彼女面②

昼食の時間。

屍河狗威は屋上に居た。

誰も入ってはならない、禁止された屋上。

彼は学校の施錠された鍵を持っているので、何処でも出入りが可能だった。

屋上で一息吐く屍河狗威。

嶺妃紫藍から貰った弁当を用意する。


「うわぁ…」


弁当箱を確認した屍河狗威は呟いた。

昼食代が浮いたと思う位に考えて弁当箱を開いた時。

弁当に海苔で『他意は無い』と書かれていた。

その海苔の後ろには、桃色の澱粉でハートマークが作られていた形跡が残っている。


「怖っ…」


何か変なものが入って無いか確認しながら、食べようとした時だった。

放送室から発信される、校内放送だ。


『三年、屍河狗威。至急、生徒会室へと来い、繰り返す、屍河狗威、至急、生徒会室へと来い、三度目は言わないぞ』


嶺妃紫藍の声だった。


「(なんで校内放送で呼ぶんだよ)」


そんな事を思いながら、屍河狗威は弁当箱を持つ。

妃龍院一族に対する話し合いかと思った。

その可能性も少なからずあるので、急いで向かう事にする。

屍河狗威は生徒会室へと向かった。

其処で、部屋の中に入ると、香ばしい匂いが鼻を擽る。

嶺妃紫藍が睨む。


「遅いぞ、イヌめ」


侮蔑の言葉を掛けながら、嶺妃紫藍はコップに水筒の中身を注ぐ。

香ばしい匂いの正体は、水筒の中に入った味噌汁だった。

生徒会室専用の机に置かれたコップ。

それを屍河狗威は見詰めている。


「…」


「何をしている、食事はまだだろうが…それとも、私の知らない場所で既に食事を終えたとは言わないよな?」


威圧感が凄かった。

屍河狗威は弁当箱を机の上に置く。


「あの、…紫藍ちゃんさん」


屍河狗威は椅子に座り、嶺妃紫藍を見る。

明らかに、いや、絶対的に、あの夜の事を彼女は引き摺っているだろう。

なので、屍河狗威は、彼女に対して言う。


「こういうのは、俺の格と言うか、クズとか言われそうだけど」


「…前置きをするな、面倒臭い男だな」


お前が言うな、と言いたい気持ちを堪える。

そして、彼女の言う通り、単刀直入に言う。


「彼女面するの止めてくんない?」


一晩共に過ごしたくらいで。

と、屍河狗威は彼女に言う。

そもそも、一晩限りの関係とは、彼女が言った事だ。

それを、屍河狗威は守っているに過ぎないのだが。


「は?この私が、お前を意識している様な事を?…あり得ない、鏡を見ろ」


そう言われて、屍河狗威は生徒会室にある鏡を確認する。


「あっれ?おっかしいな…イケメンしか写って無いんすけど」


黒髪に丸みを帯びたサングラスを掛けた屍河狗威の顔が映っていた。


「知ってる」


嶺妃紫藍が即答した。


「普通罵倒しません?」


「…顔が良いのだけは、褒めてやる」


そっぽを向いて、屍河狗威を褒める。

どう足掻いても、彼女は、屍河狗威に惚れている様だった。


「(胸の動悸が激しい)」


あの日以来、屍河狗威の事を想う嶺妃紫藍。

最初は破瓜による痛み故に恨みを抱いているかと思えば違う。

自らを女にした初めての男が眩く見えてしまう。

思えば思う程に良い所が見つかる。

悪い部分を探しても愛嬌になってしまう。

心底惚れている状態だ。こうなってしまえば、最早愛し続ける他無かった。


「(イヌ風情が私の心を乱すかッ…ぐぅ)」


おのれ、と思うが、そう思った時点で屍河狗威の事を考えている証拠だった。

しかし、態度を変えるのは少し違うと、彼女は思っている。

いきなり、尻尾を振り回す発情した雌犬の様にはなりたくない。

其処だけは意志を持つ事が出来、素直になるのにはもう少し時間が必要だ。

だから、嶺妃紫藍はあくまでも屍河狗威に惚れている、などと言う真似は彼の前では見せびらかさない。

そう思っていたし、気を付けていたのだが。


「お前などどうでもいい、こっちに顔を向けるな、目に入るだろうが」


「顔面真っ赤にして言える言葉じゃないでしょ」


屍河狗威を様々な理由で誘っていた。

無自覚なのだろうが、彼女は靡いていないつもりでいるらしい。


「あのさ、紫藍ちゃんさ、そんなに意識するんならさ?自分の体を差し出すとか言っちゃダメじゃん」


「お、お前に、母様は勿体ないと思っただけだ、母様を抱かせるくらいならば、私の身を捧げる、至極当然の話だろう」


弁当箱からおかずを口にして噛んで飲み込む。

そして味噌汁を啜り一息吐く。


「こんな意識するんだったら、無理してご当主様抱いた方が良かったかもな」


屍河狗威は出過ぎた言葉を口にする。

当然ながら、そんな台詞を聞けば侮辱だと怒るのが妃龍院一族の血族だ。

この言葉に、流石の嶺妃紫藍も眉を顰める。


「おい…言葉を慎め」


屍河狗威を睨み、


「私の前で他の女の話をするな」


例え肉身であろうとも。

自らの前で話題に出す事は許さない。

握り締める箸を折りながら彼女は睨む。


「マジじゃん…」


屍河狗威は彼女の本気に対して引いていた。

そうこうしている間に昼休みが終わりに差し掛かっている。


「早く飯を食わないとな…」


屍河狗威は、嶺妃紫藍の用意した弁当を食べる事にする。


「美味いか?」


「喰っても無いのに聞くんじゃねぇよ…」


飯を頬張る。

味は中々だ、しかし、少し薄い味がする。


「どうだ?」


改めて味を聞く嶺妃紫藍。


「あぁ…うまいけど、少し塩味が効いてる方が良いな」


料理の味を素直に口にする。

すると、屍河狗威の弁当に何か黒いものが垂れて来る。

上を見ると、嶺妃紫藍が醤油を持っていた。


「では醤油を掛けて食べろ…折角の味を台無しにしながら食べるが良い」


少し怒りながら、嶺妃紫藍が言った。


「これ味覚をイカれる様にして下さいって言ってんの?」


彼女の前で、二度と料理の事に口を出さまいと思いながら食べる。

けど、丁度良いくらいに、醤油が弁当に合っていた。

食事を終えると、屍河狗威はその場から去ろうとする。


「何処に行くつもりだ」


当然ながら、屍河狗威の行動を先読みして扉の前に立つ嶺妃紫藍に、屍河狗威は面倒臭そうに下がった。


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