雅致(ガチ)百合学園トンデモニウム

真野魚尾

第一章 忍び寄る魔爪、レモノーレの巻

第1話 体育館で悪魔退治するってよ

 下校途中、ことは突然声をかけられた。


「そこのキミ。ショートカットで背の高い、女子高生の」


(もしかして、オレのことか?)


 ことが振り返るや、眼鏡をかけた銀髪の女が嬉々として詰め寄って来た。


「割のいいバイトがあるのだが、ワタシと一緒に働いてみないかい?」


 あからさまに怪しい。顔立ちは大層な美形だが、格好が問題だ。体のラインがぴっちり浮き出た、三文ファンタジーの魔法使いみたいな服を着ている。


「いや、自分コスプレとか興味ないんで……」

「服装は不問だよ。カラダを使うお仕事だからね」

「…………。オレ、心に決めた相手がいるんで。わりぃけど付き合えねぇッス」


 ことが立ち去ろうとすると、女は一転、挑発的な言葉を投げかける。


「逃げるのかね?」

「……あぁ?」


 つい乗ってしまった。女はまるでことの気質を見抜いているかのようだ。


「見込みがあると踏んだのだが、残念だなぁ……」

「仕事内容。ちゃんと話せ」

「正義の味方さ。悪魔退治のね」



  *



 見慣れたはずの体育館も、夜のせいか、どこかおどろおどろしい雰囲気だ。

 館内に響く詠唱の声が、より一層不気味さを演出する。


「ゾス・バトッブ……ア・ヤイ……コテデ・トサッサ……」


 魔法円が描かれた黒布の中心に、ローブをまとった銀髪メガネ女が立っていた。神名の刻まれた短剣を手に、呪文をつむぎ出す。


「レ・ガヤ・キ……テデマク・アナート……キテラ・カーイ・モデンナ……!」


 青白い閃光がほとばしる。床から粘性を帯びた影がみ出し、人形ひとがたを成す。


 それは、まるで神話に登場する天使のような姿をしていた――漆黒に染まった双翼を除いては。

 堕天使、あるいは悪魔と呼ばれる存在が顕現けんげんしたのだ。


「我が名はドナツィエル。魔界にて二十の軍団を率いる伯爵なり」


 くぐもった声が名乗りを上げると、女は溜め息をついた。


「伯爵……レア度★3ってところかねぇ。道理で召喚演出もショボいわけだ」


 この態度には悪魔さんサイドも怒り心頭である。


贅沢ぜいたくを抜かすな! ★5……じゃなかった、公爵級とか忙しくて軽々しく召喚に応じられないんだぞ!? 我は暇だから来てやったけどな!」

「それはどうも。やっぱり即席のランダム召喚じゃ期待薄だよね……」

「ふてぶてしい奴め……まぁよいわ。ひとまず盟約には従おう。三つの願いを言うがいい」


 悪魔はあっさりと仕事モードに移行する。願いと引き換えの寿命さえもらえれば問題ないということか。


「諸君ら悪魔は人間にたいして悪事を働き、世の秩序を乱しているそうだね?」

如何いかにも。さて、質問には答えた。願いはあと二つだ」

「質問まで願い事にカウントするのかい? 世知辛いことだ」


 女の度重なる無礼にも、悪魔はむしろ誇らしげだ。


「フハハハハ……! 魔界一セコいとうたわれし我を存分にたたえるがいい!」

「悪魔の価値観は不思議だねぇ。それはそうとドナツィエル君、キミがこの人間界で犯した罪を告白したまえ」


 悪魔は嬉々として武勇伝を語り出した。


「我が罪とな? まず、お婆ちゃんが営む駄菓子屋で万引きをしたり」

「外道!」

「小学生にバス代のすんしゃく詐欺さぎを働いたり」

「鬼畜!」

「百合ップルをナンパしてお化け屋敷に置き去りにしたこともあったな」

「な、何ぃ…………っ!?」


 テンポよくツッコんでいた女が、三言目にして顔色を急変させた。


「今の答えで二つ。さあ、最後の願いを言え」

「……死すべし」

「んん? 聞き間違えか?」

「百合に挟まる不届き者は万死に値するッ!! 速やかに死すべしッ!!」


 女が短剣を頭上へと掲げた。それを合図に、不可視の術が解けたことの姿は、悪魔側から丸見えになる。


 ことは銀髪女に向かって叫んだ。


「おい、マキナ! 打ち合わせとタイミング違うだろうがっ!」

「もう一匹隠れていたか! ざかしい人間どもめ、まとめて魂を喰らってくれる!」


 悪魔はすでに臨戦態勢だった。こうなれば予定変更だ。


「クソッ……バイト代、色付けてもらうからな!」


 ことは突進ざまに拳を振り抜いた。敵は身をひねってかわすも、拳勢の余波が片翼を吹き飛ばす。

 ふんの相をあらわにした悪魔がことめつける。


「おのれ……名を名乗れ」

おく多部たべ高校2年G組、めい治家じやことだ!」


 ことが第二撃の構えに入ると同時、悪魔が頭上の光輪を投げつける。


(そんなもん、避け……られねぇっ!?)


 自動追尾してきた輪の中に、ことの両腕は胴体ごとすっぽりとはまってしまった。


「抜かったな! 我が拘束は力では破れぬぞ!」

「力がダメなら――気合いだァッ!!」


 ことは輪っかを内側から粉砕すると、勢いのまま悪魔に肉迫した。


「何だと!? 貴様、何者――」

こと様だっつってんだろがぁっ!!」


 175cm70kgの健康優良児がぶちかます、渾身の一撃。


「――どぅわは……っ!!」


 ことの拳を喰らった悪魔は粉々に砕け散った。そのキラキラとした粉塵ふんじんとも霧ともつかない残骸は、渦を巻きながらある一点へと吸い込まれていく。

 銀髪メガネ女――マキナの手にした陶製の小瓶の中へと。


「ふむ。今回はまずまずの収穫だねぇ」

「毎回思うけど、それって一体何なんだ?」


 ことはストレートに疑問を呈した。


「企業秘密だよ」

「またそれかよ。時々あんたの方がよっぽど悪魔っぽく見えるぜ」

「…………」


 マキナは無言で眼鏡を押し上げ、不敵に微笑んだ。


「そういうとこをオレは言ってんだけどな」

「小遣い稼ぎができて、世直しにもなる、一石二鳥だろう。何の不満があるんだい?」

「不満はねぇけどよ……そもそもあんた、何で悪魔退治なんてしてんだ?」


 今までにもマキナには何度か質問してみたが、まともな返答があった試しがない。

 それは今回も同じだった。


「逆に聞きたい。ことクン、キミは何故ワタシの誘いに乗ってくれたんだい?」

「そりゃ、正義のヒーローはオレの憧れだからな。悪魔が相手なら遠慮なく暴れられるしよ」


 生まれ持った力を持て余していたことにとって、天職ともいえるバイトだ。正直マキナはさんくさいが、出会えたこと自体は幸運だった。


「勇ましいことだねぇ。で、バイト代は彼女とのデートにつぎ込む、と」

「か、彼女じゃねぇし! 今は……まだ……」


 ことは愛しい人の姿を思い浮かべ、胸を熱くした。が、その甘いときめきも、マキナの冷やかしで台無しになる。


「急に乙女になるじゃあないか。いやぁ、キミを観察するのは実に面白いねぇ」

「う、うるせえな! さっさとお片付けすっぞ、オラァッ!」


 二人は速やかに撤収準備へと移った。悪を葬った後も手抜かりは許されない。無事家に帰るまでがヒーロー活動なのだ。



  *



 翌日の放課後。ことの所属する軽音部の部室には、いつものメンツが揃う。


「先輩、おまたせッス!」


 ベースを担いで駆け寄ることの瞳には、憧れの人の姿が映っていた。

 つやつやの黒髪をなびかせた、パッチリお目々の美少女がギターを抱えて出迎える。


ことちゃん、いいお知らせがあるんだけど……聞きたい?」


 耳をとろかす甘い声が、ことの心にきゅんと響いた。


「き、聞かせてくださいッス!」

「ふふっ。どうしよっかなー……」



   #   ♪   ♭



こと イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16818093082082944804


★マキナ イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16818093082275449964

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