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そして閉じたカードをテーブルに残したまま私はベッドに寝転がった。取り敢えず落ち着いてさっき妖精が言ってた事を思い出してみる。
「クリスマス防衛機関。私立夜星大学。秘密結社」
口にしてみると何かの物語のようだ。もしサンタさんに会う前にこのクリスマスカードだけが届いていたら正直、疑っていたかもしれない。それ程までに現実離れした話だったから。サンタさんはもっと子どもが想像するように一人で世界中を回ってプレゼントを配ってると思ってたけど、私が思っていたよりずっと現実的だった。
「それにしても進路かぁ」
さっきの話はまだ私の頭でごちゃついてたけど、ふと出来る事なら考えたくもない悩みの種を思い出してしまった。叶うならこのまま芽が出るまで埋め続けたい。
「別にやりたい事もないしな」
そう考えてみるとこの話は今の私にとっていい機会なのかも。なんてもう考えたくないから思考停止でそう思ってるだけって可能性もあるけど。クリスマス防衛機関でクリスマスを守る、だなんてお母さんとお父さんが聞いたら私が変な宗教にでも騙されてしまったと心配するかもしれないし。
そんな風に私は暫くの間、自分の将来と今日の事について考えを巡らせていた。こんなにも将来について考えたのは初めてかもしれない。でも実際はちゃんと考えられていたのかも怪しいけど。
『君のその掛け替えのない体験を、今年もまた子ども達が味わえるよう――君の力が必要じゃ。十二分に満喫したクリスマスを、儂と共に守っていこう』
考えているのか考えてないのか、ユラユラ揺れる思考の海の最中ふと私はその言葉を思い出した。私にとってクリスマスは最高の想い出。家族で出掛けたり、ご馳走を楽しく食べたり、みんなで遊んだり――それにプレゼントとかも。一分一秒の全てが記憶の中で掛け替えなく満天の星のように煌々としている。
そんな私の宝物を今年も正に子ども達が体験しようとしているって考えたら、子ども達が私と同じような気持ちを味わえるって思ったら――そういうのも悪くないのかもしれない。
「しかもあのサンタさんと一緒に働けるって凄くない?」
改めて考えてみてもそれはサッカー少年がメッシと一緒に働く様なものだ――分からないけど。
「えー、しかもしかも誰にも言えないってなんだかスパイみたいでカッコいい」
私は最近観たスパイドラマを思い出していた。
それから思考の線路は妄想駅で停車し、気が付けば私は朝を迎えてた。覚えてる限りでは、シークレットサービスとして大統領と二人で第三次世界大戦を止めてたっけ。
それはいいとして翌日、学校から家に帰ってみると驚くべき事が私を待っていた。なんともう夜星大学の資料が届いていたのだ。正直、届くのかすら怪しかったけどまさか翌日だなんて。
部屋に上がり早速読んでみたけど、それは至って普通の大学だった。もう少し特殊な感じかともと思ったけど、やっぱり表向きとしてこの大学に行くってことはむしろ他のどの大学よりも普通って事らしい。
「あんた本当にここに行くの?」
正直に言って何か確固たる決意があるわけでもない。悩むのが面倒なだけって言われたら強くは否定できない自分がいるし。
でもずっと私は自分がとっても素敵な事をしようとしてるって思える。そして同時に凄い事だってのも。だってサンタさんみたいに毎年のように子ども達を幸せにしてあげらるんだから。
「うん。県外だけどいいかな? 大学寮もあるみたいだし」
「ちゃんと自分で考えて決めた事ならいいわよ。お父さんも好きなとこに行かせようって言ってたし」
「ありがとう」
実は大学資料に入っていたのは大学の紹介だけじゃなかった。一枚の明らかに普通には入っていない紙も同封されていた。そこに書かれていたのは、メールアドレスともし決意を固めた時はまずメールをして欲しいという旨。
だからお母さんとも話し合って事が現実味を帯びてくると、そのアドレスへメールを送った。それはサンタさんと会ってから一週間後の事だった。
「えっ!」
そして翌日の夜。寝転がりながら返信のメールを開いた私は最初の文にあった文字につい声を上げてしまっていた。
『私立夜星大学理事長 安居院晴信』
勢い余って起き上がり画面をじっと見つめる私。何度見てもそこには理事長って文字がある。
「え? 理事長って、あの理事長だよね……」
困惑しつつも私は続きを読んでいく。内容は、表向きはAO入試で入学するらしいけど願書だけを同封の封筒で送ってくれればいいというもの。一応、面接はあるものの受かる事は確実で緊張する必要はないらしい。
「理事長から直接連絡が来ちゃった」
でもそんな裏口入学みたいな内容よりも理事長から直接メールが来たという方が私にとっては事件だ。何だか自分が特別な存在になったような気がして少しばかり興奮に心臓が嬉々と脈打つ。
「いやでも――理事長って書いてあるだけで本当に理事長かは分からないか」
そう思った途端、急に冷めてきて私は願書を書いておくことにした。
それから事は坂を転がるボールの如く順調に進んでいき、気が付けば進路も決まり私は卒業までの時間を謳歌するだけだった。友達と想い出を一つでも多く残す日々。楽しさで連なる毎日を過ごし――あっという間の卒業。
そして友達とも両親とも別れを交わした私は一人北海道へ。変わりゆく景色を眺めながらもまだ、私は人生において大きな変化が起きているという事を実感することが出来ていなかった。景色だけじゃなく既に変わり始めているにも関わらず、未だ心のどこかではこれまでの日常と何も変わらないような気がしていた。
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