第25話 ティナの子猫

 ティナは過去に飛んだ。猫のいる小道。近くの自宅には家族も、そしておそらく自分もいるだろう。姿を消すこともできなくは無いがずっと姿を消すのはパワーを使ってしまう。見つからなければそれでいい。


 ティナは用心深く周りの様子に気を配りながら、猫に近づこうとした。その小猫は道端にデイジー(ヒナギク)がたくさん咲くところでじっとしている。確か記憶ではこの子猫は、翌日の朝この少し先の十字路で車に轢かれてしまう。ティナは事故の瞬間を目撃した訳では無いが、彼女が来た時には子猫は息絶えていた。


「猫ちゃーん、良い子ねえ。逃げないでね。そのままで」


 ティナは小猫を見つめながらそっと近づいた。子猫は微動だにせずティナを見つめる。その目は小さい体に似合わず大きく純粋な宝石の様だった。不意にマークがティナの頭に言葉を伝えた。テレパシーだ。


「ティナ、その猫は普通じゃないぞ。どうも訳有りの様だ。だが悪いものでは無い」

 ティナはあまり意に介さず、なおも猫を見つめて忍び寄る。


「そうなのー。TJ、調べてくれる?」

 TJが少ししてから言った。遠隔通信でティナの頭にTJの声が響いている。


「ティナ、その猫、どうも別の猫を助けようとして轢かれたらしい」

「へー、偉いねー」


「その猫別世界から転生したのか何かだ。知能が高いぞ。それからティナ、今そいつを確保すると、明日別の猫が轢かれるぞ。だから改変はやっかいなんだ」


 それを聞いてティナははっとした。

「そうか。そうなるか。どうしよう」


 マークがテレパシーで助け船を出した。少し離れたところで姿を消した状態で待機している。

「ティナ、改変の基本は変更したいイベントのすぐ直前で介入することだ。歴史は同じ方向に進むように強いバイアスがかかっている。あまり前にやると効果が薄くなる」


「わかった。じゃあ今日この子猫を確保しておいて、まずはこの子の命は守る。その上で明日の朝にもう一匹を直前で守る」


 TJが言った。「うーん、それは上手くいくかなあ?」

 マークが言った。「勉強だ。思った通りにやってみろ」


 ティナは茶の子猫を確保して、明日の早朝にリープすることにした。子猫はおとなしくティナに抱かれた。


「やっぱりこの子可愛いー。名前なんてつけようかな」

 子猫はティナに抱かれたまま、じっとティナを見つめている。


「TJ、この子は男の子? それとも女の子?」

「えーと、その子はメスだね」 


 ティナは子猫がいた場所を思い出した。

「そうだ、デイジーにしよう。ね、デイジー!」


 子猫を見て言うと、子猫の方も「ミイ」と鳴いた。その名前を気に入ったようである。やっぱり賢そうな子だ。とても小さくてティナの小さな片手にでさえ納まってしまうようなサイズだが、ティナにはほんのり暖かいその小さな体から何か初めて感じるエネルギーが伝わってくるようなそんな不思議な感覚がした。


 TJがしばらく調べてくれていて、すごい発見をした。

「ティナ、その猫はワープシードだ」


 マークが先に反応した。

「何、ワープシードだって? そんな偶然があるのか? さすがの俺でもこの目で見るのは初めてだぞ」


「マーク、俺もだ」

「何、それ?」ティナが訊くとTJが答える。


「ワープシードは宇宙空間をワープで移動する生命の種子だ。これが定着した場所で生命が生まれ進化する。なかなかお目にかかることはできない」


「種なの? 猫なのに?」

「猫は仮の姿だろう。すごい生命エネルギーが凝縮されている。ティナ、とても貴重なものだから大事に扱えよ」


「もちろんよ。ねえ、デイジー」

「ミイ」デイジーはまた返事をした。ティナの言っていることが理解できている様だ。


「それにしても、」マークは呟く。 「ティナは引きが強い。すごいものを何でも引き寄せちゃうな」


 TJも同意する。「俺達も引き寄せられたんだったりして」

 さて、明日の早朝にタイムリープだ。TJが時間を調整してティナとマークを時間移動させる。ティナはデイジーを抱いたまま時間を飛び越える。


 明け方、まだ少し薄暗い中、その猫は居た。黒いやはり子猫だ。デイジーと兄弟とは思えないが、生まれたのは同じ頃だろう。黒い子猫は道路をとことこと歩いている。


 ティナは少し離れたところにデイジーを抱いたまま立っている。デイジーが黒猫を見て「ミィ」と鳴く。記憶があるのだろう。


 やがて遠くに軽トラックが見えた。こちらに向かっている。TJの声が聞こえた。


「ティナ、あの車だ、見えるか?」

「うん。じゃあ、黒猫助けるね」


 そう言うとティナは片手を黒猫の方に差し出し、ウインクをした。黒猫はふわりと浮かび、ティナが指さす方向に空中を移動する。道路から少し離れたところで子猫を地上にゆっくりと下ろすと、今度は卵型の透明カプセルで包んだ。


 軽トラックは何事も無く通り去った。


「簡単だったね」ティナはデイジーに話した。デイジーはただ「ミィ」と答えた。

「じゃあ、もういいかな」ティナはそう言ってカプセルを消すと黒猫がとことこ歩き出すのを見送った。


 そして今度は手元のデイジーをどうしよううかと考え始めた。このまま逃がしてもいいけれど、飼い猫とは思えないのでまた困難に陥る可能性がある。それにTJによると貴重な種らしいし。かと言って、飼う訳にもいかない。

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