第14話 ミミンの大暴れ

 結婚式まであと2日。

 手作りブローチコンテストの作品ももう少し修正すれば完成します。

 「ミミン。私とあなたは、アリとキリギリスの童話で言えば私が食料倉庫を持っているキリギリスで、あなたは穴の空いた袋と知らずせっせと食料を詰め込むアリね。オホホホ!」

 お妃様も、変わらず口を開けば嫌味、嫌味……。最近は高笑いと理解不能の例え話を覚えたらしく、うんざりします。

 そして謎の男は相変わらず毎日夜中12時にやってくるが、日記に関しての話はない。

 「押収した日記は確認したの?」

 「そんな事はお前には関係ない」

 「あるよ! お妃様の二重人格について書いてあるかもしれないよ! あなただって知って――イタタタタ! 痛い!」

 私が核心を突くと髪を鷲掴みにするのも変わらない。


 明日はお妃様のお世話プラス、結婚式会場の準備があるからとても忙しい。

 現在夜11時。とにかくあの男が来る前にチャチャッと完成させなくちゃ。そして早く寝よう。

 私は12時の恒例迷惑行事の前の束の間、至福の余暇時間を満喫していました。


 ガチャ


 えっ?!


 「おい! 欲望に溺れたシンデレラ! まだブローチ完成していないのか?」


 あなたが来なきゃとっくに完成してるんだけど。あと、溺れてないから。


 「あれ? 早くない? まだ11時だよ?」


 「別に約束したわけじゃないから何時でもいいだろ。お前の都合に合わせて来てるわけでもないからな」


 「……」


 シンデレラの魔法が解けるのが12時だとか言ってこだわったのはあなたでしょ?

 もっと言うなら、12時にのみ音が鳴る古時計まで用意させたんじゃなかったっけ?


 「……もうすぐ完成するから12時に出直してくれないかな?」


 「ちょっと見せろ」


 「あっ!」


 男はパッと素早い動きで私からブローチを取り上げました。


 「これはお前が作ったのか?」


 「そうだよ。製作してるとこ何度も見て知ってるでしょ? 返してよ」


 「これは何をモチーフにしてるブローチだ? 熊か?」


 「猫だよ。どこをどう見たら熊なの? とりあえず返してよ」


 多分、100人が見ても猫だと言う自信があるブローチ。


 「猫だと? お前まさかお妃様が泥棒猫だと言う当てつけのつもりか?」


 「はい? そんな気持ち毛頭ないから。早く返してよ」


 「じゃあ野良猫の強さを見習わなきゃいけないと言う自分自身の決意表明か?」


 「優勝したら、皇太子様に上げる物だよ? そんなわけないじゃん。深い意味はないよ。いい加減に返してよ」


 「俺にくれ」


 えっ? 馬鹿なの?


 「は? ふざけないでよ。時間がもったいないから返してよ――てか、お妃様が泥棒猫って言ったけど、どう言う事? 私が婚約破棄されたのは例の事件の話からだよ? なんか知ってるの――イタタタタ! また髪! 痛いよ! 乱暴に掴まないでよ! あとブローチも早く返してよ!」


 「これは俺が証拠として預かる!」


 「証拠ってな――イタタタタ! ふざけないでよ! 痛い痛い!」


 「じゃあな。早く寝ろよ」


 「ちょ!」


 ガチャ


 なんなの?

 あの男、最低だよ。

 ここに来て一番最低だよ。


 ガチャ


 「おっと忘れてた」


 「は?」


 「じゃあな。欲望まみれの……ヘンゼルとグレーテル!」


 なんで二人に増えてんの?

 しかもヘンゼルとグレーテルは子供だよ?

 ネタが思いつかないなら、わざわざ言わなくて結構だよ。

 それに、こだわるなら捨てゼリフより、時間にこだわって欲しいよ。


 でも、ずっと寝不足気味だったから早く寝……え? まさかあの男、私からブローチを取り上げたのは、お妃様が言う私の趣味を作ってあげた……つまり余計な仕事を取り上げてくれた?

 まさかね。


 コンコンコン……


 え?!

 誰?

 また来てふざけようとしてる?

 久しぶりに早く寝ようと思ったのに。

 丁寧なノックまでしちゃって。

 でも入って来ないよ?


 「だ、誰ですか?」


 「ミミンさん、僕だ」


 ドア越しに聞く懐かしささえ感じる声。


 「え?」


 ちょっと待って?

 

 「あ、あの〜まさか皇太子様ですか?」


 「そうです。ミミンさん入りますよ」


 「ちょ!」


 ガチャ


 「駄目です! 出てって下さい! こんな所に来てはいけません!」


 私は思わず両手で皇太子様の胸を押しました。その胸に触れた私の手のひら。

 あれ? あんまりドキドキしない。

 以前は身体の一部が当たっただけでもドキドキしてた記憶がある。

 

 「済まない。僕は……」


 「え?」


 ふと顔を見上げると皇太子様は、結婚式が近づいている人間とは思えない程憔悴しきってる様に感じた。

 少し痩せた気も……いや、一回りサイズが小さくなった感じがした。


 「僕はどうしたらいいんだ?」

 

 頭を抱えてしゃがみ込む皇太子様。

 え? 今から号泣? やめて。


 「お、落ち着いて下さい! わかりました。少しだけ、十分だけ話を聞きますから」


 背中をさすりベッドへ座って頂いた。一応私もとなりに座る。


 それから5分の沈黙。

 以前は一緒にいる時間が短く感じたが、この5分は……とても長く感じる。


 ああ……そうか。


 「皇太子様? なんでも仰って下さい……あ、ほら! 吐き出せば楽になるって言うじゃありませんか! 遠慮しないで下さい!」


 ここは励ますしかない。

 

 「……結婚したくないんだ」


 はい?

 この瞬間、私の中の何かがプツンと切れた音がはっきり聞こえました。

 どんな最新技術で結びなおしても、縫っても繋がらない何かが見えました。

 

 もう私の気持ちは……無くなってたんだね。


 「どう言う事ですか? ちゃんと仰って下さい」


 「お妃は……僕はやっぱりミミンが……」


 そう言うと皇太子様は私の肩を両手で掴みました。


 ◯私の話を聞く耳持たずに婚約破棄された。

 ◯経済的理由でやむなくお妃様の元で働いた。

 ◯例の事件の犯人扱い

 ◯お妃様が子供を働かせていた事に対しての嫌悪感。

 ◯マーガレットお婆さんの儚い人生。

 ◯日々の嫌味の数々

 ◯謎の男に対してのストレス


 最近の度重なる運命と言う名のストレスと苛立ち、そして物理的疲労。


 私は限界でした。


 「離して下さい! あと、ふざけないで下さい! なんなんですか? 自分勝手過ぎますよ! 女性を馬鹿にするにも程があります! 出てけっ!」


 私はグラウンドに立ててある楕円形のボールを蹴り上げるかの如く、皇太子様の股間をフルパワーで金蹴り。


 「オゥっ!」


 悶絶する皇太子様。


 私は更に部屋にあった物を、片っ端らから泣きながら投げつけました。


 「勝手すぎるよ! 心をなんだとおもってんのさ! ふざけないで!」

 

 あまりの私の大暴れに、さすがの皇太子様も我に返りハグをして私を抑え付けました。

 「うわあぁァァん!」

 私は胸の中で泣きました。

 

 もう、何もかも壊れちゃえ。

 無くなってしまえ。


 私が流した涙は、何もない今の自分、どうにも出来ない今の自分に対しての悲しみの涙でした。


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