第1話 聖女は侍女に、頭が上がらない

「フロー。今晩、替わって貰ってもいい?」


 髪をかして貰いながら、私は侍女で影武者のフローティアに問いかけた。

 左目の泣きぼくろがミステリアスな彼女の視線が、鏡越しに私を見つめる。


「まぁ~た魔女の店ですか?」


 髪を梳かす彼女の手に、若干力がかかる。

 これは……怒ってる。痛いっ! 痛いよ? フロー!!


「お願い!今月はこの一回きりでいいの!! 召喚魔法陣、良いのを思いついたから、おばあに見てもらいたいの。それに月下美人も近々咲くって言ってて……」


 私は一カ月に数度、夜な夜な城を抜け出しては、町はずれにある魔法屋に一般人として入り浸っている。そこは魔法書が多く、主人の魔女も博識で私が知らない魔法を教えてくれるのだ。


「魔法バカも大概たいがいにしてください。それに、交換するときは早めに言うって約束しましたよね?」


 ぐぅ……魔法バカ。でも、本当の事とは云え、それは言い過ぎだよ?


「ゴメン、でも三時間前より早く言ったよ?」

「 確かに、直前で言わなくなっただけ成長しました。でも、もっと早く言って欲しいんです。こちらも準備が大変なんですよ?」


 彼女は左手で自身の水色の髪を面倒くさそうに指先でくるくるともてあそんだ。


「大丈夫♪ 髪ならいつも通り私が魔法で“ちょいちょい”と……」


 私の発言を聞いたフローの眉がピクリと動いた。

 まずい!今のは、しゃくさわったぞ?


「何が『大丈夫♪』ですか。私の準備は髪だけじゃないんですよ? 人より魔法が使えても、一般常識が欠如しているのは考え物です。『もっと聖女としての自覚を持って振る舞うように』と怒られたのも、つい最近の事ですよね? 永遠の17歳……いえ、14歳では困ります! もう私達20歳なんですよ?」


 うううっ……おっしゃる通りです。


 最近、騎士団の偉い人に『人前で魔法を乱発しないで! お淑やかにしてください!!』と怒られたのだ。私は良かれと思い、魔法でダークドラゴンを撃退しただけなんだけどなぁ……


「はい、ごめんなさい……次は前日に言います」

「いえ、もっと早くです。というか、今日だってダメです」


 ぴしゃりと断られてしまった。


 ええっ!? そんな!!でも……今回の魔法陣はおばあに見てもらいたい。召喚魔法は、絶対役に立つから!!


 こうなったら最後の手段である。私は振り向いて彼女に懇願こんがんした。


「わかりました……次は一週間前に連絡します。どうか! どうか今日だけは!! フローの好きなお菓子、お土産に買って来るからっ!! どうかお願いしますっ!!」


「お菓子……」


 彼女は超がつく程の甘党だ。心が揺れている! もうひと押し !!


「お婆が新しいお茶を仕入れたって! 街で流行している色が変わる奴!!それも買ってきますっ!」


 これでどうでしょう!? フローティア様っ!!


 自分でも、侍女である彼女にこの態度でいいのか? と、ふと我に返るが……いいや。背は腹に代えられない。魔法の為ならプライドもへちまも無い!! 私の我儘わがままをきいてっ!!


 フローティアは視線を宙に泳がせて考えた後、小さくため息を吐いた。


「もう、しょうがないですね。分かりました。日の出までには帰ってきてくださいよ? 明日は『魔界の扉』の封印更新があるんですから。あと、甘いもの多めにお願いしますね」

 

 彼女は優しい顔でニコリと笑った。

 やったー!!

 私は彼女に抱きつき頬ずりする。何だかんだ言ってフローは優しい。


「わかった! ありがとうっ!! やっぱり頼れるのはフローだけだよ!!」


「ちょっと、そんな喋りと態度は私の前だけにしてくださいね? 皆がこの姿を見たら聖女のイメージ瓦解がかいするんですから!」


 私はフローが大好きだ。こうやって城で気を許せるのも彼女だけ。


 ―――でも、このような他愛もないたわむれがもう出来なくなるのを、この時の私は知るよしも無かった。

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