トモダチ代行ネットワーク

呑田良太郎

前編

「いやあ、でもマジで久々だよな。こうやって三人で集まるの。高校の卒業式以来とか?」

「そうかもな。先月の同窓会、俺も慎也は行けなかったし。渉は行ったんだっけ?」

「うん。インスタにストーリーあげてあるよ。見る? 竹内さんすげーかわいくなってたよ」


 昼時で賑わうハンバーグレストランのボックス席で、仲良さげに談笑する三人の男がいた。

 端から見たらそれは、旧交を温める仲良しの三人組に見えたかもしれないが……。


「……と、いった感じの会話から入ろうと思います。『高校を卒業後、一年ぶりに再会した親友たち』という設定なので、もう少しテンション高めでも良いかもしれませんね」


 通路側の席に座る金髪の男、慎也は急に真顔になってそう言った。

 すると対面側のふたり──筋骨隆々とした巨漢、凛太朗と、長身痩躯でメガネの優男、渉も無言で頷く。

 実はこの三人の男、ほとんど初対面に近い間柄といえた。

 同級生でもなければ同い年でもない。一緒に遊びに出たこともなく、互いの好みも嗜好も知らない。共通の知り合いもいなければ、共有した過去もない。


 ではなぜ彼らは、親友同士のように振る舞う必要があるのか。

 トモダチ代行ネットワーク──そういった名称のSNSが、この奇妙な光景を成立させていた。

 このSNSの主たる目的はたったひとつ。サービス利用者同士が知り合いや友達、恋人役などを演じることだけだ。

 結婚式に呼ぶ知人役、両親に紹介する恋人役、合コンの人数合わせ……などなど、その使い道は多岐にわたる。

 今日の慎也の場合、このふたり──凛太朗と渉を『高校の同級生』ということにして食事会を開催し、そこに慎也の恋人であるアコを呼んで、


「それで、その……DMでも送った通り、俺……奥村慎也っていう人間が『昔からバンドマンで人気者だった』っていうことで、話を合わせてください」

 

 そういったウソをアコの吹きこんでもらうために、SNSを利用していた。

 ──慎也はバンドマンでも人気者でもなかった。

 小中高と根暗なアニメオタクで、恋人どころか友達すらもまともに作れずにいたのだ。

 しかし、そんな自分を変えるために血のにじむような努力をし、大学デビューに成功。今ではリア充と呼ばれるような大学生活を送っていた。


 そして、生まれて初めて恋人を作ることもできた。

 彼女──アコには過去を知られたくない。失望させたくない。そんな思いから、ついつい『昔からリア充だった』というウソをつき続けてしまっていたのだ。

 今さら後には引くことはできない。だからそのウソを本当にするために、今回の作戦を思いついたのだった。決意を新たにしながら、慎也はふたりのほうを見て言った。


「……無理なお願いをしてしまってすいません。でも、絶対に失敗するわけにはいかないんです。よろしくお願いします!」

「もちろんっす! こういうのはお互い様っすからね! 無茶ぶりしてください!」


 と、頼もしいことを言いながら胸を叩いたのは凛太朗だ。彼はスポーツマンらしい見た目通り、気持ちの良い性格であることがうかがえた。


 その横に座る渉は、コーヒーを一口すすってから、

「そもそもそういった目的で使われるSNSなのだから、気にしなくていい。そんなことより、僕たちが演じる役柄の設定などを教えてもらえないか?」


 神経質そうな仕草でメガネを押し上げながら言う。気難しいタイプのようだが、仕事はしっかりとしてくれそうだ。

 そんなふうに二人の人柄を分析しつつ、慎也は腕時計に目を落としながら言った。


「ありがとうございます。じゃあ、さっそく説明させてもらいますね。って言っても、アコ……俺の彼女が来るまでまだ二時間くらいあるんで、ジュースでも飲みながらゆっくりやりましょう」


 演じて欲しい役柄を説明するために、ふたりにはだいぶ早めに集まってもらった。時間を取りすぎの気もするが、足りなくなるよりは良いだろう。

 それに、アコはまあまあの天然で、予想外のことをやらかすことが多々ある。

 デートのとき、鞄そのものを家に忘れてきたことも何度かあった。そういった時には慎也が携帯やお金を貸してあげれば済むのだが、コンサートや遊園地のチケットを忘れて、入場直前に気付くことなどもあるのだ。

 いろんな意味で油断できない彼女だった。

 今日もそういったイレギュラーを持ち込む可能性があるため、しっかりと打ち合わせをしておく必要がある。


「じゃあ遠慮なく、じゃんじゃんドリンクバー行かせてもらうっすね!」


 そう言って、凛太朗がコップを持ちながら立ち上がろうとした、その時──。


「あ、慎也くんいたー! おーい、アコですよー!!」

「!?」


 背後から聞こえてきた舌足らずな声に、慎也はびくりと身じろぎする。入り口のほうを見ると、人目もはばからず両手をぶんぶんと振る女性──アコの姿があった


「ア、アコ!? え……今日、三時に集合って言ったよね!?」


 これ以上ないほど焦りながら、慎也はアコに向けて訊ねる。彼女は小首をかしげてから、持っていた携帯を確認すると、


「……あ、ホントだ『三時』って送ってくれてある! あはは、なんでか分からないけど、これを『十三時』って読み間違えちゃったみたい。ごめんね! でも慎也くんいてくれて良かったー!」


 ちょっとなにを言っているのかよく分からないが、早速『予想外のこと』をやらかしてくれたようだ。


「そ、そうなんだ……あ、俺たちは、その……ちょうど予定が空いたから、早めに集まったんだけどさ……」


 と、取って付けたように早く来た理由を述べつつ、慎也は凛太朗と渉を横目で見る。案の定彼らは『え、なに、もう来ちゃったの? どうすんの!?』という目で慎也を見ていたが、そんなことは慎也にだって分からない。打ち合わせをする前に彼女が来てしまうなんて、想定できるわけがないからだ。


 そんなことを思っている間にも、彼女は慎也の横へと腰かけ、『こんにちはー。アコです。慎也くんの彼女です!』と対面のふたりに元気よく挨拶をしている。

 ふたりもなんとか挨拶を返すが、引きつった笑顔で慎也のことをチラチラと見ていた。

 まだこの場での自分のキャラが定まっていないので、どのように会話をしてよいか分からないのだ。

 ヤバイ空気を察した慎也は、咄嗟にこんなことを言ってしまった。


「アコ、紹介するよ! コイツは凛太朗! 昔からめちゃくちゃ運動神経が良くて、スポーツ一筋でやってきたヤツなんだ! で、その隣のが渉! とにかく頭が良くて、仲間内で一番いい大学に入ったんだよ!」


 本当はもっと詳細な設定を用意してきたのだが、テンパっていたこともあり、そんなざっくりとしたキャラ付けをしてしまった。

 とはいえ、そこまで悪い設定でもないようにも思えた。凛太朗はこれだけ立派な筋肉を持っているのだから、さすがに何かしらのスポーツをやっていただろうし、渉は立ち振る舞いから知性が滲み出ているように見える。

 そう、思ったのだが……。


(ア……アレ……?)


 慎也が言い終えるとともに、ふたりの顔色が見る見るうちに悪くなっていった。

 まるで『そんな役を割り振られても困る』とでも言いたそうな様子だ。

 なんだろうか。そんなに無茶ぶりをしたつもりはないのだが……。

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