第7話 お妃様が消える?
ローマ神話に登場するヤーヌス(ヤヌス)
それは前後に反対向きの二つの顔を持った、出入り口……つまり扉の守護神。
土星にも、由来となるヤヌスと言う衛星があります。
◇◆◇◆◇◆◇◆
●朝イチからの理不尽な罵倒その①
「ミミン。昨日あなたバルコニー掃除したのかしら? 手すりが砂ぼこりだらけだったわよ!」
「申し訳ありません」
→昨日は強風だった為、致し方なし。
●朝イチからの理不尽な罵倒その②
「赤いドレス、これでアイロンかけたって言えるの? ろくにアイロンがけも出来ないの? そんなんだから婚約破棄されるのよ!」
「…………」
→壊れたアイロンだった。
●朝イチからの理不尽な罵倒その③
「昨日、バラにスカートの裾を引っ掛けてしまって、かなり破けてしまったの。明日までに修復しといて頂戴」
「かしこまりました」
→かなり破けているので時間がかかる事が予想され、睡眠時間が減る事確定。
●朝イチからの理不尽な罵倒その④
「ミミン! 30秒もかかってるわよ? 私が呼んだら10秒以内に来なさい!」
「…………」
→お城は広い為、猛ダッシュしても間に合わないから物理的に無理。
(なんか今日は荒れてるな……)
三日目ともなると、罵倒の言葉はそよ風程度に成り下がる事が予想されましたが、そんな予想はどこ吹く風。
数々のヤヌスお妃様の発言に、お昼までには私の精神的疲労は、体力的疲労をあっさりと抜き去っていきました。
そして午後から夜にかけても……。
●午後〜夜の印象に残った罵倒その①
「ミミン? あなたが淹れた紅茶濃いわよ! それとも嫌がらせに変なもの混ぜたのかしら?」
「淹れなおします……」
→ティーパックなのでありえない。
●午後〜夜の印象に残った罵倒その②
「あら? 私のお気に入りのハンカチがないわ――ミミン! あなたが盗んだんじゃないのかしら?」
「とんでもございません」
→昨日夜洗濯に出し、干してある事が判明。
●午後〜夜の印象に残った罵倒その③
「今日の寝間着は何色が良いかしらミミン?」
「黒い新しい寝間着がございますが」
「はあ? 黒なんて嫌よ。私に暗黒の闇に落ちろとでもいいたい訳?」
「申し訳ありません」
→昨日「明日新しい寝間着が来るのよ。あなたには寝間着どころか、幸せもやって来ないわねミミン」と話していたから、勧めたつもりだった。
●午後〜夜の印象に残った罵倒その④
「ミミン! あなた婚約破棄顔してるわね?」
→意味不明
ほんとに疲れた……
倍くらいの長い体感時間の一日が終わり、私は睡眠前の身体にムチを打ち、昼間言いつけられたスカートの裾の修復を行っていました。
ボーンボーンボーン……
忘れてたよ。
「おい。欲望まみれのシンデレラ!」
よくもまあきっちり12時に来るよね。小屋の外で時計が鳴るのを待っているかと思うと、少し笑えて来るよ。
「何度も言ってますが、私は事件とは無関係なので、来ても無駄ですよ?」
「おい!」
例によって私の髪の毛を鷲掴み。
「痛い! 痛い! は、針持ってるから危ないって! イタタタタ!」
「おい! これを見ろ!」
「見る……見るから、髪の毛掴んでる手を離して!」
「これはな、被害者の自宅を確認したら出て来た手紙だ!」
謎の男は若干ドヤ顔で、1枚の紙を私の目の前に突き出す様に広げています。
「なんですか? これ?」
「ミミン。お前の実家では亀を飼っているな?」
そんな事まで調べたの?
「は、はい。確かに母が飼っていました」
「この最後の部分を見ろ!」
再び私の髪の毛を掴み、顔に手紙を近づけました。
「イタタタタ! 近過ぎて読めないよ! ちゃんと読むから手を離してよ!」
手紙の内容は、ラブレターでした。
こないだは楽しかった、また会いたいなど、想い人への気持ちが余す所なく綴られていました。但し、相手の名前は書いていませんでした。
そして最後の追伸に――
『また亀を見せて欲しい』との記載。
まさかこれが私と被害者が付き合ってる証拠とでもいいたいのかな?
まさかね。
「読みましたよ。これがどうかしたんですか?」
「とぼけるな! この手紙には被害者が恋人に亀を見せてもらった事が書いてある!」
飼ってたのは母なんですが?
証拠にもならないレベルの手紙で、例の如くまくしたてる様に話を進めて自白を強要してくる謎の男に対して、昨日と同じ様に否定の一本槍でやり過ごした私。
男が去った後、私はスカート修復作業の続きを始めましたがすぐに……
コンコンコン……
誰? 戻って来た?
なんか怖いよ……。
ガチャ
「は、はい……どなた……え? ヤヌスお妃……様?!」
その姿は確かにヤヌスお妃様、寝間着も私が着替えを手伝った物で間違いありませんが、表情と言うか顔つきと言うか目つきと言うか……。
姉妹……いや、双子と言っても過言ではない姿。
「ミミンさん……ごめんなさい! ワーッ!」
泣き崩れました。
訳がわからず私は抱き起こしました。そしてなだめて、背中をさすりながら、椅子に座って頂きました。私は絶句するしかありませんでした。
なんなの? もしかしてからかいに来たの?
椅子に座ったのも束の間、シクシク泣きながら語り始めました。
「ミミンさん。私今日までミミンさんに酷い事ばかり……今日だってスカートを……私、なんと言ったら……いてもたってもいられず、謝りに来たんです。ごめんなさいミミンさん。いつもありがとう」
「……」
やはりお妃様だった。
でも顔つきは子供の様……トゲトゲしさは全くなく、言葉に嘘偽りも無いように感じました。あまりのギャップに私は言葉が出て来ません。
「わ、わかりました。と、とにかくこんな夜遅くにここに来ては駄目です。私も一緒に参りますので戻りましょう」
「謝りたいのはそれだけじゃないの」
「え?」
「でも、今の私にはそれを告げる勇気がないの……」
「わかりました。わかりましたから戻りましょう。今度話して下さいね」
「また明日が来れば私は消える。そしていつ生まれるかわからない。だから告げたい……でも駄目なの……」
目の前にいるのは、ただ苦しんでいる女性。
私は黙ってぎゅっと抱きしめてから、一緒に部屋に戻りました。
◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日朝イチ。
「ミミン、相変わらず今日も婚約破棄顔ね。私は今日も皇太子様と馬車でお出かけなの。羨ましいかしら? 当然あなたにのみ、お土産は買って来ないから」
確信しました。
昨日来たのはヤヌスお妃様ではない。同じ人間ですが中身が違う。顔つきも違う。気持ちも違う。
私はその後もお妃様の着替えを手伝いながら、昨日の思い悩んだ女性――つまりお妃様の中のもう一人のお妃様を救いたい……そう考えていました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます