きみの世界は無限愛。

おんぷりん

01

「あいたいな……」

 私――落葉おちば灯露唯ひろいはその夜、ベランダに出て、ぼんやり星空を眺めていた。

 うっとり優しい夜の色と、満天の星を見ていたら、ぼろぼろになった心が、ふわっと少し夜空に浮かぶ。

 こんな夜は本当に、皆に、会いたい。

 きっとダイヤモンドはこの星空を見たら、大喜びで船から飛び降りるんだろうな。

 ダイヤモンド。

 私が書いた小説『パイレーツ・キッド』の登場人物で、空飛ぶ海賊船のキャプテンをしている女の子だ。

 海賊団にはダイヤモンドの他に、子どもの船員が四人。

 たとえばお嬢様キャラのサファイアは、星空に飛び込んでばしゃばしゃ泳ぎ始めるダイヤモンドを見て、肩をすくめるだろう。サファイアはきっと飛び込んだりしない。甲板におしゃれなテーブルを出して、ティータイムにするだろうな。

 乱暴者のルビーはダイヤモンドに続いて飛び込むだろうし、大人っぽいアクアマリンは二人を微笑みながら見ていて、その隣でめんどくさがりやなエメラルドが昼寝してる――そんな光景が頭に浮かんで、うずうずして、書きたいって思って……。

 胸がきゅっとした、そのとき。

 ぶわりと、夜空に波紋が浮かんで、空全体を覆うほどに広がって、消えた。

「……え」

 なに、今の。

 じっと空に向かって目を凝らすと、波紋が生まれた場所が、大きく歪む。

 かと思うと、再び波紋が広がり、星が揺らぎ、そして。

「わっ、すごい! 綺麗な空だね、飛び込みしていい!?」

 鈴を鳴らしたような明るい声と同時に、船の船頭が、夜空の真ん中に現れた。

「……えっ?」

 船頭だけしか見えていなかった空に浮かぶ船は、見えない向こう側の世界から入ってくるように、少しずつ全身を現す。

 その甲板に並ぶ、手すりから身を乗り出した眼帯に銀髪の女の子と。

 青い髪をツインテールにしてくるくる巻き、優雅にティーカップを持つ女の子。

 鼻に絆創膏を貼った、ギラギラした笑顔と赤い短髪の男の子。

 優雅に微笑む、空色の髪の男の子。

 男子にしては少し長めの、濃い緑の髪をした子は、甲板の手すりにもたれかかってうつらうつら揺れている。

――あれって。

「ダイヤモンド、飛び込むのなら私から離れてくださる? 海水がドレスに飛びますわ」

「すっげーな、広い! やっぱ泳ぐんなら夜空に限る!」

「夜中に海に飛び込んだりして、風邪をひいてもしりませんよ」

「またまたぁー、そう言って私が風邪ひいたら看病してくれるんでしょ、アクアマリン?」

 私は、大きく目を見開いた。

 ぽかんと口を開けて、でもなにも言葉が出てこない。

 だって、あれって。

 呆然としている私の目の前で、船は、その海賊船はゆっくりと舵を切り、星の海を進んでいく。

 笑い声が遠ざかる。

 皆の姿が見えなくなる。

「……な」

 感情も、状況も、処理しきれなかった。

――今。


 今の、なに?

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