11.ワーカーとワーカー
「何!? ロボット!? ニュースのあのロボット!?」
状況を把握しきれていない少女は、ガルデニアを目にして即座に混乱の渦に叩き込まれた。
現在のこの世界における最高峰の技術力ですら再現不可能な超技術の結晶が、何やら自分たちの敵に致命的な一撃を加えている。眼の前に宇宙が広がっているような気分だった。
(流石……姉さんかディセットか分からないけど、あのわけわからん霧の物理的特性は見抜けたみたいだ)
ナルミは、わずかに安心の息を吐きながら、吹き飛んでいく騎士を油断なく見据えた。
今のインパクトの一瞬、騎士はブレードで胴を抉られながらも黒い液体と霧を全力で噴き出し、それに拮抗しようとしていた。結果、彼はただ吹き飛んだ。
胴部は半ばまで千切れており、ブレードの振動により発生した熱で鎧は部分的に溶解してしている。しかし、実際に先程まで戦っていたナルミには生きているという確信があった。千切れかけていた胴から黒い液体が流れ、両断することなく再接合しているのを目にしたせいでもある。
とはいえ、巨大ロボットというある種の「物理」の極致であれば黒い霧も突破できる。そのことが判明したのはナルミたちにとって確実に一つの成果だった。
これ以上、戦いなんて精神の均衡が崩れるような真似はしたくないので、もう起き上がらないか退いてほしい。が、起き上がってきたとしても、質量という圧倒的な
そうやって状況を整理しようとしたところで、不意にナルミは肉体が違和感を訴えるのに気がついた。
(……人の気配!? いや、それにこれは……)
つい先程まで不気味なほどに感じ取ることができなかった一般人の気配、
更に強く感じるのは、ガルデニアとよく似た巨大な電磁波。
「何か来る! 警戒して!!」
その声が呼び水となったのか、空間が揺らぐようにして黒い液体が溢れ出す。
先程、騎士が姿を現した時のそれと似た空間の穴、それも数十倍ほどに拡大されたものが形成される。
内側から割り開くようにして現れるのは、やはり――
ガルデニアと異なるやや曲線的なフォルムを持つ赤い巨人は、上半身と長大な砲塔のみを乗り出させた状態で動きを止めた。
「ワーカー……!?」
「またロボット!?」
人外の感覚によって出現よりも先に予兆を感じ取ったナルミも、流石に驚きを隠せない。
全身に鎧をまとう騎士が魔法のような現象を引き起こすのはまだ納得のいく範疇だ。しかし、少なくともディセットと世界の由来を同じくするのだろう巨大ロボットが同じ現象を引き起こしていれば、話は変わる。ディセットの世界で魔法のような現象を引き起こせるのはドラゴンのみ、でなければ彼が「そんなことができるのはドラゴンくらい」だと断言はしない。あまりにも信じがたい状況だった。
「あれはカナールの……」
他方、ガルデニアのコックピットで、ディセットとカナタは異様な登場に多少ならず面食らいながら、相手の情報を細かく拾い上げるためにその外見を観察する。
ワーカーに関する情報や記憶を持っているのは、この場にいる者の中ではこの二人だけだ。
バーミリオンを基調とした塗装については、参考にはならない。パイロット次第でいくらでもリペイントできるからだ。装甲や武器の特性、デザインのクセなどから企業ごとの傾向を見出し、その正体を導き出す。
「うへぇ、規格バラバラのごちゃまぜならまだ傭兵って言い訳もきくけど、純正品かぁ……」
戦闘用ワーカー、「アヴィオール」。ディセットの所属するブラギ社と並ぶ大企業、カナール社における現行世代のフラッグシップモデルだ。
一般流通数は多くない。そのため、パイロットの正体には容易にある程度絞り込めるものの、だからこそ何が問題なのかも容易に察せられてしまう。カナタは極めて面倒くさそうな表情をした。
知らない相手であればまだ良かった。しかし、なまじ中途半端に相手のことが理解できてしまうと、違和感がより際立って浮かんでくる。
(戦闘……は、まずいな)
同時に、ディセットは互いの戦力を見定める。彼の乗るガルデニアは最新鋭のワーカーだが、弾薬や燃料、節約しなければならないものが多すぎるため、多少ならず不利が大きい。
対する不明戦力はどこから現れたとも分からないが、開発されたのはガルデニアとほぼ同時期。世代格差が無い以上、弾薬の供給について考えなくてもよいのなら互角かそれ以上。周辺の被害に気を配らなければならないディセットがやや劣る可能性がある。
(一番の問題はあの大砲だ。あんな大口径、こんな街中で撃たれたら――)
今、ディセットと向き合っているアヴィオールには、大口径の大砲が右肩に装備されている。射程距離こそ比較的短いが、近距離への攻撃能力は絶大だ。
直撃すればワーカーでもただでは済まないが、発射・着弾時の衝撃も口径相応に大きなものだ。建築物や、それこそ人間を狙って撃てば直接当たらずとも甚大な被害が生じることだろう。
「――――」
「えっ」
「あっ」
しかし、一番の懸念材料はその場で折れた。
ナルミは能力の精密操作のコツを見失ったが、出力のオンオフについては完全に掌握した。いずれにせよ、ワーカーの周囲に撒き散らされた黒い霧が鎧の放出するものと同じものと感じ取り、「敵」だと認識した段階で最高出力で磁力を砲塔に叩きつけていた。
極小の磁力塊によってへし折れ破損した大口径砲はもはや使えない。目に見えて分かりやすい脅威はブラフの可能性もあるが、上半身だけ身を乗り出したアヴィオールに即座の反撃はできないだろう。
じゃあなんとかなるか……と、ディセットは半ば投げやりになった。ガルデニアのライフルを構え、コックピットを狙い行動を待つ。
『ブラギの特務機体か。「竜狩り」がドラゴンと仲良しこよしとは、コメディアンにでもなったのか? 小僧』
あまりに躊躇なく攻撃する様にドン引きしているディセットを現実に引き戻したのは、この世界で本来あるはずもない通信音声だった。
挑発的な言葉の主はどうやらディセットの素性を知っていたようだが、そのことについて彼は特に気にしない。良くも悪くも自分の名前が知られている自覚があるためだ。
「訳知り顔でほざいた寝言を遺言にしたいんじゃなきゃ、名前の一つも名乗ったらどうだ?」
あまりに流れるように放たれた罵倒にカナタが軽く引くのをよそに、ディセットは頭の中で懸念を並べた。
一つ、
二つ、主砲を潰されているのに余裕がありすぎること。ディセットはナルミたちと騎士の戦闘の流れを見ていないが、それでも自分が加えた最後の一撃を黒い霧で防ごうとしたのは見えている。ならば防御だけでなく、攻撃にも使えるだろうと推測するのは容易だ。つまり、ここから反撃する手も残っている。
三つ、レーダーに人間の反応が多数あり、こちらに向かってきていること。市街地に突如現れた巨大ロボットなど野次馬が来て当然だ。必然的に、このまま膠着状態を維持するわけにはいかない。被害を考えれば戦うなど当然論外だが、退いてもらうにしても迅速に退かせなければならない。
(……戦場じゃよくあることだからって売り言葉に買い言葉はマズかったか。反射的に言ってしまった)
ディセット・ラングランはこれまでに幾度となく戦闘行為を経験している人間だ。当然その中には人間もおり、イニシアチブを取るために挑発や煽りを活用するのは常のことである。
上手く挑発に乗ってくれれば、それだけで弾薬や人的資源を消費すること無く相手の行動を制限できる。正面からぶつかればどんな相手でも倒せるという自信があったとしても、無駄な消耗は避けるに越したことはない。
しかし、それはあくまで万全の備えがあり、かつ常に補給が可能な場合のことだ。無駄弾の一発も使えない上、実質的に一般市民の命を背負ってしまっている現状では全くの逆効果。ある意味、これは染み付いた悪癖だった。
「ディセくん」
冷や汗が流れる。その時、ふとカナタが後ろから小さく囁き、自身の頭を軽く叩いた。
近距離での直接通信。発声を介さないこの方法であれば、敵ワーカーに内容が漏れること無く高速でやり取りが可能だ。
‹情報を引き出すの?›
‹いや……反射的に言い返しただけで›
‹は?›
‹すんません›
一般人のたかが二文字に圧倒されるほどの威圧感が乗っていた。真後ろにいるのだからその迫力も二倍である。
(普段あれだけ穏やかなのに……)
戦場も日常の一部であるディセットにとって少しばかり理解し難い部分だが、一般人にとって戦場というものは非日常を通り越して異常事態だ。
ただでさえ他人の記憶が融合している現状、「普段通り」の
‹あの人はわたしの存在を想定していないと思う。攻性ウイルス流す隙くらいはあると思うけど、行く?›
‹今はほとんど無意味じゃないか? あの状態だし›
‹退散させるにはむしろその方がよくない?›
‹万が一カナタさんの存在を知られていたら反撃を貰う危険性がある。
‹ごめん、今浮かんできた›
‹じゃあリスクは冒せない›
カナタは「記憶」のおかげでディセット以上の技術力を手にしたが、その肝心の記憶が呼び起こされていない分野に関しては全くの素人だ。
脳内インプラントへの電子攻撃を防ぐための
‹それに知られていないなら知られていないで、切り札として伏せておきたい›
‹りょーかい。じゃあどうやって退かせる?›
‹ひと当てするか、押し込むか›
いっそのこと、一発撃ってしまうべきか。
ナルミが磁力を使って押し込むのもありえない選択ではないが、そのためには外部スピーカーで伝達を行うというワンアクションを挟む必要がある。
加えて、問題になるのはディセットたちから見て何者とも知れない少女だ。間違いなく騎士たちと敵対しているのだろうが、何を目的にしているのかが全く分からないのだ。味方だと思いたいが、確証は持てないしどんな行動を取るとも知れない。暫定的に味方ではあるものの、不確定要素が大きすぎて頼りにできる相手ではない。
――撃つか。
ディセットは早々にその結論に行き着いた。コックピットを潰せばワーカーは動かない。黒い霧の防御性能も先のブレードの攻撃で突破できる程度のものだと知れている。ライフルで一発、多くとも二発で済ませる。
ナルミの眼光と共に、背負った光輪が文字通りにその輝きを増す。ディセットはそこに何か、ドラゴンから感じるのと似たどこか機械的な危ういものを感じ取った。
やはり、一般人にいつまでも戦わせるわけにはいかない。精神的な負担が大きすぎる。戦うにしても殺すにしても、それらは全て兵士の仕事だ。
ギチリとガルデニアのマニピュレーターが引き金に力を加える。
『――その挑発に乗ってやるのも悪くないが、こっちはバカの回収に来ただけだ。今
「信じると思ってるのか? よっぽどおめでたい脳味噌してるようだな」
‹ディセくん›
‹はい›
これ以上刺激するなとばかりにカナタは首根を掴んだ。
『いくら目標とはいえ、そこのドラゴンにちょっかいかけられちゃあかなわねえ。お前との殺し合いはまた今度だ。見知らぬ世界でせいぜい干上がってな』
捨て台詞めいた暴言と共に、アヴィオールが騎士を掴んで空間の穴に沈んでいく。ディセットはその様子を油断なく睨んだ。
空間転移だとかワームホールなどというものは彼の世界にすら存在しない超技術だ。そもそも、亜空間や異次元なるものが観測できない以上、技術として確立することもできないのだが、「もしもそんなものが存在しているなら」という想像はいくらでもできる。分かりやすいところでは、去ったと見せかけての奇襲が狙い目だろう。
「せっ!」
「あ」
「わぁ」
だがそれは、機体が無事であればという前提ありきの話だ。
磁力と電気を乱暴に混ぜただけのエネルギーの塊が空間の穴に叩きつけられると、敵パイロットの驚きの声の直後に通信がノイズに彩られて切断された。
計器や電子制御系が破損したのだと推測するにはあまりにも容易な状況だった。
「あんだけカッコつけたこと言っといてしょーもねえなあいつ……」
真顔でぼやきながら、ディセットは奇襲がないことを確信した。
外装が破壊されたのならともかく、
――故に、かのドラゴンは文明の天敵と呼ばれ畏怖されていたのだ。
そのことを知っている彼は、小さく苦笑いをこぼした。
そんな力をたかが一個人が備えているという異常事態。それと同時に、それが味方であるという頼もしさ、一般人を戦わせているという心苦しさがないまぜになった複雑な感情が襲ってくる。
「人が集まってくる。急いで離脱しよう、そこの君も」
それを押し殺しながら、外部通信でそう呼びかける。少女はわずかに逡巡を見せながらも、頷いてこれに応じた。
この二分後、ディセットは定員オーバーでギチギチになったコックピットの中、大剣の冷たい感触を間近にして恐怖しながら操縦することになった。
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