狂王の支配

「アルマデス陛下!! ご無事ですか!? 一体何があったというのです!?」


 玉座の間へ駆け上がる大勢の軍靴が地鳴りを響かせた。階段より先頭に立って現れたのは、ミチュアプリス王国の最高軍事統括者・アーサス将軍だった。


「ッ!!?」


 アーサス率いる部隊は玉座の間を目の当たりにした瞬間、ピタリと足を止めて絶句する。

親衛隊たちがハリネズミになって全滅している。大広間の中央ではアルマデス王が苦悶の表情を浮かべて絶命している。


 明らかに異常事態だった。

アーサスは咄嗟とっさに剣の柄を握りしめる。


「やめろアーサス将軍! この方に逆らってはならない!!」


 全身が痺れるほどのティモンの大声に、アーサスは抜剣を中止する。

大広間の奥の玉座の上では、血に塗れた美しい少年が足を組んでニタニタとこちらを眺めていた。


(……あの男が、この惨状を?)


 アーサスは冷静に戦況を分析する。

血の海、黒い針、大量に転がる屍の群れ。

これはきっと何か強大な魔術が使われた跡だ。王国屈指の精鋭である親衛隊を全滅させるほどの。


 アーサスは左手をさっと上げ、進軍停止の令を部下たちに出す。

だが握りしめた右手の柄は決して離さない。


「ティモン様、教えてください。その男は一体何者なのですか?」


「ああ俺? タナカカクト。今日からこの国の王になる男」


 玉座の少年は目尻に下卑な皺を作り名乗り上げる。

その瞳の色はもはや正気のものとは思えない。


「で、お前はアーサスくんだっけ? 見たとこ騎士のリーダーって感じだな。んじゃ、早速命令すっか。この汚い生ゴミどもを掃除しろ!」


 組んだ足首を伸ばし、つま先でアルマデス王を差し示す。

アーサスはその己の主君をぞんざいに扱う男に殺意が湧いた。

柄を握りしめる拳の力が強くなる。


「アーサス将軍! 言う通りにしろ! これ以上犠牲者を出すわけにはいかん!!」


 だが、ティモンは血相を変えた表情で叫ぶ。

アーサスは血の上った頭を無理矢理沈黙させ、考える。

魔術師相手に、これだけ離れた距離で接近戦を仕掛けるのは愚策でしかない。

何より自分が斬りかかれば、玉座の男の隣にいるティモンの命も危険に晒される。

けっきょくアーサスは、握りしめた柄を離さざるを得なかった。


「……わかりました。ティモン様、あなたの言う通りにしましょう」


「あれぇ? 命令したのは俺なんだけどぉ?」


 玉座の男が不服そうに疑問形の声を上げる。

顔を歪めて見下しきった視線が、アーサスの心臓を射貫く。

本能的に危機を察したアーサスは、それでも冷静な対応を心がけた。


「……あなたは、一体何者なのですか? 何のためにこのような残忍なことを?」


「だから言ってるじゃん? 俺がこの国の王になるって。んで、アルマ何とかって奴は邪魔だから殺したわけ。ついでに俺を殺しにかかってきたアホどももな」


 ちょうど自分の足元に転がっていた兵士の頭を男は蹴り飛ばす。

この男に話など通じない。その事実をまざまざと突きつけられる蛮行だった。


「……アーサス将軍。ひとまずアルマデス陛下が亡くなったことは内密にしておいてくれ。そなた自身でこの事実を上層の将軍たちだけに伝え、そして市井には戒厳令を敷くのだ。決して王が死んだなどと知られてはならん」


「おいジジイ! 勝手に俺を差し置いて話進めんじゃねぇよタコ! 王ならここにいるだろ? この俺が、タナカカクト様が!」


 獰猛な視線で男はティモンを睨みつけ、そして『クラフトニードル!』と唱える。

ティモンは反射的に身体を竦ませて顔を庇った。

アーサスは咄嗟とっさに駆け出そうとする。


「な~んちゃってぇ!! おまえ頭良さそうだし従順そうだから殺すのは止めにしといてやるよ! あっそうだ! お前は俺の家来第一号に決定な!」


 男は手から黒い針を引っこめて、そのままティモンの胸倉を掴んで笑いかける。

引き寄せられたティモンは何ら抵抗もできず、「……あ、ありがとうございます」と言う他なかった。


「んじゃ、俺、そろそろ風呂に入りたいわ。さっきから身体がくっせぇんだよ。おい、お前! ティモンとか言ったな? 俺を風呂まで案内しろよ」


「……わ、わかりました。すぐに召使いの者を呼びます」


 男に投げ飛ばされたティモンは、そこでパンパンッ! と手を打ち鳴らす。

すると階段から震えた足取りで、若いメイドが登ってきた。

惨状を見て絶句する。だがそれでも自らの務めを果たそうとした。


「……よ、浴場までお連れいたします」


 ティモンから説明を受けたメイドは、のそのそと近づいてきた男の案内を引き受ける。

だが間近に迫った瞬間、男の両手がメイドの胸に伸びた。

わしゃわしゃと何度も指先を食い込ませ、メイドの胸を乱暴に揉みほぐす。


「おっ! 女のおっぱいって柔らけぇんだな」


 メイドの衣服が血塗れの手でべっとりと汚される。

衣服の下の肌着を剥ぎ取られ、そのまま乳首を何度も服越しにいじくり回された。

メイドは恐怖で何も言えない。


「あれぇ? 抵抗しないってことはもしかして俺に気があるってこと~? んじゃいいよ。お前けっこうタイプだし、風呂場で一緒に遊んでやるわ」


 そして男は強引にメイドの手を引っ張って階段を降りていく。

その女の凌辱すら止められなかったアーサスの部隊は、慌ててティモンの元へ駆け寄った。


「大丈夫ですかティモン様!? どこかお怪我はありませんか?」


「あ、ああ、私は大丈夫だ。……だが、アルマデス陛下は死んでしまった」


 ティモンの肩を抱いたアーサスは振り返り、改めて王の無残な死体を目の当たりにする。

かつての主君が変わり果ててしまった姿を正視できず、すぐに視線を逸らしてしまった。


「……一体、何があったのです? あのタナカカクトという男は何者なのですか?」


「わ、わからん。突然玉座の間に現れたかと思ったら、皆殺しにされて、それ以外のことは何も……。だがもはやこの国は、あの頭の狂った男に乗っ取られてしまったことだけは確かだ」


 ティモンの力なき証言に、アーサスは顔を青ざめる。

アーサス自身もこの狂気に満ちた光景と事実に、どう対処したらいいのかわからなかった。


「……とにかく、あの男に理性などない。自分の機嫌が損なわれれば、いつ誰を殺すかもわからない危険な化け物だ。今はあの男に従う他ない。……アルマデス陛下を、ここにいる者たちを、安置所まで運んでくれ」


 ティモンがやっとの思いで命令を告げると、その場で気を失って倒れてしまった。


「ティモン様!? ティモン様ッ!?」


 アーサスがティモンを抱き止め、皺だらけの顔を何度もひっぱたく。

それでもティモンは、深き眠りについたように瞼を全く動かさなかった。


(なんてことだ……あんな男がミチュアプリス王国の新たな王だと! 私は、私は、一体何を信じればいいのだ!?)

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