧問の詩亜しあ先生を目当てに入部希望者が殺到し、部員は倍増していた。


「せーのっ」


 まいの合図でドラマーが曲開始のカウントを取る。

 入部から二ヵ月、このライブこそがバンドとしての華々しいスタートになるのだ――ことはそう信じて疑わなかった。


 この瞬間までは。

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