決意の刻

 ハーレム寝殿で陰惨なパーティを開いた翌日の昼、カクトは満足げな顔をして玉座の間に現れた。カクトの隣にはレクリナが揃って歩いており、カクトが玉座に座ると自分も王妃の椅子に腰かける。だがその顔は元気がなく項垂れていた。右の頬は腫れ上がっており、冷湿布が貼られている。


「レクリナぁ、昨日はいい夜だったよなぁ?」


 そんな覇気のないレクリナに、カクトは嗜虐的な笑みを向ける。


「は、はい。とても忘れられない夜でしたわ、カクトさま……」


 レクリナはカクトに振り返り笑みを見せる。だがいつもの媚びへつらった甘ったるい猫撫で声が出ない。明らかにカクトに怯えた様子を見せていた。


(レクリナ……一体どんな目に遭ったというのだ?)


 玉座の間でカクトを出迎えたティモンは、否が応にも昨日の出来事が思い起こされる。ハーレム寝殿を造り、美少女たちを集めさせたのは自分自身だった。カクトの命令で仕方なくやったこととはいえ、うら若き乙女たちがどうなったのだろうと憂慮する。王妃であるレクリナでさえこんな様子なのだ。きっと他の少女だちは、もっと惨い仕打ちを受けたのに違いない。


 だがそんなティモンの懸念など露とも知らず、カクトはいつものように肩肘をついて偉そうにティモンに尋ねた。


「なぁティモン、カクト王国で何か変わったことない? とびっきりの大ニュースとか」


(お前が一番の大異変だよ……)

「は、はい。直近の事でございますと、近々同盟国の三賢者が集う定例協議会が開かれる予定でございます」


「定例協議会? 何かクッソめんどくさそうだなぁそれ。参加する意味あんのソレ?」


「は、はい、今後の世界の行く末を決める大事な協議ですから」


 おずおずと受け答えするティモンに、カクトは相変わらず退屈そうな顔をする。


「あっそ。で、何話すの?」


「その、今後の魔法制限条約の見直しについて議論します。簡単に説明しますと、危険な魔法を各国で使わないようにと約束を交わす国際的な取り決めのことです。魔法とは制限なくして使用すれば、簡単に大災害を起こしてしまう危険な力ですから」


「ふ~んそう。じゃあその会議とやらが始まったら魔法制限の条約撤廃しといて」


「!!」


 軽い口調で命令を下すカクトにティモンは慌てふためく。


「か、カクト様! 話をお聞きになられていたのですか?」


「あ~はいはい聞いてた聞いてた。魔法は危険って話だろ? でもなんつうかさぁ、お前の話にはどっか棘があるんだよねぇ。まるで俺が攻撃魔法使ってんの責めてるみたいな感じでさぁ。お前、もしかして俺に逆らう気なの?」


「め、滅相もありません! カクト様に逆らうつもりなど毛頭ありません! ただ、魔法は危険なものだという全国共通の認識から、我々は魔法の使用には慎重にならないと――」


「だからそれがいらねぇっつってんだよ。何でわざわざ魔法が使える世界で使っちゃいけねぇことになってんの? 力がある奴が力を使うのは当たり前のことだろ? 弱い奴が作ったルールに何で俺が合わせてやらねぇといけねぇわけ?」


 カクトは頑なに魔法の制限に難色を示す。こうなってはもはやカクトの考えは梃子でも動かせない。それでもティモンは諫言を続けた。


「で、ですが、これは国家同士の平和を守るためにも大切なことなんです! 30年前の魔法大戦でも我々が攻撃魔法を際限なく使ったことが原因で、多大な犠牲を出してしまいました。ですから我々はそのような悲劇を二度と繰り返さないためにも、魔法の使用には厳しい制限をかけているのでございます!」


「は? んなこと知らねぇよ。何度も言ってるけどさぁ、お前、俺に余計な口出ししすぎなんだよ。お前はただ俺の命令にヘコヘコ従ってりゃいいんだよ。俺は『三国志』シリーズ全部やってて内政もチートだし、知力MAXな俺に全部任せとけばいいんだよ」


 カクトはクヒャヒャ! と頭の悪そうな笑い声を上げる。もはやこうなることなどティモンは重々予想できていた。それでもこの世界の未来を危惧せざるを得ない。


(もしカクトの命令に従って魔法制限条約を全て撤廃してしまったらどうなるか? きっと世界は魔法犯罪者で溢れ返ってしまうだろう。魔力格差も全国で広がり、魔なしの者たちへの差別もまた蔓延ってしまう。元々30年前の魔法大戦が始まったのも、魔力階級制度によって虐げられた大多数の魔なしの者たちが反乱を起こしたことがきっかけだ)


 そこでティモンは、当時の戦争を振り返る。


(魔なしの帝王ギスタルはカマセドッグ帝国を革命によって乗っ取り、そして全ての魔法使用を禁止する条約をミチュアプリス・ディファイ・オベデンスの三か国連盟に要求した。だが条約の締結を拒んだ我々同盟国はギスタルの大軍に攻め込まれ、結果魔法による報復合戦となり多くの命が失われた。あの悲劇を決して繰り返してはならない)


 さらにティモンは思考を巡らせ、今の王と昔の王を比較する。 


(ギスタルも横暴な帝王だったが、タナカカクトのような何の大義もない男ではなかった。世界規模の戦争を巻き起こした張本人であれど、ギスタルを英雄と呼ぶ者は大勢いた。彼のおかげで魔なしの者たちは平等な身分を獲得できたのだから。


 だが目の前の男は誰からも称賛されていない。奴隷の身分から解放されたブラカイア族でさえ、この男を恨みに思っている。自分の気まぐれで浅はかな考えが全てだと思い込み、過去も未来も全く見通す力がない。この男は何故世界が魔法を制限するに至ったのか理解にも及ばないし、理解しようとも思わんのだ!)


「おいジジイ! 何ボケっとしてやがる」


 カクトの呼び声にティモンはハッと我に帰る。急に黙り込んだことで、ますますカクトは不機嫌になったようだ。


「俺を無視してんじゃねぇよボケ。んで、その協議会とやらはいつ開かれるんだ?」


「1週間後、でございます」


「んなに待ってられるかよ! 明日行けよ明日。んで魔法を制限するって条約なかったことにしてこい!」


 高圧的にカクトは命令する。これ以上カクトを無視したら自分の命も危険だった。それでもティモンはまた深く悩み入る。


(……完全に魔法の使用を認めれば、多くの魔なしの者たちは格差に見舞われる。そうなれば、また今の比ではないほど国家に不満を募らせ、大規模な反乱が再び起こるだろう。


 力ある者が己が力のままに力を振るえば、やがて力なき者たちによって滅ぼされる。そんなことわりは何度となく歴史の中で証明されたことだ。弱者を守るということは、強者を守るためでもあるというのに)


「……わかりました。次の協議会では、魔法制限条約の撤廃を各国に要請しましょう」


 だがけっきょくティモンはいつものようにカクトに屈してしまった。


「それでいいんだよそれで! 魔法の制限なんてかったるい真似めんどくせぇしな。魔法が使える俺が何で魔法も使えない雑魚どものルールに合わせねぇといけねぇんだよ」


 そしてカクトは玉座から立ち上がる。既に昼の12時を過ぎており、昨晩眠るのが遅かったせいか、ひとつ生あくびを掻いた。


「んじゃ、そろそろ飯にすっかぁ。今日は特に思いつかないし……レクリナ、お前の好きなもの食べさせてやるよ」


「は、はいカクトさま。でしたら私、サンドイッチが食べたいですわ……」


 強張った顔を覆い隠すようにレクリナは作り笑いを浮かべる。いつものように王妃は腕に絡みつくが、カクトは鬱陶しそうな視線で見下げた。だがそのままひっつき虫をひきずって、暴王は玉座の間から去っていく。


 その背後を見ながら、ティモンは激しい葛藤を抱く。やはりまた、無力な自分は保身を選んでしまった。それでもティモンの心境には変化が訪れていた。


(このままでいいのか? あの男に従い続けるなど、もはや自分を押し殺しているのも同然ではないのか? 誇りも歴史も故郷も蹂躙され続け、老い先短い命を嘆くだけの人生に何の意味がある? 


 いや、あるわけがない! 私がミチュアプリス王国に仕えたのは、故郷を救い、自分を拾ってくれた国家に恩を報いるためだったはずだ!)


 ティモンはかつて若き頃に抱いた情熱を思い出し、再び眼に生気を取り戻す。


(もはやあの男の暴政に従っていたら、いずれ世界は滅びてしまうだろう。覚悟を決めなければならない。私はタナカカクトを打倒するために、明日オベデンス王国に行く!)

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