2
それからどれぐらいの時間がたったのかは分からない。だって気が付けば私は眠ってしまっていたのだから……。
「着きましたよ」
起こされた私は寝惚け眼で窓の外を覗いてみる。でもどこの窓からもフロントでさえも、どこから見ても外の景色は一面の白銀世界。疎らに生えた木と降り積もった雪だけがそこには広がっていた。
「ここですか?」
ただ一つ、目を引く物があるとすれば停車した近くに建つ一軒の山小屋。ボロボロで今にも崩れそうな廃れた山小屋がそこには辛うじて建っているだけ。
「もう既に敷地内ですよ」
そう言って先に降りた安居院さんは、私のキャリーケースを手に何の迷いも無くその山小屋へと足を進めた。私も少し遅れながら荷物を手にその後を追い、一緒に山小屋の中へ。
でも中は外観から想像できるように何も無く狭いだけのボロ屋だった。唯一あった家具は小さなテーブル。触れただけで砂となって崩れてもおかしくない程にボロボロだ。
「あなたも覚えておく必要がありますよ」
安居院さんはそう言いながらそのテーブルへと足を進めた。そして天板の裏の方へ手を伸ばし、掌でべったりと触れた。数秒の間そうした後、テーブルから離れた安居院さんは私の隣へ。
すると突然、今正に立っている床が動き出し私達は沈んだ。下へと滑らかに降りていく床。頭上では横から新たな床が蓋をしたが、床の端に埋め込まれた穏やかな光が暗闇を照らしている。
「こ、これは?」
「秘密の入り口というやつですね」
映画のような仕掛けに興奮しているとどれぐらい下へ行ったのか、壁の一面が左右へと開いた。そこには人ひとり分程度の幅しかない一本道が真っすぐ伸びているだけ。白一色のそこは全体的に明るいが、何より狭い。
「ここ通るんですか?」
「大丈夫ですよ。私の後に続いて下さい」
キャリケースを引きながら平然と歩き出す安居院さん。狭い一本道を歩くのはどこか抵抗があったけど、仕方なく私もその後に続く。もし私が極度の閉所恐怖症なら通れなさそうな道を少し行くと、待っていたのは行き止まり。
でも安居院さんが手を触れると自動ドアのように壁は開いた。その向こうで私達を出迎えたのは少し広めの空間。ここまでとも違ってソファとか自販機とかがあってロビーみたいだ。
そして何より一番違うのは、人が居る。それはタブレットを大事そうに抱きかかえた子ども。赤ん坊のようにモチモチとした頬と前髪を挟み垂れた三つ編み、後ろではまとめられたブロンドヘアが可愛らしく団子になっている。
「安居院さん、ご苦労様です」
少女は見た目に反した丁寧な言葉遣いの後、これまた礼儀正しく頭を下げた。
「いえいえ、これぐらい大丈夫ですよ」
まるで姪っ子に合わせる叔父のような安居院さんはそう返事をすると私の方を半身で振り返った。
「ここからはこちらのナナさんが案内してくれます」
安居院さんはそう言って確かにその少女を手で指していた。私は少女の目の前まで足を進めるとしゃがみ込んで視線を合わせた。
「お嬢ちゃんが案内してくれるの? ありがとね」
見ているだけで和んでしまう少女へ気が付けば手が伸びていて、欲求に逆らえず私は頭を撫でた。
「はい。私、日本クリスマス防衛機関生活部のナナ・ユウェルンと申します。ミノル族と言って、皆さんに分かり易く説明するなら小人ですね。なのでこう見えてもちゃーんと成人してますよ」
「そうミルノ族って言うんだ。可愛いねぇ。もう大人だねぇ」
私はそういうごっこ遊びをしているだと、どこか懐かしさを感じながらナナちゃんの頭を撫でた。
「いや、あの……」
「太交さん。そちらのナナさんは本当にミノル族という大きな括りは人間ですが、いわゆる小人の種族ですよ。サンタさんが存在したようにミルノ族という種族も確かに存在しています」
顔を振り向かせ安居院さんを見てみると、その表情はとても冗談を言っているようには見えなかった。
「えっ……」
手はそのままゆっくりと顔を正面へと戻していく。
「はい。もちろん個人差はありますがミノル族は基本的に成人しても背丈はこのくらいですよ。私は少しだけ低い方ですが、皆さんから見たら大して変わらないと思いますよ」
終始微笑みを絶やさず説明してくれたナナちゃ――ナナさん。言葉遣いに雰囲気も含め確かに見た目以外からは子どもって印象はない。
徐々に現実を受け入れ始めた私は固まったままそっと手を引っ込めた。
「す、すみませんでした!」
そして一瞬のうちに土下座姿勢になると擦り付けるように頭を下げ誠心誠意の謝罪をした。
「いえいえ。そんな止めて下さい。私達の存在はサンタさんと同じ様に普通の人達は知らないので」
頭上から聞こえる少し慌てた声。少なくとも笑顔で怒るタイプではないらしい。その事に安堵しながら土下座の姿勢は崩さず顔を上げる。焦りながらも微笑むように緩んだ表情のナナさんは何とも愛らしかった。
「気にしなくてもいいですよ。でも中には子ども扱いされるのを嫌う人もいますのでお気を付けて下さいね」
でも下から怒る姿も可愛いんだろうな、なんて思ってしまった事は心の中に仕舞っておこう。見てみたい気持ちはあるけど、そんな自分勝手に相手を怒らせるのは良くないって良心はしっかりと持ち合わせている。
「それでは私はここら辺で」
すると一連の流れを堪能したと言うような表情(私の偏見かもしれないけど)の安居院さんは軽くお辞儀をすると、颯爽と来た道を戻って行った。それを見送る土下座状態の私と笑顔で手を振るナナさん。
安居院さんがロビーを後にすると私は視線をナナさんへ。目が合うと説明の続きが始まった。
「それとミノル族の他にティクシ族という種族の方もここで働いています。妖精って言えば大体の人は分かってくれるんですが、ミノル族よりも小さくて羽が生えてるのが特徴ですね。それと独自の言語を話しますが、こちらの言葉自体は理解出来ますので問題はあっちの意思をどう読み取るかですかね。でも皆さん何となくで話してますよ」
「なるほど」
私は脳裏でピー〇ーパンに出て来るティン〇ーベルを思い出していた。多分あんな感じなんだろう。
「それでは住居区に案内しますのでこちらへどうぞ」
そしてナナさんが後方へ手を向けたのを一度見てから私は立ち上がり荷物を手にその後へ続いた。
手の先にあったのは円形のドア。その隣にあったボタンをナナさんが押すと少ししてドアが開いた。どうやら円形のエレベーターらしい。中は広いとも狭いとも言えない絶妙な空間だった。
「ボタンはミノル族用と二つありますが、どっちでも変わらないので美沙さんは上の方を使って下さいね」
確かに外も内も普通に見る位置と随分と下の方に同じボタンが付いている。しかも下のは少し小さ目だ。
「ちゃんとしてるんですね」
「上だけだと私達が届かないので」
そう言ってる間にドアは閉まり私達を乗せたエレベーターは下へ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます