くだらない僕の自分語り

筒井 晶

思い出す

 まだ僕らが幼かったころ。

退屈で緩慢とした、しかしなにかキラキラとしたものがあったあのころ。


 くだらないことで笑って、泣いて、悲しんで、怒って、日々成長を重ねたあの頃。


 無邪気で愚かな僕たちは間違いを犯した。


 はじめ、僕らはさほど仲も良くなく別々の友達がいた。

 きっかけは確か…そう、小学校のテスト。

隣の席だった僕らはお互いわからない所があってさり気なく隣の解答を覗き見てたんだ。

 もちろん、普段からそんなことをしてたわけじゃない。ただ、その時のテストはすごく難しくて魔が差してしまったんだ。

 あのときはびっくりした。ただでさえ、そんな悪いことしたこと無いから内心怯えながら隣を見たら君も僕の回答を見てるんだもの。


 そこからだった。僕らが良く話すようになったのは。

 お互いにそのテストの事を話すことは最後まで無かったけど。

 

 きっと彼も気付いていた。自分のテストの点数と僕のを交互に見る彼の顔を見れば分かった。

 秘密の共有ってのは小学生の身に余るほどの特別感を僕に与えてくれた。それと同時、今まで興味がなかった彼がとても魅力的な人物なのだと思わせた。(くだらない上に褒められた秘密ではないが)


 それは彼とて同じだったようで、それを期に僕らは晴れて友達となったのだ。


 しかし、そんな特別な秘密も時が経てば効力を失っていくようで、彼との友情は2年で解消された。

 いや、友情が無くなったのではない。彼にとっての僕が「秘密の共有者」から「懐かしい過去」へ変わったのだ。

 僕らはお互いを過去の記憶へと押し込んだ。


 嫌いだったわけではないし、喧嘩をしたわけでもない。ただ僕らを繋いでいたのは秘密だけで、その秘密も時効になった。それだけだ。


 秘密なんて案外大したことではないのかもしれない。幼心にそう思ったのを覚えている。


 数年後、本当の秘密ができるとも知らずに。




 小学校で秘密の共有をしていた友達を失ったと思った僕は立派な人間不信になっていた。

 今考えるととても恥ずかしいのだが、僕は例の彼が別の友だちを優先したりすることがとても嫌で裏切り行為だと思っていたのだ。


 (よく考えなくても、彼は友だちが多くて僕が友達が少なかっただけである)


 僕にとって唯一無二の友達である彼も、きっと僕のことを唯一無二だと思っているに違いない。なのに、そんな僕をほっぽって他の友達と遊ぶなどと…


 非常に恥ずかしい。このガキは思い上がりすぎだ。今風に言うならただのメンヘラではないか。


 とにかく、そんな唯一無二の友達同士である彼でさえ裏切るのだ。他の友達などもっと簡単に裏切り行為をするに違いないと思い込んだ。


 そのおかげで僕は中学に上がる頃には、人を寄せ付けないし、友だちが多い人をやっかむし、話しかけてくれた人に舌打ちまでする始末。


とんでもない化け物になってしまった。


(例の彼は人当たりがよく勉強もできたので人気者である。僕はますますグレた)


まあ、そんな無差別反抗期も二ヶ月ほどで鳴りを潜めるのだが。

子どもの心の移ろいとはとても速いのだ。


 しばらく後、なんやかんやで居場所を手に入れた僕は気ままに毎日を過ごしていた。


 スクールカースト的には最下層だったが、無差別反抗期モンスターの僕に根気強く話しかけてくる連中だ。とても人が良い。


(当時は口に出さなかったが、僕はあの時の君たちに救われたんだ。)


 そのグループはいわゆるオタクグループってやつで、大体いつも僕を含めて3〜5人でつるんでいた。


 授業を寝て過ごし、物事を斜に構えて見て、何事にも無気力、終業のチャイムが鳴るなり机を突き合わせ、趣味の話を時間いっぱいに話す。なんてことはないどこにでもいる厨二病のオタクだ。


 しかし、問題が一つ。こいつらの話に全くついていけぬ。


 山で虫と戯れていた僕にはTVアニメの話なんて難しくてなんのこっちゃだった。


 せっかく手に入れた居場所を手放すまいと僕はアニメを勉強した。(途中からは完全に趣味だったが)


 勉強の成果は出たようで1年後にはすっかり僕もオタクと化していた。モンスターからオタクへの飛躍である。


 身内ノリで人目もはばからず馬鹿笑いをする僕らを周りは迷惑だったろうしバカにする声も聞こえたが、そんなことも皆といれば気にならなかった。


 そうして、新しい友を手に入れた僕は思い出した。

 そういえば、例の彼はどうなっているのだったか。


 忘れていた。唯一無二の友だちを。あんなに大事にしていたのに。


 思い立ったが吉日、依然馬鹿笑いを続けるオタク仲間たちに一言断り久しぶりに彼を見に行ってみた。(話しかける勇気はまだなかった)


 彼は教室の隅に居た。


 昼休みだと言うのに誰とも遊ぶことはおろか話す相手もいないようだ。何故だろうか。彼は人気者で、楽しくやってるはずなのに…


 僕は気づいた。 


 僕から見て彼は人気者だったが、それは僕から見ての話だ。それも中学に上がりたての頃の話。

 その頃は誰だってハブられるのは嫌だから、みんな友達を作ろうと必死になっている。


 僕が見たのはそんな必死な新中学生たちに囲まれ適応しようとする彼だったのであって、人気者の彼ではなかったのではないか、と。


 いつから、ああしていたのだろうか。


 結局、話しかけることもせず自分の居場所へと僕は逃げた。


 




 逃げた、というのは何からだろうか。


 






 逃げると言うからには追う者がいる。どうやら、僕は逃げることさえままならないらしい。


 あれから間もなく、僕は3年ぶりに彼を目の前にしていた。


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