第二章 迫り来る鉄壁、ファイ゠トノファの巻

第8話 バナナクレープで乾杯

【前回のあらすじ】

こと「悪魔レモノーレ改めレもん、お前は今日からオレの子分だ!」


   #   ♪   ♭


 駅前通りに看板を構える「めいじや楽器店」。裏手に建っためい治家じや社長宅とも程近く、一人娘であることも小さい頃からよく出入りしていた。


 ショーケースに飾られたピカピカのトランペットやヴァイオリン。

 本棚にずらりと並んだオーケストラやバンドの楽譜スコア

 今は片隅へと追いやられたCDやレコード盤。


 そんな風景に慣れ親しんできたことが、音楽好きに育ったのも必然だった。


「店長、これ下さい」


 ことはレジカウンターにベースの弦を差し出す。

 にこやかに対応する天然パーマの男性とも、十年近い付き合いになるだろうか。大学生のアルバイトからよくも出世したものだ。


ことさん、またいつでもシフト入ってくれていいんだよ?」

「そッスね。入り用になったときでも」


 高一まではこともこの店でバイトをしていた。家の手伝いの延長といった感覚で、どうにも居心地が悪かった。


 だからなのだろうか、今の悪魔退治バイトに食い付いたのも。




 店を出て五歩と進まぬうち、ことは足を止めた。

 スーツ姿の中年女性が真正面に立っていた。


「外でバイト始めたんですってね。店長から聞いたわ」

「まぁ、そろそろ自立すんのもいいかな、と思って」

「そう」


 素っ気ない返事だ。娘がどんなバイトをしてるのかも気にならないとみえる。屋上のドアを破壊した件ですら眉一つ動かさなかった時点で、高望みなのかもしれない。


 ことと母の関係は決して悪くはなかった――三年ほど前までは。

 今だって別に険悪というわけではない。ただ、いつからかことに対する母の態度は余所余所よそよそしくなっていた。


 子供だった頃は、やることなすこと何でも褒めちぎってくれていたのに。


(やっぱ気に食わねぇのかな……オレがこんな乱暴に育っちまったから)


「遊び歩くのは構わないけど、悪い男には気を付けなさい」

「いやオレ、女好きだし」


 こんなタイミングで打ち明ける奴があるか――言ってしまった後で、ことは自分にツッコミを入れた。


「なら、悪い女には気を付けなさいね」


 目尻を下げた母の顔を見たのは何年ぶりだろうか。店の中へ入って行く後ろ姿を、思わず目で追いかけた矢先、


『繁華街で悪魔を確認した。今から来られるかい?』


 スマホに届いた「悪い女」からの連絡。



  *



 駅前広場の時計は午後七時を回っていた。


「いや~、悪いねぇ。到着前に見失ってしまって」

「別にいいけどよ」


 ことはベンチにどっかと腰を下ろし、バナナクレープをほおる。マキナのおごりだ。遠慮は要らない。


「使い魔が捜索中さ。キミんの門限までに見付かればいいんだが」


 門限そんなもんねえよ――と、ことは目配せで返事をする。

 ちなみに、マキナの使い魔は住宅街などではネコ、繁華街ではカラスといったように使い分けているらしい。


「にしても、マキナが敵を取り逃すなんて珍しいな」

「同じことの繰り返しに見えても、小さなイレギュラーは発生するものさ。だけど、大きな流れというのはそうそう変わらない。良くも悪くもね」

「ふーん」


 回りくどい言い訳だな、と思った。面倒なのでツッコむのはやめておく。


「イレギュラーといえば、レモノーレの様子はどうだい?」

「レもんの奴なら大人しくしてるぜ」


 まいと仲がいいのは気に食わないが、屋上での一件のように暴れられるよりはマシだ。


「なるほど。古巣と連絡を取っている気配はないと」


 マキナが全くの善意からレもんの生存を許したとは考えられない。欲しいのは敵側の情報なのだと、ことも理解している。


「ま、そのうち聞いてみるよ」

「任せたよ――おっと、いいタイミングだ」


 マキナはクレープをぺろりと平らげ、腰を上げる。使い魔からの念波を受信したらしい。


「仕事だな」

「ああ。ついて来たまえ」




 たどり着いた建築現場では、異様な風体の男が目を光らせていた。

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