雅致(ガチ)百合学園トンデモニウム

第29話 名奉行・綾重の椰夏さん

【前回のあらすじ】

シアティ「希（き）望（ぼう）堂（どう）ぴあ乃（の）を誘い出したつもりが……誰!? 」

　　　＃　　　♪　　　♭

　謎の長身スケバンは臆面もなく向かいの席につく。

（あたしは七伯最後の刺客シアティ……ここで動揺を見せたりしてはダメよ）

　シアティはテーブルの下でミラーを覗き込む。

　スーツ良し、つやつや深緑のセミロング良し、真紅の瞳も切れ長でクールにキマっている。どこからどう見てもデキる女だ。

　気を取り直し、シアティは名刺を差し出した。

「セブンカウント芸能のシアティ獺（だっ）忠（ちゅう）野（の）よ。それで……あなたのお名前は？」

「希（き）望（ぼう）堂（どう）ぴあ乃（の）です」

　まだシラを切るつもりなのだろうか。一目でヅラだと判（わか）る赤髪、口元は黒いマスクで隠しているが、ＳＮＳに載せてあった写真とはまるっきり別人に見える。

「し、失礼だけど、雰囲気が随分と違うような……」

「写真の方は加工してあるんで」

　画像をいじってどうにかなるレベルには思えない。素顔を確かめねば。

「何か注文する？　お代は気にしなくていいわ」

「いえ、結構です」

　スケバンは頑としてマスクを外す気はないらしい。

（手強いわね……いえ。この際、希（き）望（ぼう）堂（どう）ぴあ乃（の）本人かどうかは重要じゃないはずよ）

　シアティは発想を転換した。直接にせよ間接にせよ、この怪しげなスケバンは十中八九、明（めい）治家（じや）琴（こと）緒（お）と繋（つな）がっている。人質としての価値は充分にあるはずだ。

「今日来てくれたということは、モデルの仕事に興味はあるのよね？」

「オッス」

「テスト撮影をしたいから、場所を移動しましょう」

　喫茶店を出たシアティは、そのまま徒歩で人（ひと）気（け）のない区画へと向かう。後ろを付いて来たスケバンを、まんまと廃ビルの中へ連れ込むことに成功した。

（見た目は厳（いか）ついくせに、警戒心の方はさっぱりね）

　おかげで助かったわ――思わず口に出てしまったものの、もはや誤魔化す必要もなくなった。

「何のことだ？」

「――こういうことよ！」

　シアティは袖口から植物のツタを伸ばし、瞬く間にスケバンの全身を縛り上げた。

「ほう。よく分からんが、面白い手品だな」

　拘束されながらも冷静なのが癪（しゃく）に障る。

「それはどうも。鑑賞料として人質になってもらおうかしら」

「なるほど、目的は身代金か。残念だが、アタシは希（き）望（ぼう）堂（どう）ぴあ乃（の）じゃないんだ」

「知ってるわよ――！」

　シアティは怒りに任せてツタを引き寄せた――が、びくともしない。

「……なっ!?」

「キサマがやりたかったのはこれか？」

　スケバンがわずかに身を竦（すく）ませた途端、シアティの足は踏ん張りが効かなくなる。

　直後、引っ張り返されたと気付いた時には、目の前にコンクリートの壁が迫っていた。

　なすすべなく、激突。

「ぅぶべ……っ!?」

「警察に突き出されるか、アタシにボコられるか選べ。おすすめは後者だ」

　スケバンはツタを振りほどくと、ウィッグを投げ捨て、一歩一歩大股で近付いて来る。

　シアティは軋（きし）む身体を動かし、反撃に移った。

「人間如（ごと）きが……軽々しく悪魔に命令できると思うな！」

　黒翼を生やして飛翔、天井を蹴って敵の頭上へと急降下を仕掛ける――が、接触寸前に足首を掴まれ、今度は地面へ叩き付けられた。

「ぉごほ……っ！　な、何故……!?」

「綾重（あやしげ）流合気柔術に死角はないからだ」

　流れるように組み伏せられ、腕関節を極められる。

「悪魔だか何だか知らんが、ぴあ乃（の）さんを騙そうとした罪は重い。誓え、二度と彼女に近付かないと。でなければ――」

「誰が従うもんですか…………くッ！」

　シアティは腕の骨を犠牲に、関節技から抜け出した。

「……!?　正気か？」

「あたしの能力は生体エネルギーの増幅。この程度のケガはすぐに治せるわ」

　現に、壁や床へ叩き付けられたダメージはすでに回復済みだ。

　この超常的な力を目の当たりにすれば、いかに思い上がった人間といえども、悪魔に刃向かったことを後悔するだろう――と思っていたのだが。

「そうか。すぐ治るならキツめにボコっても問題ないな」

「……え？」

　シアティは間もなく知ることになった――自分が今まで手加減されていたという事実を。

　　＊

　保健室前から撤退した琴（こと）緒（お）は、その足でマキナとともに校舎の裏山までやって来ていた。

　理由は先ほど椰（や）夏（なつ）から届いたメッセージにある。

（『自称悪魔とかいうイカれた女を連れて行く』……か）

　内容が内容だけに、マキナも同席してもらうことにしたのだ。

「椰（や）夏（なつ）クンというのは、キミのバンド仲間だったね」

「ああ。もう一人のぴあ乃（の）って女を騙そうとした悪魔を取っ捕まえたんだとよ」

　実を言うと、先にぴあ乃（の）から相談を受けたのは琴（こと）緒（お）である。

　『芸能事務所？　からこんなＤＭが届いたのですけど』

　『直接会いたいって？　そりゃ胡散臭ぇな。即ブロ案件だろ』

　『ええ。でも、もし悪意でなかったらと思うと申し訳なくて』

　『誰かに確かめに行ってもらったらどうだ？　例えば椰（や）夏（なつ）とか』

　案の定、椰（や）夏（なつ）は想い人の頼みを二つ返事で承諾し、鼻息も荒く出かけて行ったわけだ。

　とはいえ、相手が悪魔というのは想定外だったが。

「ふむ……ところでその椰（や）夏（なつ）クンと、ぴあ乃（の）クンだっけ？　どことなく百合の気配を感じるねぇ」

　マキナは眼鏡の奥で瞳をギラつかせている。妙な勘の鋭さに琴（こと）緒（お）は辟易（へきえき）した。

「アンタなぁ……オレのダチを変な目で見んじゃねーぞ」

　一応釘は刺しておいたが、効果の程は怪しい。

　それはさておき、斜面に面した細道の向こうから、見慣れたスケバンの姿が近付いてきた。

　椰（や）夏（なつ）は、ツタのようなもので両手を縛られたスーツ姿の女を連れている。連絡にあったシアティとかいう悪魔に違いない。

　開口一番、椰（や）夏（なつ）は琴（こと）緒（お）が尋ねようとした言葉を先んじて口にする。

「早速で悪いが、事情を話してもらおうか」

「事情？」

「琴（こと）緒（お）、お前が悪魔と戦っている理由だ。ぴあ乃（の）さんを巻き込みかけて、だんまりというわけにもいくまい」

　それを言われると気が咎（とが）める。琴（こと）緒（お）が切り出そうとしたのを止めたのは、マキナだった。

「まぁ、待ちたまえよ」

「誰だ？　このコスプレおばさんは」

　初対面でひどい言い草だが、実際盗賊コスプレのままだし、本人も意に介していないのでよしとする。

「琴（こと）緒（お）クンの雇い主さ。この子に悪魔退治を依頼しているのはワタシだよ」

　マキナは椰（や）夏（なつ）にこれまでの経緯を手短に語った。

　琴（こと）緒（お）をバイトに誘い、街にはびこる悪魔を倒して回っていたこと。

　学園に紛れ込んだレもんや不哀斗（ふぁいと）を懐柔し、七伯爵と事を構えたこと。

「七伯……コイツもそんなことをほざいていたな」

　椰（や）夏（なつ）はシアティを睨（にら）みつける。改めて見ると、髪もスーツもボロボロで土ぼこりにまみれているが、外傷はなさそうだ。

　ただ、椰（や）夏（なつ）に対してひどく怯えている様子だった。

「ひいぃっ！　あ、あたしは七伯とはいえ、ほんの下っ端ですので……」

「部下がいるとか言ってなかったか？　前に奥田部高（タベコー）を探らせてたって」

　おかげでピリピリしていた琴（こと）緒（お）とケンカになった――奇しくもこの裏山で――と、椰（や）夏（なつ）は怒りを露わにする。

「は、ハーちゃんは臨時バイトというか、野良の悪魔ですので、ど、どうか見逃してやってくださいぃ！」

　シアティはなりふり構わず、土下座で許しを請う。部下思いの健気な姿に、琴（こと）緒（お）は不覚にも絆（ほだ）されかけていた。

「……こう言ってるけど、どうするよ？　マキナ」

「シアティクンとハーチャンが百合ならば許……」

「聞く相手を間違えた」琴（こと）緒（お）は椰（や）夏（なつ）の方へ向き直る。「捕まえたのはお前だ。判断は任せるぜ」

　斯（か）くして、シアティの処遇は椰（や）夏（なつ）に委（ゆだ）ねられた。

「アタシは――」