伯爵家おちこぼれ次男坊、最強すぎる魔王《ラスボス》となり破滅フラグを折りまくる

眞田幸有

第1話

 僕は、なんのために生きてるんだろう?


 僕の名は榎本刀也えもととうや。生まれつき体の弱い少年だ。


 僕の人生は、ほとんど全てが病院のベッドの上だった。


 ずっと寝たきりの生活。

 成人になるまえに死ぬだろうと、小さい頃から医者に言われていた。


 17歳の秋。この年齢になるまで、恋人はもちろん、友達の一人もできることはなかった。



 生きるってなんだろう……?


 僕の体に死が近づいてきている。自分でもわかった。かつてないほどまでに、体が衰弱しきっている。


 ……僕は死ぬんだ。


 どんどん、体から生命が失われていくのが自分でわかる。


 ……死にたくな……い? いや、こんな世界で生きてる意味なんてないのかもしれない。


 ふと、そう思った瞬間だった。僕の最後の生命の灯火ともしびが消えた。


 僕の人生は、あっさりと終わった。



  ☆☆☆



 気がつくと、刀也とうやは雲の上に立っていた。頭上は、雲一つなくみきった青い空。地面は360度みわたすかぎり白い雲でおおわれている。


 建物も木々もなにもない、不思議な世界。


「にょーっほほほほ!」

 笑い声がして、刀也とうやが振り返る。


 いつの間にか、刀也とうやのすぐ後ろに、小柄な老人が立っていた。


 ハゲ頭。白いひげ。眼の前に垂れるようにのびた白いまつ毛。木の杖を持っている。

 よくある、天界の神様の姿まんまだった。


「あなたは神さま?」


「そのとおりじゃ! わしゃ神様じゃ」

「すごい! 本当の神様って……」

「やっぱり、わしが神ってわかっちゃった? きょほほほ……。やっぱり、わしって神ってる?」

 やたらファンキーに笑う爺さんだった。


「…………」

 なんと答えていいのかわからず、刀也とうやは立ちつくした。


「ぎょほほほほぉーっ!」

 神様は、刀也とうやを見つめながら、おかしな笑い声をあげ続ける。


 たまらず、刀也とうやは声をかけた。

「これから、僕は天国に行くの?」


「ちゃう、ちゃう。おまえには、これから別世界に生まれ変わってもらうぞい!」


「え、なにそれ?」


「ラノベとかでよくある異世界転生というやつじゃ。剣と魔法の中世ヨーロッパ風な世界に転生してもらうぞい」


「え、転生?」


「うむ」


「でも、これまでのような病弱な体で生まれ変わっても……」


「そこは、大丈夫じゃ、安心せい」


「本当?」


「もちろんじゃ。さらに、こうじゃ……。とりゃっ!」

 神様は刀也とうやに向かって杖をかざした。


「わっ、なんだこれっ!?」


 刀也とうやの体がぶるっと震えた。


 刀也とうやの胸のあたりが、一瞬、暗黒のもやのようなものに包まれた。そのもやは、刀也とうやの胸の中に吸収されていく。すぐに、外からは見えなくなった。


「何、いまの?」


「きょほほほーっ。それは、後からのお楽しみじゃわい!」

 神は、楽しそうに笑った。しかし、その表情に黒いものがあった。


(うほほほっ。この少年、近くで見ると、本当に不幸そうな顔つきをしておるぞい。これまでの人生がよっぽど嫌だったんじゃろうな。すばらしいのぉーっ! 魔王の卵としての素質は十分じゃ!)


 神様が刀也とうやの胸に植えつけたのは、『魔王の核』だった。核は、刀也とうやの負の感情エネルギーを吸収し、どんどん成長してき、いずれ刀也とうやを破壊と暴虐ぼうぎゃくの魔王へと変貌へんぼうさせる。そうなれば、刀也とうやの元の人間の心は残らないはずだった。ただ、破壊衝動に駆られ、世界を破滅へと導くだけのマシンとなる。


 時をおかず、刀也とうやの目の輝きが、どんどん変わっていく。これまで、悲しみ、うらみ、絶望といったものに苦しめられていた瞳の陰りが消えていく。刀也とうやがもつ負の感情エネルギーが、魔王の核に吸収されていったからだ。

 刀也とうやの心から、一切の負の感情が消えていき、心は澄みきったようになり、瞳はキラキラと輝きはじめた。


(まだ、転生前だというのに、もう半分ちかくも負のエネルギーがたまっているぞい。こやつ、生まれる前に、どれほど巨大な負の感情を抱き続けてきておったんじゃ。しかも、素直な性格らしく、『魔王の核』による負のエネルギーの吸収にも全然抵抗がない。こりゃ将来楽しみじゃのー! かつてないほど超絶に強い魔王が誕生しそうじゃの。きょほほほーいっ!)


 このじじいは、たしかに神の一人だった。しかし、ただの神ではない。


 一見、好々爺こうこうやに見えるこのじじい、実はとんでもなく悪い神だった。

 このじじいは、魔王を降臨させ、世界を破滅させるために活動していた。


 永遠にも思える年月を生きてきたこの神に名前はない。ただ、他の神たちからは、悪神あくじんと呼ばれていた。


「僕、本当にこれから生まれ変われるの?」

 負の感情エネルギーがすっかり抜け落ち、澄みきった表情で刀也とうやは目を輝かせる。


「もちろんじゃ。おまえは、特別じゃからのう。おまけに転生記念として、超すごい力もいろいろつけてやるぞい。よくある、能力ってやつじゃ」


「僕、生まれ変わったら、ほんとうに健康になれるの?」


「もちろんじゃ。健康も健康。超健康優良児に生まれ変わるぞいっ! にょほほっ!」


「立ちあがったり、走ったりできるようになる?」


「そんなの余裕じゃ。経験値をつめば三日三晩だって、平気で駆け回れるようになるぞい! そういった、ものすごい身体能力もつけといてやるぞい!」


 笑いながら、悪神あくじんは、あくまで表情に黒い陰をまとう。

(ククク……。馬鹿め。おまえにつけてやる力は、魔王の力じゃ。他を圧倒できる力じゃが、それは世界を破滅に導く力。いずれ、おまえは苦しみ葛藤かっとうしながら、闇落ちするのじゃ。きゃははははーっ!)


 悪神あくじんの黒い心とは裏腹に、刀也とうやの表情は、一点の曇りもなく輝いていた。負の感情エネルギーをすべて『魔王の核』に吸い取られた刀也とうやに、他人を疑う気持ちは微塵みじんもない。

「わあー。うれしいよ、僕! ずっとベッドで寝たきりだったから、こんなふうに、普通にピョンピョン飛べるだけでも嬉しいのに、生まれ変わったら、もっと高くジャンプできるようになるんだね!」


「いや、もう、それなりの力は授けてあるから、今でもその気になれば高くジャンプできるぞいっ!」


「え、ほんと?」


 刀也とうやが歯を食いしばって、力強くピョンピョン飛ぶ。「うーん、おかしいなあ……。僕、高く飛べないや」


「そりゃ、筋肉の力に頼っておるからじゃ。神の力は精神の力。精神エネルギーを全身に張り巡らせるのじゃ」


「え?」


「意識すれば、できるぞい」


「こうかな?」

 刀也とうやは言ってから、跳ねた。ほんの軽くジャンプしただけだったが、精神エネルギーの効果は絶大だった。刀也とうやの体が空に跳ね上がるようにとんだ。


「うわあっ。なんだこれーっ!?」

 刀也とうやの体が、地上3メートル以上も飛び上がっていた。地球人類の垂直跳びの世界記録は120cmくらいだから、これは、すさまじいジャンプ力だった。


「本当にすごいよ! 僕にこんな力がつくなんて!」

 地面に降りたった刀也とうやは、表情をキラキラと輝かせる。


「今日のワシは気分がいい。能力にもいろいろおまけしてやろう。まずは無限ストレージは基本じゃの!」


「え? それって、ひょっとして、超すごくない?」


「ひょっとしなくても超すごいぞいっ。多くの異世界ラノベでは、みたいな扱いじゃが、現実にこんな能力あったら、倉庫業とか運送業とかやったら、どんなバカでも、超簡単に大金持ちになれるぞい!」


「やったーっ。僕、超健康優良児の上に、大金持ちになれるんだね! すごいよー」

 刀也とうやは感激でいっぱいだ。


「経験値獲得にも、ぶっこわれ超ボーナスをつけといてやるぞい! それから、お決まりの鑑定能力じゃの」


「鑑定能力?」


「自分や他人のステータスから、ギャルの脱ぎたてパンツの価値まで、たちどころにわかってしまうぞい。超すごい能力じゃぞい!」


「わー、すごいやー!」


「ほかに『完全パーフェクト神ってるヒール』のスキルもつけてやろう」


「それ、なに?」


「上級ヒールのさらに上の上のヒールじゃ。どんな傷、病気でも、たちどころに治る」


「なんでも治るの? 僕、これまで病気がちで、風邪をひいて、肺炎になったり、熱がでたり、喘息ぜんそくになって息苦しくなったりしてたけど、そういうのも治るの?」


「それくらい、一瞬で治るぞい。さすがに老化とかは止められんがの」


「神様、すごすぎるよーっ!」


「あと、温度調整もつけてやるぞい!」


「なにそれ?」


「まあ、ごく単純にいえば、セルフ・エアコンみたいなもんじゃのう。一見、かなり地味な機能に見えるが、実際、あるのとないのとでは、人生の快適度が全くかわってくるぞい」


「僕、暑いの苦手だったんだ。エアコンがあれば、夏でもすずしくすごせるね!」


「そのとおりじゃ!」


「すごいな。うれしいなっ! 僕、こんな第2の人生を送れるなんて、思ってもみなかったよ」


 完全に負の感情が抜け落ちた純真な笑顔を見せる刀也とうや悪神あくじんが悪い顔で忍び笑いをする。


(くふふふふ……。その笑いも今のうちじゃ。おまえは、負の感情エネルギーがたまって、最終的には魔王ラスボスとなるのじゃ! にょほほほーっ!)


「神様、本当にありがとう!」


「いや、これくらいなんでもないぞい、……ぐぬぬ」

 刀也とうやに感謝されて悪神あくじんの顔が苦痛にゆがむ。


「そんなことないよ。僕、本当に神様のことを感謝してるんだ! 嘘じゃないよ。本当に、本当にありがとう。心から感謝してるんだよ!」


「ぎょええええっ!」

 悪神あくじんが、身悶みもだえはじめる。突然、手首や首筋に、赤いブツブツが浮かび上がっていく。蕁麻疹じんましんだ。


 悪神あくじんのなによりの楽しみは、人々の不幸だった。怨念おんねん猜疑心さいぎしん、裏切り、破壊衝動など、人々の負の感情は、すべてが悪神あくじんの快楽エネルギーとなる。一方でプラスの感情、たとえば感謝などされると、悪神あくじんの体には、ダメージが及ぶのだった。


 一切のけがれのない純真無垢になった刀也とうやの心からの感謝の気持ちは、悪神あくじんには、ひどい毒だった。


「神様、どうしたの? 僕、本当に、本当に、神様に感謝してるんだよ! ありがとう。何度言っても言いたりないよ。本当に、ありがとう」


「ぐひょおおおおっ」

 悪神あくじんの苦痛の表情さらに悪化する。蕁麻疹じんましんは全身にまでいきとどき、耐え難いほどのかゆみがおそいかかる。

「カユイ、カユイ、カユイ……!」

 悪神あくじんが激しく身を震わせ、全身をぼりぼりときはじめる。


「どうしたの、神様? 僕はこんなに感謝してるのにーっ。本当に僕の気持ちに嘘いつわりはないよ。誠心誠意、神様に大感謝してるんだ。ありがとう!」


「ぎょええええ! カユイ、カユイ、カユイ……!」

 赤いブツブツは、体だけでなく、悪神あくじんの顔全体にもわきあがる。

 悪神あくじんは、あまりものかゆみに、地面の上でのたうちまわる。


「神様、どうしたの? 大丈夫? 聞こえてる? 僕は本当に感謝してるんだ。この気持ちだけでも知ってもらいたくて……」


「うぎゃっ。ぎゃあああああっ。おまえ、まさか、ワザとやっとるんじゃなかろうなっ!」


「なにを言ってるの、神様? どうして地面でバタバタしてるの? 僕は神様にこんなに感謝して、尊敬して、信頼して、絶大な恩を感じて……」


「ぎょええええっ。痛い、痛い、痛い」

 刀也とうやのあまりにも純粋な感謝や信頼のプラスの気持ちに、悪神あくじんのダメージは、かゆさから、はげしい痛みへと変化した。「ぐぬぬぬーっ!……。お…まえは、とっとと早く転生しろや、ゴラァアアアッ、ぞいっ!」


 苦しみにもだえつづけながら、悪神あくじんが、かろうじて杖をふる。


 そうすると、刀也とうやの意識はたちまち薄れていった。



  ☆☆☆


 目覚めると、見慣れた自室だった。貴族の屋敷だけあって、部屋はそれなりに大きい。ただし、古びてはいたが……。


 僕の名前は、リーリャ・ナイヨール。9歳。王国貴族の一人、ナイヨール伯爵の次男坊だ。


 僕は、布団の中に入ったまま、ぼーっと天井を見つめていた。そのとき、突然、僕の頭の中に、なにかが光った気がした。それから、洪水のように、次々に僕の頭の中になにかが流れ込んでくる感覚。


「うわああっ。なんだこれ!?」


 僕は、ベッドからとびあがった。一瞬、頭が爆発して壊れちゃうかも、って思った。けれど、僕の頭の中に入ってきたのは、前世の記憶だった。


 僕は、生まれる前は、現代日本というところに住んでいた。榎本刀也えもととうやという名前の少年だった。体が弱く、ずっと寝たきりの生活を送っていた。そして、17歳で死んだ。


 それから天界で神様に会った。神様は僕にさまざまなチート能力をくれていた。


「でも、おかしいぞ。この世界の僕には、そんなチート能力なんてなかった」


 榎本刀也えもととうやのような寝たきりではなかったけれど、僕、リーリャはごく平凡な身体能力を持った、9歳の少年にすぎない。


「いや……」


 そこで、僕ははっと思いついた。


「違うかも……。僕は、生まれ持った能力を発動しようとも思わなかっただけなのかもしれない」


 神様の前で、全身に精神エネルギーをこめて、ジャンプしたときの感覚は鮮明に覚えていた。


「こうだったかな?」


 リーリャは、全身に精神エネルギーをめぐらせ、ちょんっ、と軽くジャンプしてみた。


 ビョオオオオンーッッッ!

「おおおおーっ!」

 リーリャの体が、猛烈な勢いで空中へと飛び上がる。天井の高い部屋の中だったから、3メートル以上ジャンプしても、天井で頭を打つことはなかった。


「すごいぞ。僕には、こんなにすごい能力があったんだ!」

 リーリャは感激して叫んだ。



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