第35話 森に行くにあたって
「でしたら、すぐに依頼書を持ってきますね!」
俺たちが依頼を受けると言うと、レミさんが慌てたように席を立つ。
「あ、レミさん」
俺がそのまま個室を出ていこうとしたレミさんを呼び止めると、レミさんは振り向いて俺を見る。
「依頼書はいらないです。魔物の素材の買い取り金に色をつけてくれればいいですよ」
「……え? い、いえ、さすがにそんなわけにはいきませんよ!」
レミさんは一瞬きょとんとしてから、顔の前で手をブンブンと振る。
依頼書がいらないということは、依頼の達成報酬をいらないと言っていることと同じだ。
驚かれるのも当然かもしれない。
俺はロイドらしくない自分の行動に小さく笑みを浮かべる。
「いいんですよ。多分、そうしておかないと『手柄を横取りされた!』ってケイン辺りが乗り込んできそうなので」
「はは、なるほど。確かに、そうかもしれませんね」
レミさんは思い当たる節があったのか、頬を掻いて気まずそうに笑う。
もしかしたら、ケインも以前のロイドのように冒険者ギルドにも迷惑をかけているのかもしれないな。
俺はそんなことを考えながら、言葉を続ける。
「それに、今回の一件は俺にも責任がありそうですから」
今までのロイドの行動と、ロイドがケインをパーティから追放しなかったことが今回の問題の原因でもある。
それなのに、そこで報酬を貰ってしまったら、責任を取ったとは言えないだろう。
「……ロイドさん」
俺がそんなことを考えていると、レミさんがバッと勢いよく頭を下げてきた。
「あの、先程は色々と失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」
俺は一瞬固まってから、慌ててレミさんに頭を上げさせる。
「いやいや、いいですって。それなりのことをしてきましたからね」
むしろ、これまでのロイドの行動を考えれば、もっと酷い罵倒を受けても仕方がないくらいだ。
「で、ですが、」
「いや、本当に大丈夫ですから。えーと、それじゃあ、俺たちはそろそろ行きまね」
「あ、待ってください!」
俺は頭を下げ続けるレミさんから逃げるようにその場を去ろうとしたのだが、レミさんにガッシリ腕を掴まれてしまった。
「せめて、依頼に必要なポーションや食事など、最低限のものはこちらで用意をさせてください!」
「いやいや、本当にお気遣いいただかなくて平気ですって」
「そういうわけにはいきません。どうか、せめて受け取ってください!」
レミさんにぐいぐいっと強引に頼まれてしまい、俺は断ることができずに渋々頷くことになった。
「……結局、色んなものを受け取ってしまったな」
俺たちはレミさんから色んなものを持たされて、少し重くなった荷物を背負って森に来ていた。
これなら、しばらくは森に籠っても不自由なく暮らせていけそうだ。
レミさんなりの謝罪なのかもしれないが、そんなに気にしないでいいのにな。
「あの人、ロイドさまに近づき過ぎです」
そして、そんな俺の隣では少しむくれているリリナがいた。
どうやら、レミさんが俺の腕を握ってしばらく話していたことにジェラシーを抱いているらしい。
俺はリリナの可愛らしさを前に緩みそうになる顔を引き締めて、森のてっぺんに視線を向ける。
「それにしても、こんなにも早くまた森に戻って来ることになるとは思わなかったな」
「そうですね。少し前に何とか帰還したばかりなのに」
リリナの言葉を聞いて、俺はあのときを思い出して頷く。
以前はアニメと違う展開に巻き込まれて、色々と大変だった。
そして、今回もアニメにはなかった展開に足を踏み入れてしまった訳だ。
今回もどうなるのか分からないが、慎重に行くに越したことはないだろう。
「とりあえず、以前と同じ感じで『潜伏』をしながら登っていこう。俺たちが倒すのは川の上流の魔物だけでいい」
「え? 他の魔物たちとは戦わないんですか?」
「現状として、本来この森にいないはずの魔物は森の上流にいる魔物たちだ。そこを叩けば、中流とか下流にいる魔物は元いた場所に戻るだろ」
魔物にも縄張りがある。本来はデコイをかけていたザードがいなくなった時点で、自分の縄張りに戻るはずなのだ。
今回俺たちが倒すのは、戻らずに新たにここに縄張りを張ろうとしている魔物だけ。
それも、俺たちがいない間、縄張り争いで生き残った魔物だけだ。
要するにつぶし合いをして残った魔物たちを叩くだけだ。
多分、強い魔物たちでつぶし合ったのだろうから、ダメージも回復しきっていない魔物たちもいると思う。
だから、そこまで数は多くなく、以前ほど苦戦することもないのではないかと考えている。
……まぁ、その分強い魔物が残っているということだけどな。
とても、C級冒険者が受けるべき依頼ではないよな。
俺はそんなことを考えながら、ため息を吐いて森の奥へと進むのだった。
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