第4話 交わり
「塩、ありがとうな」
「こちらこそありがとう……野ウサギ、よかったわ」
セーラと名乗った白い毛並みの獣人美少女。
彼女はなんと塩を持っていた。
塩っていうか、岩塩の塊みたいなヤツ。
それを舐めてミネラル補給をしていたらしい。
極限の旅をしていたようだ。
それのおかげで野ウサギは美味しくいただけた。
「セーラは何種なんだ?」
「人狼種」
食後の今は2人で焚き火を囲っている。
向かい合う感じだ。
「あなたは、えっと……」
「
「オンワは、普通のヒューマンよね?」
「そうなる」
「ここで暮らしているの? 小屋があるみたいだけど」
「ああ、暮らし始めたばっかりだけどな」
「なんでこんなひとけのない秘境に?」
「えっと……」
神様の転送先がここだったんだよ、と説明しても理解を得られるかどうか……。
「……まぁ、色々あってな」
「そうなのね」
「そう言うセーラこそなんでこんなところに?」
「私は……」
少し言いにくそうにうつむいてから、
「……死に場所を求めて」
「死に場所?」
「そうよ……一族を追放されて、路頭に迷っていてね……そんな中、重い病にかかっていることが分かって、もう先は長くなさそう、って感じ」
……重い。
なんてこった。
重い、重すぎる……。
「誰にも死に顔を見られたくなくて、誰も居ないであろう死に場所を求めてここまで来たわ……それなのに、空腹に負けてあなたをすがる私は……まだ、生きたいのかもね」
「……重い病って、具体的には?」
「詳しい病名は不明……でも、ここにしこりがあってね」
セーラは胸元に手を当てている。
……乳がん?
「医者が言うには、相当良くない兆しだそうよ」
「そっか……」
この世界の医療レベル的に、医者は兆しを見つけるくらいが精一杯なんだろうな。
「回復魔法ってないのか?」
「大都市の聖女くらいじゃない? 使えるのは。そしてその聖なる力を求めて世界中から病人がつどい、札束のはたき合いで聖なる力を浴びる権利を手に入れるわけよ。私の資金力じゃ無理だわ」
……世知辛ぇ。
くそ、どうにか助けてやりたいな。
俺にそういう力、ないか?
「――ないことはないですよ」
え?
急に脳内に声が。
この声はまさか……神様?
「そうです。あなただけに語りかけています」
ど、どういうことですか?
「ひとつ、説明し忘れていることがあったんです。それを伝えに来ました」
へ?
「あなた、願いのひとつとして『永遠に健康的な身体』を望んだじゃないですか」
……はい。
「その特性、実はとある条件下で他人にうつすことが可能なんです。もちろんあなた自身にはその特性が維持されたままで」
え、本当ですか!?
「はい。そして実はすでに条件は満たされているんです」
と言うと……?
「あなたが一度でも浸かった水場、もしくは湯船や温泉――そこに浸かった他人は永遠に健康的な身体という特性がうつされるんです。寿命はありますがね。あなたもそうですけど」
え……じゃあたとえばですけど、セーラをそこの温泉に浸からせたら……。
「はい、彼女の病魔はたちまち消え失せて健康体になれます」
――おお!!
「では私は今度こそ失礼します。良き異世界ライフを」
神様、ありがとうございました……。
最高です……。
てなわけで――
「――セーラ、そこの温泉に今すぐ入ってくれ」
「え……な、何よ……野ウサギを譲ったんだから入浴シーンを見せろということ?」
「ちげえよ!! その温泉に入れば病魔が消え失せるんだよ!!」
「へ……?」
「ウソだと思うなら今すぐ入れ! 多分しこりとか気怠さが全部なくなるはずだから! 治るんだよ病気が!!」
俺はそう言って小屋に籠もった。
「ほら! これなら安心して入れるだろ! 覗かないからはよ入れ!」
「……ほ、ホントに治るの?」
「治る! そういう効能なんだよ! 秘境の湯舐めんな!」
俺の特性とかそういう説明は煩わしいからしない。
言葉で説明するよりも体感してもらえば手っ取り早いはずだ。
「……じゃあ入ってみるわ……どうせただの気休めなんでしょうけど……」
呟きと、衣擦れの音が木霊する。
「あ。お湯の温度、熱かったら水門開けて調整してくれな」
「大丈夫、熱い方が好きなの」
獣人と人間の頑強さの違いが影響してるんだろうか?
「……良いお湯ね」
ほどなくして、そんな声。
どうやらお浸かりになったようだ。
そして、
「……えっ」
どこか素っ頓狂な反応が。
お、もしかして?
「治ったか?」
「そういうことなのかは分からないけど……久しぶりに身体が軽くなったわ」
おぉ。
「胸のしこりもなぜか消えてる……何これ? どういう理屈?」
「まぁ、その温泉が聖女に負けない力を持ってる、ってことだよ」
そういうことにしておこう。
「もしかして……オンワの力?」
「かもしれない」
「すごいじゃないっ」
ざぱっ、とお湯を上がる音。
それからすぐにセーラが小屋に裸のまま駆け込んできた。
うわぁっ。
「あなたもしかして世捨ての賢者とかじゃないのっ」
「ただの推定ハタチのヒューマンだっ。つーか服を着てこい!」
目を逸らすべきなんだが見てしまう。
おっぱいたわわ。
着痩せ気味だったか。
そもそも身体が綺麗過ぎる。
非モテだった俺にはまぶしい。
「決めたわっ」
……決めた?
「これ多分ほんとに身体治ってそうだから、今から私はあなたに尽くすっ」
「……なんだって?」
「人狼種は恩義に厚いのよ。惚れるときは一気に惚れるわっ」
なんだか妙なことになってきた。
というかなんでこの方は俺の服を脱がそうとしてるの?
「急に生きる気力が湧いてきたから、生きる理由がもっと欲しくなったわ。だからオンワの赤ちゃんが欲しくなったの」
「は……? いや……待ってください」
「待たない。種族違いだからそう簡単には孕めないのよ。一秒だって機会を無駄には出来ないわ」
……すごいことになった。
でも、温泉のほとりでまったり過ごすのはいいとして、1人で暮らすのは寂しいもんな……。
いきなりのアプローチにビビってしまうが、世界や種族が違えばこういうもの、なんだろう。
第一、赤ちゃんが欲しいって言われるのめっちゃ嬉しい。
「初めてだから、優しくしてね?」
……俺も初めてだけど、頑張ろうと思った。
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