第56話 大丈夫じゃないと思うよ

 佐藤先輩に連絡すると知り合いの病院に居ると教えてくれた。土曜日の病院は混雑していたが受付で事情を説明するとすぐに病室に案内された。

「雫!」

 病室に飛び込んだ本田が泣きそうな声で叫ぶと小さく返事が返ってきた。

「つばき?」

 簡易のベッドに横たわってた雫が体を起こそうとして顔を歪めた。すぐに隣にいた佐藤先輩が手伝って体を起こす

「大丈夫か?まだ痛いんだから無理するな」

「大丈夫です、佐藤先輩。椿、渉ごめんね、迷惑かけて」

「怪我は?」

「全然大丈夫」

「鎖骨にひびが入ってるのは大丈夫

って言わないんじゃないか?」

「ひび!?」

「ひびって言っても少しだから固定とかもしなくて大丈夫って」

 話すたびに痛みなのか雫の笑顔が歪むのを、俺も佐藤先輩も見逃さなかった。

「あんまり大きな声で話すな、痛いんだろ」

「そんなこと…ないです」


「ごめんな、俺がそばにいれば…」

「渉は、自分の仕事してたんだから、悪くないでしょ」

「私もあの女のとこに雫が行くとき、ついて行けばよかった」

「椿が怪我しなくて良かったよ」

「しずくー」

「まあ本田だったら撃退できたな」

「ホントだな」

「渉も佐藤先輩もひどい!」

 本田が頬を膨らませて怒る素振りを見せる間に佐藤先輩のスマホが何度か振動する。


「イベント大丈夫でしょうか…」

 和やかな空気の中、雫が申し訳なさそうに言う。

「それなら心配ないよ、文哉がいろいろと手を回して人集めたから。それに俺も戻るし」

「じゃあ私も」

「久高、お前は今日は帰れ。石木と本田、こいつ家まで送ってやって」

「でも…」

「今日のことはお前のせいじゃない、むしろお前は被害を被ったほうだ。その気になれば被害届を出すことだってできる」

「…そんな」

「会社としても休日とはいえ、仕事中にケガをさせてしまった責任問題もある。どちらにしろ、お前のケガがひどくなれば問題が大きくなる。安静にしててくれないか?」

「…はい」

「本田は今日1日、久高についててやってくれ。石木は送ったらイベントに戻ってくれ」

「はい」

「私1人で帰れます」

「うん、だけど今日1日は様子見てって先生に言われたろ、ひどくなると心配だから本田頼むな」

「はーい、任せてください!」

「石木は、二人をしっかり送ってくれ」

「よっ、ボディガード、頼むよ」

 本田が茶化して、やっと雫が笑ったのを見て、みんながホッとした。俺たちにバトンタッチした佐藤先輩はすぐに会場へ戻っていった。

「佐藤先輩、愛がダダ漏れだね」

「愛って…心配してくれてるだけだよ」

「そうかなー、まあそういうことにしとくか、ね、渉」

 本田に言われなくても、佐藤先輩の気持ちが雫にあることは百も承知だ。そして今日、初めて山下さんが雫への感情を見せたことに俺自身少なからず動揺してた。


 雫のマンションまで二人を送り届けると急いでイベント会場に戻った。それからは休むまもなく忙しい1日をなんとか終えた。亀井先輩も佐藤先輩も気にしてはいたけれど、イベントが終わるまで山下さんも白石さんも戻って来なかった。



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