第36話 リリナの覚醒


 こうして、『潜伏』のスキルを使いながら俺たちは森の奥へと進んでいった。


 しかし、当然いくらレベルが上がったと言っても、強い魔物が多くなれば『潜伏』のスキルで騙せない魔物も増えてくる。


 中流から上流にかけては隠れていても戦闘が起こることも度々あるのだ。


 そして、それが今だった。


「なんなんだあのコウモリみたいのは、でか過ぎんだろ!」


「ギャギャギャッ!」


 今俺たちの目の前にいるのは、俺の身長の二倍以上ある大きなコウモリの魔物だった。


 こいつは突然、『潜伏』をして隠れていた俺たちの背後に現れた。


 あんな潜伏のバレ方は初めてだったので、俺たちは慌てながら魔物との距離を取る。


「リリナ、陰からあいつの隙をついてくれ。『潜伏』がバレやすい魔物なのかもしれないから、気を付けてくれ」


「分かりました! ロイドさまもお気を付けて!」


 リリナはそう言うと、ふっと俺の隣から姿を消した。


 多分、以前に森を下っている最中に手に入れた『陰隠れ』というスキルを使ったのだろう。


 『陰隠れ』というのは、相手に目視されている状態でも、自分の気配を気づかれにくくするスキルだ。


 魔物との戦闘中や移動の際、常に『潜伏』や『隠密』のスキルを使っていたから得ることのできたスキルなのだろう。


 うん、リリナは順調に暗殺者スタイルが身についてきているみたいだな。


 それを本人がどう思うかは別として、リリナの成長は俺としては嬉しい。


「隙をつけと言った以上、俺も頑張って魔物の隙を作らないとな」


 俺はそう言いながら、長剣を鞘から引き抜く。


「さて、こいつはどんな攻撃をしてくるんだろうな」


 俺はこれまでの魔物たちとの戦闘を思い出しながら、切っ先を魔物に向ける。


 優雅に飛んでいる姿からは、前戦ったゴリラのような魔物みたいなパワーがあるようには見えない。


 それでも何をしてくるのかは分からないし、いつでも『鉱石化』のスキルが使えるように準備はしておこう。


「ギャギャッ!!」


 俺がそう考えていると、コウモリのような魔物は翼を大きく羽ばたかせた。


 そして、次の瞬間に台風の目をこちらに向けた状態の竜巻のようなものが俺を襲ってきた。


 地面を微かにえぐっている様子から、その威力が普通ではない。


 ていうか、こんな広範囲攻撃は『鉱石化』じゃ太刀打ちできないぞ!


「くそっ! 『嵐爪』!」


 俺は咄嗟に俺に向かってくる竜巻に向かって、長剣を振り下ろして斬撃を飛ばす。


 ゴワッ!!


 すると、斬撃と竜巻が衝突して、その衝撃が辺りに突風を撒き散らす。


 微かに押し勝ったような斬撃が魔物に飛んでいったが、すでにそこにいた魔物はいなくなっていた。


「ごほっ、砂ぼこりが凄いな。 ん? なんだこの黒い霧は?」


 巻き上げられた砂埃が落ち着いた頃には、辺りが真っ黒な霧で覆われていた。


 ついさっきまでは何ともなかったのに、なんでこんなことになってるんだ?


「ギャギャッ!」


「え? うがっ!」


 ガギャッ!


 俺が困惑していると、黒い霧の中から急に鋭い蹴りが飛んできた。


 咄嗟に『鉱石化』をした左手で弾いたからよかったが、タイミングが少しで遅れていたら片腕を持っていかれていたかもしれない。


「ロイドさま!」


「大丈夫でだ! 問題ない!」


 黒煙の奥の方から聞こえてきたリリナの言葉に答えて、俺は魔物から少し距離を取る。


「ギャギャッ!」


 ザシュッ!


「いっつ!」


 すると、また魔物にすぐに距離を詰められて、鋭い蹴りを入れられた。


 一瞬『鉱石化』のタイミングが遅れたせいか、左手に大きな傷跡が付けられる。


 ちくしょう、どんだけ鋭い爪してんだよ!


「……ろ、ロイドさま」


 どこかから聞こえるリリナの声を聞きながら、俺は状況の把握に努める。


 これだけ霧で辺りが見えないはずなのに、魔物は的確に俺の居場所を掴んでいる。


 この霧が魔物のスキルであることは確定しているとして、あの魔物はこんな状態の中で俺の場所を的確に把握する術も持っているという訳だ。


「これは、想像以上にマズいな」


 ロイドにこの霧を晴れさせるような術はないし、相手の場所を掴むようなスキルもない。


 一方的な防戦を強いられるしかない状況だ。


 ステータス差がある魔物を前に、常に先手を取られるってあまりにも不利過ぎる。


「ギャギャッ!!」


「くっ!」


 ガギンッ!


 今度はなんとか『鉱石化』した左手で攻撃を弾くが、蹴りの勢いに負けて体を吹っ飛ばされる。


 地面を転がりながら、俺はすぐに態勢を整えて蹴られた方向を見る。


 しかし、どれだけ目を凝らしても魔物の姿はまるで見えない。


「……ロイドさま」


 絞り出すようなリリナの声に反応してやりたいが、下手に声を出したら魔物に場所を教えてしまうことになる。


 俺が狙われているという状況で、声を出すのは愚策だろう。


 ただどうしたら今の状況を打開できるのか、そのアイディアがまるで浮かんでこない。


『嵐爪』で斬撃を出せば、少しは辺りを見通せるくらいには霧が晴れるかもしれない。


でも、あれだけモーションが大きなスキルを今使うのは危険な気がする。


 それに、仮に晴れてもすぐにまた霧をはられる可能性もある。


 だめだ。本当に打つ手がない。


 俺がそんなことを考えていると、黒い霧の中から一瞬ゆらっと何かが見えた。


 なんだ?


 俺はその見えた何かの方に体を向ける。


「ギャギャッ!」


 ガギンッ!


 そして、俺は繰り出された魔物からの蹴りを、『鉱石化』した左手で振り払う。


俺がなんとか攻撃に耐えて魔物を見上げると、コウモリの魔物後ろにゆらっと何かが見えた。


「え? リリナ?」


「……『気配感知』『弱点地点』『鋭刃』」


 リリナは何かを小言でぶつぶつと言ったあと、座った目を魔物に向ける。


「ロイドさまから離れて」


 そして、リリナは温度を感じさせない声色でそう言ってから、短剣で鋭く魔物の首元を斬りつける。


 ザシュッ!


「ギャギャッ?!」


 魔物は斬りつけられたことに驚いたのか、小さく悲鳴を上げて俺から距離を取ろうとする。


 すると、リリナは軽くふらついた魔物の隙をつくように、短剣を魔物の足の甲に突き刺した。


「ギャギャッギャッ!!」


 魔物は焦って強引に短剣から脚を引き抜いたせいで、足の甲に大きな傷跡を残しながら後退する。


「ギャ?!」


 しかし、後退した魔物は踏ん張ることができなくなったのか、そのまま体勢を崩して地面に倒れ込んでしまった。


 突然過ぎる展開に俺が唖然としていると、リリナが勢いよく振り返る。


 その顔はいつもの俺が知っているリリナの顔だった。


「ロイドさま! 大丈夫ですか!」


「あ、ああ。俺は大丈夫だ。ありがとう、な」


「はい! ロイドさまが無事でよかったです!」


 リリナはニコッと笑うと、尻尾をパタパタとご機嫌に揺らしている。


 先程の冷たい目をしていたリリナとは別人のような表情に、俺は少し戸惑う。


「一体何が起きて……いや、今はそれよりもあの魔物だな」


「ギャギャッ」


 魔物の方を見ると、魔物はリリナに斬られた足が上手く動かないのか、何度も立とうとしては倒れていた。


 そんなにダメージが入っているようには見えないけど、なぜか立てない様子に困惑しながらも、俺は左手をぐっと魔物に向ける。


 魔物にダメージが入ったおかげか、黒い霧が随分と晴れてきた。


 それだけダメージを負っているということなのだろう。


 今の状態の魔物なら、多少強くてもスキルを奪えるかもしれない。


「『スティール』!」


俺が『スティール』を使うと、左の手のひらがぱぁっと小さく光ってステータスを表示する画面がすぐに現れる。


『スティールによる強奪成功 スキル:黒霧(魔)』


 俺がスキルを奪うと、辺りに少しあった霧が一気に消えていく。


 そして、澄んだ視界の先では、まだ魔物が上手く立ち上がることできずにいた。


「まだ上手く動けないのか? それなら、好都合だ。『スティール』」


 俺はまた左手をぐっと向けて『スティール』を使った。


 すると、左の手のひらがぱぁっと小さく光ってステータスを表示する画面が現れる。


『スティールによる強奪成功 スキル:竜風(魔)』


「なるほどな。確かに、あの技は竜巻みたいだよな」


 俺はステータスを表示する画面を見て頷いてから、にやりと笑う。


 魔物は焦っているようだが、上手く足の踏ん張りが利かずにまた倒れていた。


「じゃあな、これでとどめだ。『嵐爪』!」


 俺は最後に上に上げた剣を振り下ろして、鋭い一撃を魔物に浴びせた。


 ザシュッッ!!


「ギャギャギャッ!!」


 魔物は鋭い斬撃を受けて、最後にそんな悲鳴を上げてから、それっきり動かなくなった。


こうして、俺たちはなんとか魔物との戦いに勝利したのだった。



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