狭くなる

真観谷百乱

[激変]

 人の見た目が一夜にしてガラリと変わる、そんな異様な奇跡を目前に戸ヶ倉美鈴とがくらみすずは固まっていた。


「ほんとに・・・・英美えいみ?」 

「そうだよ、私だよ」

「え、だって・・・・え、どういうこと?」

「どうって? 綺麗になったでしょ?」

「なった、なってるけど・・・・別人すぎ」

「わ、嬉しいなぁ、そんな褒めてくれちゃう?」

「いや、褒めるっていうか・・・・」


 小学生時代からの幼馴染みの皆上英美みなうええいみを美鈴は誰よりも良く知っている。

 いわゆる親友。

 喧嘩らしい喧嘩もしたことはなく、大学生のこれまで普通に仲良くやってきた。

 もちろん親同士もよく知った仲だ。

 なにより当然、子供の頃から顔は見慣れている。


 その"顔"が・・・・激変した。

 しかも、たった一晩で。


「昨日とぜんぜん違うじゃん。あ、もしかして詐欺メイク? 実は練習してた、とか?」

「はあ? 違う違う、薄化粧だよ。パウダーしかはたいてないし、マスカラもしてないし。なんならカラコンも使ってないよ?」


 言われて美鈴はグッと顔を近づけた。


「ほんとだ・・・・」

「ね?」

「肌も白くなってる・・・・」

「ね?」

「目もなんか大きくなってるし・・・・超美人」

「ね?」


 日曜日の昨日、二人はショッピングに出掛け夜は用事があるという英美と別れたのが夕方6時頃。

 そして今、昼過ぎからの講義のため待ち合わせたのが午前11時。

 つまり離れてたった17時間しか経っていない。

 なのに目鼻立ちのすべてが全面的に変わっている。

 引きで見れば輪郭もシュッとし、かなり小顔化している。


「整形・・・・じゃないよね」

「ないない。だって昨日も一緒にいたじゃん、時間的にあり得ないでしょ? それに整形ならダウンタイムでしばらく会わないよ」

「だよねぇ・・・・」


 事態は美鈴の理解を超えすぎていた。

 顔面ほぼ全取っ替え状態にも関わらず整形でも整形級メイクでもなく、かといって他に一晩で激変させる方法もまったく思いつかない。

 つまり、お手上げ。

 そして、ふと思った。


(誰かに・・・・似てる?)


「あ~楽しい! やっぱりなりたい顔になると人生バラ色だよ~。さ、学校行こっ」

「え、ちょっと待って。なりたい顔? てことはやっぱり誰かに似せていじったってことだよね? どうやったの? 教えてよ」

「ん~・・・・」

「ん~じゃなくて。なんかどっかで見たような、見たことあるような感じがするし。勿体ぶらないで教えてってば」


 美鈴の詰め寄りに英美は目線を上にあげ、とぼけたような表情になった。

 どうやらすんなり白状する気はないらしい。

 何を隠しているのか──美鈴は苛立ちを覚えた。


「ねえっ」

「あ~・・・・じゃ、これだけ見せるよ」

「?」


 英美はリュックの外ポケットからおもむろにスマホを出し、とある画像を美鈴に見せた。

 

「!」


 そこに"英美の今の顔"があった。

 正確にはそっくりな、確かに何となく見覚えがある顔。


「シュンリンちゃん、知ってる?」

「シュ・・・・ああ、えっとK-POPのナントカってグループの、だっけ?」

「そうそう、M-BOM。そのビジュアル担当の中国人メンバーのシュンリンちゃん」

「・・・・」


 K-POPにはあまり興味はない美鈴でも日本の歌番組に出ているのを何回かは見たことがある。

 英美の"新顔"をどこかで見た気がした理由に、答えが出たと思った。


「この顔にしたって──」

「そうそう。いいでしょ?」

「いいっていうか・・・・いやだからどうやって? こんなの原形からしたら大がかりな工事しなきゃ無理じゃない。プチ整形でどうにかなるレベルじゃないよ」

「原形って、酷いなぁ」

「だって事実じゃん。こんな美人に改造するの、お金だって何百万もかかる話だよ? それを一晩でって。普通に考えてあり得なくない?」

「まあ・・・・ね」


 正直、英美のもともとの見た目は『あんぱんに目鼻で~す』が売りの女芸人にそっくりで、幼馴染みの情のフィルターをどう掛けても美形とは真逆。

 しかも体型は元の小太りのままのせいで、顔面だけシュンリンちゃんとやらに変わった不自然さ。

 美鈴は次第に不気味さを覚えた。


「だからどうやって──」

「方法は言えない」

「え・・・・てことはあるんだ、こんなことが出来る方法」

「うん、ある。でも言えない」

「どうして?」

「どうしても」

「どうしても? 絶対?」

「うん、絶対」


 そこからは不毛な押し問答だった。

 結局、どう揺さぶっても英美は口を割らず、二人は学校へと向かい歩き出した。


『え、シュンリン?!』

『似てるー!』

『わ、可愛いっ』


 道中、通りすがりにそんな声が聞こえにんまり満足そうな様子の英美を横目で見ながら、美鈴は得体の知れない気持ち悪さを感じ始めていた。

 

 

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