6
「私、サンタさんに……」
改めて一人になってみると先程までの出来事から現実味が薄れるような感覚に襲われたが、それでもやっぱり確かに会えたんだって自信を持って思える。あの笑い声も、空を駆けた感覚も、ルドルフさんを撫でた感触も――全部が鮮明に残ってて、私に特別な体験をしたって語り掛けてくる。自分一人だけ世界の秘密を知ったような気がして何だか特別な気分だ。
「美沙? そんなとこで何してるの?」
すると一人余韻に浸っている私を後ろからお母さんが呼んだ。振り返ってみると財布を手に持ったお母さんが丁度、家から出てきたとこ。
「今、帰ったとこ。遅くなってごめんね」
すっかり暗くなってるし、駅から今までよく考えれば結構な時間が経ってるはず。そう思って心配させたかもしれないと謝ったんだけど、現実は違った。
「何言ってるの? いつもこれぐらいじゃない。友達と遊びに行く日の方が遅いわよ」
私はスマホを取り出して時間を確認してみた。確かに学校が終わって真っすぐ帰る時と変わらない。だけど駅で気が付けば夜になってたし、それからサンタさんと居たから時間はもっと遅いはず……。なのにスマホは何事も無かったって言うみたいな時間を示してる。
「お母さんちょっと買い忘れ買って来るから。入ったら鍵閉めてね」
「……うん」
まだ納得はいってないものの私は返事をするとお母さんと入れ替わる様に家に入って行った。
その夜。寝る準備を済ませた私はベッドを背凭れ替わりにテーブルであの封筒を開けていた。中から出てきたのは一枚のクリスマスカード。それは普通にクリスマスで貰っても嬉しい程に可愛らしい。
そして思わず笑みを浮かべてしまうそのカードを早速、開いてみる。中は飛び出す仕組みで、出てきたのは一つの建物とその周りに生えた木々。それに手前には可愛らしい妖精が私を見上げるようにいた。しかもその隣にはボタンと「ここを押して」というメッセージが書かれている。
「へぇー凄いなぁ」
私はまずカードを手に取って色々と見てみた。思った以上に細かいし、見てて面白い。
それから取り敢えず言われた通りにボタンを押してみる。当たり前と言うべきか、本当にボタンがある訳じゃなくて立体的な紙を押す柔らかい感触。それに押したからといって何か更なる仕組みがあるって訳でも無い。
「ん? これだけ?」
詳しい事はここにあるって言ってたはずだけど、今のとこ立体的なカードなだけで何もない。
すると私が首を傾げじぃっとカードを見つめていたその時――突然、煌めきを振りまきながら妖精が一回転し始めた。そして独りでに動き出し私を見上げると丁寧にお辞儀をひとつ。
「これは北海道のとある場所にあるクリスマス防衛機関の日本支部です」
妖精は私の理解が追い付くより先にそのまま背後にある建物の説明を始めた。
「えっ? ちょっと待って」
「はい」
慌ててそう言うと意外にも妖精はピタリと説明を止めた。
「えーっと。北海道?」
「はい。北海道のとある場所。詳細に関しては発言権限がありません」
「それでその建物は?」
「クリスマス防衛機関の日本支部です」
何だか現実と幻想が混じり合ったようなその名前はこれまで一度も聞いた事がないものだった。都市伝説の類でさえない。
「それは一体何なんですか?」
「クリスマス防衛機関。通称、エクスレイ。サンタクロースが中心となり設立された機関であり、十二月二十五日に世界で行われるクリスマスを無事に終える為に活動を行っています。複数の部署により年に一度のクリスマスの為に毎日活動が行われています。世界中に支部を持っていますが、その存在を知る者はほんの一部。機関に所属している者のみです。そして本部の場所を知る者は更に一握り。噂すら無い秘密結社と言ってもよいでしょう」
今の話を聞く限り私が思ってた以上に事は大きく、サンタファミリーと言うより株式会社サンタクロースって感じだ。秘密結社らしいけど。
「えーっと……」
何て言えばいいのかすら思い付かない程に頭が整理できてない私とは裏腹に妖精は更に言葉を続けた。
「クリスマス防衛機関は噂程度ですら存在を知られてはならず、所属者は家族にすら話をする事は許されてません。ですので貴方が同意した場合、表向きは日本支部が所有する私立夜星大学への入学し、そして大学寮で生活をする事になります。ですが、実際は日本支部で機関員として働きながら日本支部内の生活区域での生活となります」
「なんか結構ちゃんとしてる……」
「ご希望であれば夜星大学の資料をお送りするよう設定されてますがどうしますか?」
「……じゃあお願いします」
正直、考える余裕もなくただ頷いたけだけど。
「夜星大学の詳細は資料により確認下さい。クリスマス防衛機関に関しては所属する際にその詳細が改めて説明されます。他に何か質問はありますか?」
「いや……今のところは」
「それでは質問があればまたいつでもどうぞ」
そう言って妖精は頭を下げた。
「最後に我らがサンタクロースの言葉をどうぞ」
すると妖精の頭上へホログラフのようにサンタさんが現れた。三角帽を被りトレードマーク的な格好をしてる。
「諸君、思い出してみて欲しい。子どもの頃に過ごしたクリスマスを。あの賑わいを、あの煌めきを、あの興奮を。たった一つのプレゼントを選ぶ悩ましくも至福の時間。そして前日から心は躍り続け、朝起きた時にプレゼントを見つけたあの瞬間」
目を瞑り笑みを浮かべたその表情は何が言いたいのかを十分に代弁していた。
「そして今年もまた。来年も。そのまた次の年も。これからもずっとそれを世界の子ども達が体験する事になる。子ども達の子ども達が。これから先もずっと続いていく。君のその掛け替えのない体験を、今年もまた子ども達が味わえるよう――」
言葉が途切れ、サンタさんの双眸が緩慢と開く。
「――君の力が必要じゃ。十二分に満喫したクリスマスを、儂と共に守っていこう」
それは決意と希望に染まった純粋で真っすぐな眼差しだった。まるですぐ目の前にいて直接私に語り掛けているように。
「以上はサンタクロースがクリスマス防衛機関日本支部へ送った言葉です」
妖精はそう言うとふわり舞って元の位置へ戻ると最初のようにただの飛び出す絵の一部となった。私はカードを手に取り色んな方向から見回してみるが、最初同様にそれは何の変哲もないただのクリスマスカード。
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