第36話 大勢でかかる必要はない、ぼくひとりで充分だ!

「ブルース王子! 人間を滅ぼそうというお考えはお改めなさい! 大悪魔召喚などもってのほか! 平和な世の中が台無しになりますぞ!」


 諌めようとするランドルフを、ブルースはキッと睨みつける。


「黙れ裏切り者! なにも知らぬ兵や民を犠牲にする世の中のどこが平和だ! オレが本当の平和をもたらしてやる。人間を滅ぼしてな!」


 リュークも声を張り上げる!


「やめてよ姉さん! 人間はいい人たちばかりだよ! アイリス姉さんだって、ちゃんと話してみればわかるよ!」


「リューク!? その名前で呼ぶなって言ってるだろ!」


「あっ、ごめん。つい」


 怒られて、両手で口を塞ぐリュークである。


「アイリス。それが君の本名なんだね。いい名前だ」


 セシルがアイリスのほうへ歩んでいく。アイリスは腰の剣に手をかけるが、セシルは気にしない。


「でもなんで男装してるの? もしかして、魔王を継ぐのは男子だけとかって決まりがあったりする? だから男だと偽って生きてる……とか?」


 アイリスはセシルを警戒し、腰を低く構えるだけで答えない。


 代わりにリュークが横から答える。


「そんな決まりないよ! あれはただの趣味だよ! うちのパパも似たような趣味でときどきママになるけど、姉さ――じゃなくて兄さんはそれを常時やってるだけだよ!」


 シーンと場が静まり返る。


 え、魔王って女装趣味あんの?


 リュークも魔族としてはちょっと変わった性癖だったし、そういう家系なのかな?


「な、なんだよ、その目は! オマエら、人の趣味にケチつけんのかよ!? オヤジのは変態だけど、オレのは格好いいだろうが! こっちのほうがしっくり来るんだよ!」


 ムキになって怒るアイリスに、セシルは慌てて両手を振って宥める。


「いや文句なんてないよ! 君は実際格好いいし、それでいて顔とかスタイルとか女の子らしくて可愛くって、なんていうか上手く言えないけど……す、すごくいいと思うよっ!」


 するとアイリスはちょっと嬉しそうに顔を赤らめる。


「お、おう……。見る目あるじゃねーか」


 セシル、お前、アイリスのこと口説いてるって自覚あるか……?


 アイリスも満更でもない様子だが……。


「って、褒めてんじゃねーよ、人間のくせに! オマエ、その杯をよこせ!」


「ダメだ、渡せない。大悪魔は、人間だけじゃなく魔族にだって脅威なんだ! 君が守りたいものまで壊してしまうかもしれない! 召喚なんかしちゃいけないよ!」


「邪魔をするんなら、ぶっ倒していただいていくだけだ!」


 いよいよアイリスは剣を抜く。同時に魔力を溜めていく。


 剣と魔法を同時に使える? だとすれば厄介な相手だ。


 おれたちも戦闘の構えを取るが、セシルは手を掲げてそれを静止した。


「女の子ひとりに大勢でかかる必要はないよ! ぼくひとりで充分だ!」


「言ったな! オレは女だからって舐められるのが大嫌いなんだよ!」


「ずるいですぞ、セシル殿! それほどの猛者を独り占めとは! 私が立ち合いたいところです! 代わってください!」


 怒るアイリスに同調するように、カナデも声を張り上げた。アイリスが困惑する。


「え、なにこいつ?」


「赤心一刀流、カナデ・タチバ――むぐぐっ!?」


 おれは背後からカナデの口を塞ぎつつ下がらせる。


「ごめんセシル、続けて続けて」


 一旦苦笑を浮かべてから、セシルはアイリスに向き直る。


「舐めてるんじゃない。正々堂々と勝負しようと言っているんだ」


「ふん、ならいい。オマエ、名前は?」


「セシル・ターナー。一応、『勇者』をやってる」


 剣を抜きつつ名乗ったセシルに、アイリスが少しばかり目を見開く。


「勇者……。ふ、ふんっ、後悔するなよ!」


 その声がきっかけとなり、ふたりの攻防は始まった。


 と思ったら、数秒のうちに終わってしまった。


「むぎゅっ」


 ぱたんっ、と倒れたのはアイリスだった。


「え? あれ? え?」


 セシルは戸惑い、倒れたアイリスを二度見している。


 無理もない。見てたおれだって似たようなものだ。


 達人同士なら勝負は一瞬でつくこともあるというが、今回はそんなレベルの高いものでもない。


 まずアイリスは先制で魔法を撃とうとした。が、予測していたセシルは、アイリスの懐に飛び込んだ。魔法を撃てば自爆する距離だ。そこでアイリスは剣での接近戦に切り替えようとしたが、またも先んじたセシルの当身を食らい、倒れてしまったのだ。


 おそらくセシル的にはあくまで牽制、ここからが本番と思っていたことだろう。


 なのにアイリスはこのザマだ。


「え……弱い……?」


 同じく観戦していたカナデも鼻で笑う。


「立ち合う価値もない相手でしたか……」


 アイリスは両目いっぱいに涙を溜めて、真っ赤になった顔を上げた。


「ぐぬぬぅ……。ず、ずるいぞぉ! 勇者なんかつれてきやがってぇ! 勝てるわけねーだろ!」


「えぇ……。いやでも君、後悔するなよって強者っぽいこと言ってたのに」


「弱い者いじめして後悔すんなって意味だよ! もともとそこまで強くなる必要ない立場だったし! 無敵の強さがあったら、最初から大悪魔なんかに頼らねーよ、バーカバーカ!」


「えーっと、とりあえず、拘束させてもらうね?」


「くっ、殺せっ! どうせひどいことする気だろ!」


「しないよそんなこと」


「嘘つけ。オマエら人間は、魔族に容赦しないんだろ」


「君がそう思うのもわかるよ。ぼくらもちょっと前まで魔族に偏見持ってたし……。でも本当は、魔族も人間も関係なく仲良くなれると思うんだ」


 と、ジッとアイリスを見つめ、少しばかり赤面する。


「じ、実際、ぼくは君と仲良くなりたいって、思ってるし……」


「な、なんだよ……。男のくせに、男のオレに惚れたとか言うんじゃないだろうな?」


「君は女の子でしょ。そ、そんなにおかしいことじゃ、ないと思うんだけど……」


 セシルはもともと顔の整った美男子だ。そんな彼に真剣に見つめられてか、アイリスは先程とは違った意味で顔を赤くしていく。


「『予定システム』がある限り、人間と魔族は敵対しなきゃいけないけど……でも秘密裏に仲良くするくらいはいいと思うんだよね。君のこと、もっと知りたいんだけど……」


「よ、よせっ。近い。顔、近いんだよ……」


「照れてると、格好良さより可愛いさが際立つね」


「う、うるせー、人間に口説かれたって嬉しくねえし……」


 とか言いつつ、満更でもなさそうだ。


 その隙におれはアイリスの荷物を確認し、大悪魔召喚の道具を回収する。


「セシル、それもだ」


「ああ、はい」


 セシルが持っていた杯も回収。これでよし。


「ああ待て。その杯はここに封印し直す。返してくれ」


 ランドルフが声を上げる。


 が、おれは渡さない。むしろ距離を取る。


「アラン? どうした、なぜ渡さない!?」


「悪いな、ランドルフ。大悪魔はおれが召喚する」




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次回、アランは大悪魔を召喚してなにを為そうというのでしょうか!?

『第37話 おれが悪魔の力を手に入れよう』

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