甲神戦士 ヤタガラス ~孤独な巫女と霊瑠(レール)砲 ~

古知 新作

序章 少女は見た

 ここヤマト国は八月になり、夜の暑さが一層厳しくなっていた。

 そして山頂に生える木の樹頭で帝都を見下ろす男がいる。

 

 男は全身を布で包み、時々生暖かい風がそれを静かに揺らしていた。

 顔は影で見えず、ただ琥珀こはく色の目をギロリと光らせ、その目は冬の風のようにある一点を冷たく、そして憎しみ深く見つめている。

 

 すると男は襟から一枚の魔符を取り出し、念を込める。

 魔符は一匹の小さな蝙蝠こうもりに変わり、男が指を指すと、パタパタと羽を動かしながら飛び立っていった。

 蝙蝠が闇夜へと消えていくのを確認し、男はニヤリと口元を変えると、一瞬にして姿は消え、立っていた木はただ夜風に吹かれながら静かに葉を揺らすだけだった。

 

 時を同じくして帝都にある宮殿はそこで眠る人々の寝息を聞きながらそびえ立っている。

 その最上階にある六畳程の一室に少女が一人寝汗一つかかずに眠っていた。


 丑の刻も過ぎた頃、ほんの一瞬、微かな邪気が少女の頭を貫いた。

 少女はぱっちりと目を覚まし、ゆっくりと身を起こす。


 胸騒ぎを感じた少女は台に置かれた水晶玉の前で正座をし、精神を集中させ、何か映るかどうか覗き込んだ。

 すると平和な帝都を映しだす。何もおかしな所は無い普段通りの国だ。

 しかし突然、水晶玉が燃え出したかの如く、炎を映し出だし始めたのだ。炎の頭上には白い鳥がその光景を楽しむように悠々と飛び回っていた。少女がよく見ようと顔を近づけると、その炎の中から黒い鳥が現れ、白い鳥に向かって一直線に飛び上がる。両者は激しくぶつかり合い、その度に鮮血が舞った。


 ほぼ互角の戦いの中、白い鳥が死角から黒い鳥のうなじに向かって強烈な蹴りを――

 という所で水晶玉はぱっくりと二つに割れ、写っていた光景は吹き消した蝋燭ろうそくのように消えてしまった。

 台から転げ落ちた水晶玉を眺め、少女は小さなため息を吐かざるを得なかった。


 割れた水晶玉を片付け、気持ちを落ち着かせる為に少女は部屋に備え付けられた露台へ移動することにした。


 決して気持ちいいとは呼べない夜風にあたりながら、少女はこの胸騒ぎ、そして水晶玉の映した光景の意味を考えながら自身の瞳と同じ色の空と髪色と同じに光る月を見上げ、少女は一言呟いた。

「災いが来る……」

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