第19話 ライバルはお嬢様

【前回のあらすじ】

こと「まさか、まい先輩に神様が宿っていたなんて……!」


   #   ♪   ♭


 午前の授業が終わり、こと不哀斗ふぁいとと教室で昼食をる。

 共同生活を続ける三人は、持ち回りで皆の弁当を作ることにしていた。今日の当番はレもんだ。


「おい、何でおにぎりの具がたこ焼きなんだよ!?」

「おれちゃまに聞かれても……こっちは餃子ギョーザが入ってるじぇ」


 不平を漏らしつつ、ことたちは渋々おにぎりにかじりつく。目下の心配事に比べれば大した問題ではない。


「単にウマいもん入れりゃいいってわけじゃねぇ。相性が大事なんだよ」

「そのココロは?」

「バンドメンバー。そういや今日から募集なんだよなー」


 ことは前もって新聞部に募集記事を依頼してあった。兼部可としてハードルを下げてはいるが、どの程度反応があるかは予想がつかない。


「他にもツテはあるけど、それが無理なら……不哀斗ふぁいと

「悪いが、おれちゃまは辞退するじぇ」


 不哀斗ふぁいとは空手部での活動を続けていた。体格こそ縮んだが、格闘技術は据え置きなので、すでにエース級の活躍を見せていると聞く。のびのびと部活を楽しむ彼女を、無理に勧誘するのは忍びない。


「だよな。雑に数合わせってわけにもいかねーし、やっぱそこそこ音楽できる奴じゃねーと――」


「それはわたくしのことかしら?」


 割り込んできた声に、ことおぞ気立けだちながら振り返る。


「何でお前が人の教室いんだよ……昼メシはもう食ったのか?」

「一時間前にブランチを頂きましてよ」


 いかにもお嬢様然としたたたずまいの女子生徒。ふわふわの赤い髪、鋭い深緑の瞳も自前だ。母親が東欧の出らしい。


「ただの早弁じゃねーか!」

「デキる女は食事もスマートに済ませるものでしてよ!」


 にらみ合うこととお嬢様に挟まれ、不哀斗ふぁいとは居心地悪そうにじゅうめんを作る。


「誰だァ? この人」

「一年ときのおなクラ。何か知らねーけど、オレにだけ突っかかってくんだよ」


 ことは事実を答えたつもりだが、お嬢様はお気に召さなかったようだ。


「宿命の好敵手ライバルと言ってくださらない? A組のぼうどうぴあですわ。お見知りおきくださいまし」

寒富さぶどみ不哀斗ふぁいとだじぇ」

「筋肉隆々の着ぐるみをお召しになられていた方ですわね。朝礼でお見かけいたしましたわ」


 ぴあ不哀斗ふぁいとに対しては穏やかな態度だ。

 一方で、ことにだけ当たりが強い理由も心当たりがないではなかった。




 「ぼうどう家の威信にかけて、わたくしは何事も一番でなくてはなりませんの」。

 登校初日の初顔合わせから、それがぴあの口癖だった。


 事実、成績はどの科目も常に学年一位、不動の学級委員長で、校歌のピアノ伴奏も毎回任されている。

 そんな才色兼備の女が、唯一の敗北を喫したのがスポーツテストであった。

 立ちはだかったのは誰あろう、ことである。


 測定器具を破壊しないよう手加減したことだが、それでもぴあの記録を大幅に追い越してしまった。

 目の前で聞かされた、歯ぎしりと地団駄のいたたまれなさときたら。




(運動で一番になれなかったのを根に持たれてるのかもしれねーな……とんだとばっちりだぜ)


 あれ以来、ことを見るぴあの視線に強烈な情念がこもっているのを感じる。

 まさに今、この瞬間も。


「ところでめい治家じやさん」

「な、何だよ」


 ぴあはポケットから出した紙切れをことの眼前に広げてみせる。


「これは一体どういうことですの!?」


 突きつけられた学校新聞の紙面に、ことは目を見張った。




 『眠れる美少女(20)をめぐって恋の鞘当てか!? 凶暴ヤンキーと真面目ギャルが屋上でタイマン決闘!』




 廊下を駆け抜け、一直線。

 ことはドアを蹴破り、新聞部に突入した。


「オラァッ!! 誰が凶暴ヤンキーだァッ!!」


 出くわした男子部員が、ほうほうのていで部屋の奥へ逃げ込んでゆく。


「編集長っ!! 凶暴なヤンキーが殴り込みに来ましたぁっ!!」


 はたして部室の奥には、地味な三つ編みメガネながら、風格を漂わせた女子生徒が鎮座していた。


「何だべ、うっつぁし……んぁ? どしたぃ、めい治家じやさん」

「おい、話がちげーぞ!! メンバー募集だっつったろーが!! 何だこのフザけた記事はよぉ!!」


 ことの抗議にも、編集長は動じることなく、紙面の端っこを指差す。


 『当方ギター、ベース。それ以外のパート求む。※記事の写真がメンバー近影』


「要項は載せてあっぺし、おめらの写真も使うって許可したっぺよ」

「盗撮とか聞いてねぇよ!! つかこれ、ドローン撮影かっ!?」


 編集長は悪びれずにうなずいた。


「試運転中たまたまうづり込んでたんだぁ。よっぐ撮れてっぺ?」

「言われてみれば……確かに迫力あってカッケーな!」


 かいじゅうされかかることの背後から、不意に息苦しげな声が呼ばわった。


「あなたが丸め込まれてどうしますの!?」ぴあだった。「わたくしもこんなゴシップじみた記事には抗議いたしますわ!」

「なしてぼうどうさんがおごってんだぁ?」


 編集長の問いかけに、ぴあは口ごもりながら返答する。


「だって、これじゃめい治家じやさんが……鱧肉はもにく先輩とただならぬ仲に見えるじゃありませんこと!?」

「ただなんねぇ関係と違うんけ?」


 質問を振られたことが、今度は口ごもる番であった。


「ま、まい先輩とは、まぁ……色々……」

「色々……ですって…………?」


 ぜん、ぴあの表情が引きつる。あらぬ誤解をされては事だ。


「ま、待てって! まだ何もしてねーから! これからっつーか……」

「……そう……ですの」


 一転しての神妙な面持ち。ぴあの伏せられた両目が再び見開かれた時、そこには決意の炎が静かに燃えていた。


「……決めました。こうなったら、わたくしもバンドメンバーに立候補いたしますわ!」


 何が「こうなったら」なのか。ことには文脈が読めなかった。


「はぁ!? り、立候補って……一応募集かけちまったし、お前もちゃんとオーディション参加しろよ?」


 来るもの拒まず。とはいえ、公平性を考えて釘を刺すことも忘れない。


「望むところですわ。めい治家じやさん、今度は正々堂々、音楽で勝負といきましょう!」

「だから勝負じゃねぇって……」


 自称ライバルによる嫌がらせもここに極まれリ、とことは頭を抱えた。運命のオーディションは二週間後である。



   #   ♪   ♭



★ぴあ イメージ画像

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