~月と太陽~(『夢時代』より)

天川裕司

~月と太陽~(『夢時代』より)

~月と太陽~

(太陽)「東京へ行き、何か買った帰りなのか、俺は何本も電車が通り入(い)る分岐駅(ぶんきえき)に居り、束の間電車を待って居たり、急に栄光教会の懐かしさを見て思い出し、行こうかとしたり、あの時の、東京に居る自分の忙しさに勇み喜んで立ち向かう自分のスタンスを探りながら俺は、空が黒い夜と思ったら急に晴れた水色の天気空の下に居た。」

(月)「結局その分岐駅からは、入って出て行く電車の数をより多く見た俺は、一台の、荷台の在る、荷物を運ぶのに丁度好い軽トラックで、何かは知らぬが、小学校で使えばとても良い効果を(自分を含めた)皆に与える代物を大事そうに抱えて、ゆっくり第四小学校の方へ向かっていた。丁度、進学塾へ行く時に嫌と言うほど上(のぼ)ったあの、長く急な坂道をやっと上り終え、ハイツの前辺りを通り過ぎた〝トラックを運転する自分〟を見ていた。」

      *

一旦此処ここで天地が動く)

(太陽)「栄光教会に行っていた。」

(月)「やはり栄光(そこ)での美女狙いは変わって居らず、きらきら光らせながらも卑しい自分が壁の角(かど)から見え隠れして居た。」

(太陽)「その俺を見ていた(俺に気付いていた)人も何人か居たように思う。」

(月)「俺は教会の中で、部屋の外から部屋の内を覗き見、部屋の中で織り成される子供と大人の小パーティのような座談会を、とぼとぼした足取りをしながら誘われたら困るがそれでも孤独には耐え切れずに、ただ自分に優しく接してくれる機会を待っていた。」

(太陽)「そんな俺の背中を、美女を始め、その美女の妹である地味子が、中学生が着るような制服を着て、何処(どこ)かのキャンプから帰り立ての体(てい)を以て、ちろちろと覗き見て居たようであった。」

(太陽)「少々、教会で俺は歓迎されていたようだった。」

(月)「キャンプ帰りの様子は地味子からその姉にまで自然に移ったようで、姉も何処(どこ)かのキャンプから帰って来たばかりの風貌をして俺に会いに来てくれ、その頃には姉妹(ふたり)はそれぞれ高校生、中学生のように若返って居た。」

(太陽)「そして又、小学校へ行こうとする自分に戻り、俺は漸く小学校の裏門の前へトラックを停め、愈々荷物を荷台から下ろす準備に掛かろうとして居た。」

(月)「裏門でも第四小学校はその裏門も正式な登校経路であり、通う子供は結構多い。」

(太陽)「俺は運転していたと思えば、次の瞬間、急に藁敷きの荷台に晴れ渡り澄み尽(き)った青空を細く目を開(あ)けて眺めながら、両手を頭の下に添え置き、カントリーボーイの様(よう)に、ガタコトゆっくり揺れる荷馬車の荷台に寝て運ばれるような気持にも成る。」

(月)「何方(どちら)にも自分が居て、何方(どちら)の自分に居ようとしてもその『行こうとする自分』を制御する事は出来なかった。」

(太陽)「唯、嬉しく、少々不安に、次々に変わる自分を見て居る。」

(月)「トラック特有の、高い位置に在る運転席から下の道路を眺め、うじゃうじゃ、又、疎らに、元気良く登校して行く小学生の男女を眺めながら、中には体の大きい男の子も居て、『喧嘩になったら如何(どう)するか』等と少々不安気(ふあんげ)に俺は居た。」

(太陽)「何とか不安を断ち切り、予定通りに裏門前に到着し、先ず荷物を下ろそうと自分が運転席から地上へ降り立った際に見た周りの光景は、自分の方へ向かうようにして裏門から学校内へ入って行く小学生がうじゃうじゃ疎らに居て、さっきまで『体が大きい』と思っていた男の子の体はそれ程大きくはなく、矢張り小学生らしくやや小柄に見えて、調子付いた俺が上手く荷台から荷物を下ろせず、下ろす為に運転席へ何度も上がりまた地上へ足を付ける行為を繰り返して居た時に、活発ながらに少々智恵(ちえ)の遅れたような男の子が俺に話し掛けて来て、その男の子にとっても学校にとっても大事な用事が在るから一緒に来て欲しい、とカタコトで俺に言って来て、言った後、俺の手を引くようにしながら小学生特有の身軽の素早さを以て俺の先々を走って行った。」

(月)「何処(どこ)かの友達の家の、小奇麗に纏められ好い匂いのする玄関のような入り口から、その男の子に連れられて入って行く際にふと目を上げると、その玄関の左横手に在った黄緑色した小高い土手の上で、さっき俺を安心させた体の大きいようでやや小柄の男の子二、三人が、生意気を呈する為にか、自分の世界に浸る為にか、白い煙草を吸って居た。」

(太陽)「小学校に入ると、埃っぽい懐かしい匂いがして来て、中では学園祭の練習みたいなのをして居た。」

(月)「カタコトの少年は俺に背中しか見せずに、深い緑色した階段を一段飛ばしで(毎日そうして上がって居るように)上って行き、俺はやや付いて行くのがやっとだったが、『こんな事も在ったなぁ~』『この時の自分の体を通り過ぎて行く風の涼しさ、懐かしいなぁ…』等、まるで二つの事を一度に考えるみたいで落ち着き無く、俺の心はもう既に、これから少年が俺を誘うのであろう学園祭の舞台の方に移って居た。」

(太陽)「舞台ではもう演劇の練習が始まっており、小学生ながらに低レベルを醸したが、それなりにきちんと纏まっている様(よう)だった。」

(月)「俺達は始め舞台裏のように辺りがくらい観客席の上段(二階のような立見席)からそこから一点輝いて見える舞台を見下ろしていたが、その内カタコトの少年は闇に隠れて何処(どこ)かへ行って仕舞い、俺一人がそこで、まるで少年の帰りを待つのを当然の表情(かお)して、腕を組んで待って居た。」

(太陽)「しかし暫くして退屈を少し知った俺は、他の教室でやっていた演劇や歌の練習を可愛らしく遣っている現場へ行き腕を組みながら矢張り静かに観て居り、異常に子供染みたのような、若く、少々奇麗で可愛らしさのある先生を見付け知り合いたいと思いながらも持ち前の卑しさで紳士を気取り、唯、黙って見ながら何も出来なかった。」

(月)「暗くても、人の気配がする場所へ行けば〝紅一点〟のようにぱぁっと明るくなる校舎内の廊下や階段を潜(くぐ)り抜けて行くと、又さっきの二階の立見席が在る場所へ戻って来た。」

(太陽)「がちゃりと、その席へ来るのに一番近い非常階段を向こうへ隠したようなドアが開いて、俺がその校舎へ入ってから感じた事も無いような風に対する感覚が俺を襲った。」

(月)「すると、ヒゲゴジラ先生が若い儘の姿で(俺が小学校六年生の頃に見た儘の姿で)ずかずかずかと三人程の人数を引き連れて俺の所までやって来て、早速俺の手を取り〝学園祭で披露するダンスの練習…〟とばかりに俺と踊り出し、全くダンスの練習なんてした事も無い俺はヒゲゴジラ先生の強引にも少々どぎまぎしながら、腰掛け程度にダンスの練習をし始めた。」

(太陽)「他の二人も、見知らぬ誰か、或いは俺からは見えない誰かとダンス(或いは他の種目)の練習をしていたようだった。」

(月)「している内にヒゲゴジラ先生は俺に、本番で良く起こる間違いをした時に焦らないで済むようにと、俺の金玉を『潰れたらゴメン』と半ば笑いながらキュッと、次第に強く握るようにして握り締めて来て、俺は

、『あ~~ちょとちょっと待ってぇ!』と、冗談に見えなかったヒゲゴジラ先生の気配りに恐怖を覚えて、演劇に出るにせよ、出ないにせよ、此処(ここ)へは腰掛け程度に俺は来たんだ、という事をその時は執拗に表していた。」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

~月と太陽~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ