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鳥になったとも違うし、箒に跨って空を飛ぶのとも違う。銀河を走る列車に乗っているのとも違ければ、自転車とも違う。私は今正に雪舟に乗って空を駆ける事でしか出来ない体験をしてる。程よい風を感じ、大空から街を見下ろして――。どんなアトラクションよりも楽しくて、どんな日よりも特別で、どんなプレゼントよりも豪華な体験。
「どうじゃ? 空から見る景色は?」
サンタさんの声に私は改めて街を見下ろした。無数に光る地上の星はまるで街全体で作るクリスマスツリーのようだ。私がすっかりクリスマス気分っていうのもあるんだろうけど、その煌びやかさが幸せの燈火に見え、なんだか見ているだけで心が温かくなる。
「すっごく綺麗ですし、何より温かいです」
下を見ても星が輝き、上を見ても星空が広がってる。今の私はどこを見ても絶景を楽しめるとんでもない状況にいるらしい。
「ほっほっほ。もう少し行くとするか」
そう言いサンタさんが手綱を振るうと雪舟の速度が更に上がり、夜空のジェットコースターのように刺激ある動きをし始めた。密かに夜の空へ響く私の声を連れ、雪舟はオフィス街へと近づいていく。
「サンタクロースという存在を人々は大人になるにつれ忘れてゆく。いや、正確に言うのならサンタクロースを信じる心を、じゃな。故にいつの日か単なる夢物語として単なる想い出となってゆく。人間は大人になればなる程、理由を欲しがるからの。良くも悪くも子どものように心へ真っすぐではいられなくなる」
「でもサンタさんには申し訳ないですけど、その気持ちも分かりますけどね。私も子どもの頃にあぁやって会えて無かったら分からないですし」
「儂もあの夜に子どもと出くわしたのは初めてじゃ」
陽気に笑うサンタさんの隣で胸を張れない私は少し小さくなっていた。
「多くの者が、大人になるにつれ純粋な部分を失っていく。世界を知り、人間社会を知っていくにつれ思考はより現実的に、制約と前例と科学と――多くの本を並べ物事を受け入れていく。じゃが、そうでない者もおる。子どものように自分の世界を持つ真っすぐな者」
するとサンタさんは上半身ごと私の方へ視線を向けた。
「そんな光に満ちた者達が――君のような子が儂らには必要なんじゃ」
サンタさんは力強い言葉と共に真っすぐと私を指差した。
それを会ってから今まで何度しただろうか、でも言葉をイマイチ理解し切れず私は首を傾げた。
「では世界の真実を一つ教えてやろう」
だけど私のそんな反応を想像通りだと言うようにサンタさんは話を先へ進めると、手綱で雪舟を加速させた。馴鹿は大きく回るとそのまま突っ込むように月へ向かっていく。
そしてサンタさんが何かを投げる動作をすると――眼前へ巨大化したサンタ袋が現れ、こっちへ向け大きく口を開いた。馴鹿は何の迷いも無くその袋の中へ。
すると星の無い夜空に包み込まれたかのように辺りは真っ暗となり数秒。すぐに外へ出たかと思ったが、周りの景色は何も変わらない。強いて言えば雪が多めに降ってるぐらいだ。
何が変わったのか探そうと辺りを見回している間に、雪舟は降下していき屋根へと下りた。
「あれじゃ」
そう言ってサンタさんは下の方を指差し、少し遅れて私も視線でそれを追った。
「え? あれって……」
そこには一人の少女が立っていて、その前にはサンタさんの姿があった。私は思わず隣を確認してしまったが、確かにどっちもサンタさん。
「どうしてサンタさんが二人も?」
「よく見てみるんじゃ。あの子に見覚えは無いか? この光景に」
私はそう言われ喜色満面な少女を穴が開く程に見つめた。
するとその少女が飛び跳ねながら両手を上げる反応と同じ声で口にした言葉が聞こえて来た。
『私ね! 良い子にしてたよ! 良い子にしてた!』
見慣れた街並みとその言葉、そしてサンタさんを目の前に燥ぐ少女――私は推理小説で最後のピースが完璧に填まった時のように脳内で細胞が繋がり合うのを感じた。
「嘘……。そんな事って……」
でも同時にそれは余りにも信じられない答えでもあった。
なぜならそこにいるのは――私自身だったのだから。幼い頃の自分がどんな見た目だったのかは正直分からないけど、確かにそれは鮮明に残る記憶と同じ光景だった。目の前にサンタさんがいて、その後ろに雪舟と九匹の馴鹿がいる。
「これって過去に……タイムトラベルしたってことですか?」
自分で自分を見るなんて奇妙な状況の中、誰しもが真っ先に思い浮かべるであろうありきたりな答えを口にした声は困惑で少し震えている。
「正確に言えばそうではないが、そう理解しても問題はない。互いに干渉は出来んがの」
やっぱり私は今、過去の世界にいるんだ。そう思うとシーソーゲームのようにまた別の疑問が浮かび上がって来た。
「でもどうしてここへ?」
「もうすぐじゃ」
そう言ってサンタさんは幼い私の方を指差した。それは丁度、あの時のサンタさんに言われて目を瞑ろうとしている時。幼い私は言われた通りに目を閉じ、サンタさんの手が頭から離れた。
そしてサンタさんが振り返ると――。
「っ!」
私は思わず息を呑んだ。
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