ここからは天の国

猫塚 喜弥斗

 西暦二〇××年八月十日、僕らは列車に飛び込んだ。


 駅のホームに立っていた時、構内放送が響いた。「まもなく列車が到着いたします。黄色い線の内側までお下がりください」スマートフォンから顔をあげる。人の多く混みあうホームの中でも、みなきちんと列を組み、これから乗り込む列車を待ち構える。


 長い髪が見えた。


 あれは同じクラスの女子だったか。いつも斜め前に座っている姿に覚えがある。さらさらとした長い髪はつややかで、それ自体が光を放ち輝いているように見える。笹目木塔子だ。青のストライプのシャツと、白く長いスカート。彼女の私服を初めて見た。

 列車を待つ列には並ばず、ホームに立っている。人混みを避け、揉まれるうちに知らず僕は彼女に近づいていた。


 長い髪が揺れた。


 自分から飛び込んだのか、誰かに押されたのか、笹目木塔子は長い髪を引き連れて、線路の方へ落ちていく。その様子が妙にゆっくりと見えて、僕は彼女を追いかける。

「ささ」

 最後まで言い切れないまま手を伸ばす。笹目木塔子の白く長い腕をつかむ。折れそうだ。どこか遠く思考の端でそう思う。同時に彼女の腕を引っ張った。けれど駆け出した勢いにふらつく足では思ったように力は入らず、笹目木塔子と同じように、線路へと体が傾いていく。


 ホームに列車が入る。僕は目を見開く。笹目木塔子も同じだろうか。

 ホームに列車が入る。僕らに近づいてくる。運転手の顔は見えない。

 ホームに列車が入る。


 そして僕らは列車に飛び込んだ。夏休みも半ばだった。

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