序章:クリスマスの秘密
1
「サンタクロースっていると思う?」
それはお昼休みの事。弁当も殆ど食べ終えたとこで、一足先にパンを食べ終えた陽菜がお茶を片手にそんな事を呟いた。
「え?」
「いやほら、もうすぐクリスマスじゃん。そう言えば昔はサンタさんからのプレゼント楽しみにしてなーって。だからさ、サンタクロースっているのかなって思った訳」
「サンタさんって陽菜にもプレゼントあげてたんだ。寛容だね」
「それどういう意味?」
お茶を呑む準備途中の半開きの口と共に不機嫌そうに細められた双眸が私を突き刺す。
「陽菜はいると思うの? サンタクロース」
「いやいや。いる訳ないっしょ。そんなお人好しおじいちゃん」
「ふーん。まぁ、普通はそう思うよね」
今時、中学生どころか小学生だってサンタさんがいないって思ってる子が殆どだし。小学生か、いるかもなら未だしも本気で信じてる高校生なんて下手をすれば変人扱いされるかもしれない。
「てかてか! 美沙はどーするよ? クリスマス。彼氏いないしどうせ暇でしょ?」
「私は大事な親友を置いていけなくてね」
悲劇のヒロインばりのテンションで涙を堪える振りをして見せた。
「ほんとはモテるアピール止めろ」
「大丈夫。私はずっと一緒だからね。モテない陽菜に彼氏が出来るまで」
「なんだこいつ――てかまぁ、今年のクリスマスは家でお泊りとかどう? 弟も喜ぶだろうし」
「悠人って今いくつだっけ?」
確か最後に会った悠人は小学生だったっけ。人懐っこい笑みのザ・弟って感じの子。
「もうそろ高校」
「へぇー。時間が経つのって早いね」
「アイツ美沙の事好きだから喜ぶぞー」
「もう高校生か」
あんな小さかった悠人がもう高校生。時間の流れは速いものだ――なんて親戚みたいな事を思ってしまう。
「陽菜」
「ん?」
「あんたの弟に女ってのを教えてあげちゃっていいかな?」
私はセミロングの髪を妖艶に掻き上げて見せた。お姉さんとして友達の弟に正しい経験を――。
「アイツ彼女いるらしいけど」
だがカウンターとして放たれた弾丸の如きその言葉は私の鷹揚な心を一発で打ち砕いた。
それにしてもあの悠人に彼女……。彼女……。彼女……。
「カノジョ? ソレッテ、オイシイカナ?」
「カニバルかよ」
鳴り響くお昼休み終了の予鈴。それから瞬く間に放課後で、陽菜はバイトへ私は家に帰る為に駅へ。
マフラーをしてても隙間から入り込む冷気で本格的な冬を感じながら最早、目隠ししても辿り着ける程に慣れ親しんだ構内を歩きホームで電車を待つ。一番端の車両に乗りたいから待つのも一番奥の場所。どこまでも伸びる線路が見えるホームの端にあるベンチに座ってスマホに視線を落としながら待つだけ。ただじっと寒さに耐えながら――寒い。
「隣いいかい?」
するとスマホに視線を落としていたものの、いつの間にかぼーっとしてしまっていた私はその声で我に返った。遅れて顔を上げて声の方を見遣ると、そこにはコートで全身を覆い帽子を被ったおじいさんが立ってた。大柄で隙間から見える白髭が凄いボリュームの紳士的なおじいさん。
突然声を掛けられ少し驚いたが、そんな事よりも電車を逃したのかいつの間にか辺りにはそのおじいさんしかいなくなってしまっていた。冬の寒さのように静まり返ったホーム。
私は再びおじいさんへ視線を戻した。そこではニコッとした変わらない笑みが依然と私を見守っていた。
「はい……どうぞ」
「どうも」
そう言っておじいさんが慎重に座ると柔らかな表情と声に相反し重さでベンチは少し揺れた。一つ空けて隣に座ったおじいさんだったが、大きな体で距離的には殆ど半席分隣り。私はあまりこういう事はしない方が良いと思いつつも横目をやった。分かってはいたけれど改めて見ると、おじいさんはまるで某魔法映画のル〇ウスみたい。
「高校生かね?」
すると盗み見るように横目を向けていた私へ放たれた不意打ちの声。思わず体をビクッと跳ねさせたけど、どうやら世間話でもしたいらしい。ホッと胸を撫で下ろしながら返事をした。
「はい」
「勉強に部活に遊び。青春じゃな」
おじいさんはその外見に似合う少し丸みを帯びた笑い声で小さく体を揺らした。
「部活はしとるのかい?」
「バスケをしてたんですけど、三年なのでもう引退しました」
「そうかそうか。運動は良い事じゃよ。でないと儂のようになってしまうからね」
そう言って大きなお腹を叩いて見せ笑うおじいさんは見てて微笑ましかった。同時にふと私もこのおじいさんと同じ年齢になった時にこうやって楽しく笑えているだろうか? そんな不要な事を考えてしまう私はおじいさんが少し羨ましいのかもしれない。
「それにしても寒くなってきおったなぁ」
するとおじいさんはそう空を見上げた。冬の蒼穹はいつも以上に澄んでいて何処までも高い。空の大地、そう表現したくなる程に何処までも続いている。しかも今は夕焼けも相俟って眺めてるだけでどこか懐古的な気持ちになる。
「そうですね」
「そろそろクリスマスじゃな」
この人がサンタさんの格好をしてプレゼントを持っていけば、お孫さんはきっと大喜びなんだろうな。ふと思ったにしては鮮明にその光景は想像できた。
「君は――サンタクロースはいると思うかね?」
そんな勝手な想像をしてると、おじいさんは子どもみたいな事を尋ねてきた。まさか年上の人にそんな事を訊かれると思ってなかった私は少し返事に困っていたものの――おじいさんを見ている不思議と本心が溢れ出してきた。
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