第7話 衝天の魂波(ソルファ)

【前回のあらすじ】

こと「レモノーレが空中からヤバそうな攻撃をブッぱなそうとしてやがる!」


   #   ♪   ♭


 ことは上空のレモノーレに指摘してやる。


「お前さぁ、さっきからパンツ見えてんぞ」

「なぁああ――――っ!?」


 レモノーレがスカートを押さえた隙を見逃すはずもなく。


「マキナ、今だ!」

「任せたまえ――ドゥア・ドーナ・ツノッド!」


 背後に控えていたマキナが呪文ととも短剣を抜き放つと、既視感のある光の輪がレモノーレを取り囲むように発現した。


「これは……ドナツィエルの能力ちから……!」


 瞬く間にせばまった光輪は、レモノーレを両腕ごと締め上げ拘束した。


 ことは満を持して攻勢に出る。パンチや蹴りにこだわる必要はない。何であれ攻撃が届きさえすればいいのだ。


「困ったときは気合いで……解決……ッ!」


 腰溜めに構えたことが気迫を込めると、向かい合わせた両手の間に青白い光が満ち満ちてくる。


 こちらを見下ろすレモノーレの顔が、さらなる驚愕の色に染まっていた。


「何だよそれぇ!? 貴様、ホントに人間……」

「黙って喰らいやがれ――〈魂波ソルファ〉ァッ!!」


 天に突き上げたことの両掌から、謎のエネルギー砲――自分でもよく分かっていない――が勢いよく放射された。


「ぬゔぉあぁぁ――――っ!!」


 光のほんりゅうに呑み込まれたレモノーレは屋上へと墜落した。


 ことは意気揚々と落下地点へ駆けつける。


「ホントに撃てるとは思わなかったぜ。やってみるもんだな」

「で……デタラメ、すぎるだろ……」


 ズタボロになって転がるレモノーレへ、


「常識にとらわれすぎたのがテメエの敗因だ……!」


 ことがとどめを刺そうとしたその時――


「やめて、ことちゃん!」

まい先輩……」

「何があったか知らないけど、もういいでしょ!? レもんちゃんは私の……初めてできた友だちなの!!」


 割り込んできたまいを前に、ことは振り上げた拳を止めた。

 レモノーレは仰向けになり、嘆息する。


「あーしを……友と呼んでくれるか……」

「当たり前でしょ!?」

「……ごめんね、まいん。ずっとだましてて」

「騙して……どういうこと?」


 戸惑うまいにレモノーレは打ち明けた。


「あーしの本当の名はレモノーレ。人間界に不和の種をき散らす悪魔なんだ」

「……あー。レもんちゃん、そういうお年頃かー。分かった。これからはちゃんとキャラ設定把握しとくね!」

「いやその……設定とかじゃなくて、本当に……誰か説明して?」


 レモノーレは懇願したが、ことに応える義理はない。


「無視すんなぁ! くっ……こんなんじゃ死んでも死にきれない……」

「残念だったなぁ! さぁて、最期に言い残すことはないか? んん?」


 ことはレモノーレを見下ろし、再び拳を構えた。


「誰が貴様なんかに! だが、一つだけ心残りが……花壇の世話を……まいんに託したい」

「ヤダ! めんどくさい! レもんちゃんがやってよぅ!」


 まいは一も二もなく即答した。レモノーレの瞳が諦念に染まる。


「そんなぁ……もう、どうにでもしてくれぇ……」

「そうか。じゃあ、お望みどおり――」


 ことはレモノーレの首元に手をかけ、


「……っ! …………!?」


 襟を掴んでマキナの前まで引きずって行った。


「おい、コイツ生かしといても問題ねぇよな?」

「んー、そうだねぇ。一匹ぐらい誤差のようなものだ。ただし、ことクンが責任持って面倒を見たまえよ」

「ペットかよ! ったく、しゃーねーな」


 あっさりと許可が降りたことに拍子抜けしつつ、ことはレモノーレに言い聞かせる。


「っつーわけで怒狸どりあんレもん、お前今からオレの子分な。今後は悪魔ごっこも程々にしとけよ」

「こ、子分だと!? 誇り高き悪魔であるあーしが……」

「誇り高いなら負けはきっちり認めろよ。レもんさんよぉー」

「ぐぬぬ……!」


 レモノーレ改めレもんを解放してやると、ことまいの方へ向き直った。


「先輩、お騒がせしてサーセンっした」

「ううん。二人とも仲直りできたみたいでよかったー」


 放課後、また部活で――約束を交わして、ことは屋上を去っていく。


 午後の予鈴が鳴っていた。もうすぐ昼休みも終わりだ。


「しまった! このままでは授業に遅刻してしまう!」

「早く教室戻ろ? レもんちゃん服ボロボロだし、体操着にも着替えなきゃだね」


 廊下の向こうへ消えていく親友たちの声を、ことは背中に見送った。


(ダチができてよかったな――まい先輩)



  *



 いずとも知れぬ場所。円卓を囲む人影は五つ。


「やられたか……レモノーレまでも」

「しかも敵に寝返るなんてね」

「ケッ、七伯爵の面汚しが」


 台座の赤い宝玉は五つ。一つはすでに輝きを失い、一つは青く変わっていた。

 かつての仲間に対するののしりの声は止まない。


「予想はついていましたがね。ドナツィエルにしろレモノーレにしろ、悪魔としての自覚が欠けた半人前ですから」

「そうね。あいつらの堕天した理由って『天界の仕事ダリィ~』とか『あーしの給料少なくね?』ぐらいのノリでしょ? 期待するだけ無駄だわ」


 冷ややかな言葉が飛び交う中、一人無言を貫いていた影がようやく口を開く。


「……ちょっと外の空気を吸って来るアルよ」

「動くか、ミナノミアル」

「違うネ。ただの休憩アルよ」

「そうか」


 残る影は四つ。一際ひときわ大きな影がおもむろに席を立った。


「今度こそ俺様に行かせてもらうぜ」

「出るか、ファイ゠トノファよ。七伯爵きっての戦闘狂とうたわれたうぬが」

「フッ、ボクの出番はもうなさそうだ」

「悪魔の恐ろしさ、人間どもに見せつけておやりなさいな」


 言われるまでもない――返事代わりに打ち込んだファイ゠トノファの拳が、かげいしの椅子を粉砕した。


「クックック……うぬの拳は衰えを知らぬとみえる。ところで、ホウキとチリ取りは用具入れの中だぞ」

「カッカッカ! 了解だ!」


 ファイ゠トノファは豪快に笑いながら、椅子の残骸を片付け退室して行った。




(次章につづく)

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