第51話 エルドの町にて01
賢者祭りが終わり、数日を宿に引きこもって過ごした私とチェルシーだったが、そろそろ缶詰も限界を迎えて外に出る。
「にゃぁ…」(やっぱり外の空気は美味いのう…)
とのんびりした言葉を発するチェルシーだが、私は周りの視線が気になってしょうがない。
そんなチェルシーを見て、
(さすが魔王。肝の据わり方が違うな…)
と変な感心をしつつ、私も久しぶりの外の空気にほっとしながらとりあえず役場を目指した。
「トキムネ区長はいるだろうか」
と受付で聞きとりあえず応接室に入らせてもらう。
役場でもやはり周囲から熱い視線を送られてしまった。
(やれやれ、これはいつまで続くことやら…)
と思いつつ出されたお茶を飲む。
するとそこへやや慌てた様子でトキムネ殿がやって来た。
「これはこれは、わざわざご足労いただかなくてもこちらからまいりましたものを…」
と恐縮した様子のトキムネ殿に、
「いや、ちょっと外の空気が吸いたかったものだからな。忙しいところ邪魔してすまん」
とこちらも遠慮の言葉を返す。
その言葉に、トキムネ殿は少し申し訳なさそうな顔をするも、気を取り直して、
「お宅の件でしたな。そちらの準備は整ってございます。昨日サユリ殿も到着されましたので、今日にもお声がけしてご案内しようかと思っていたところです」
と言って、こちらに「どうですか?」と言うような視線を向けてきた。
「おお。そうか。それはちょうど良かった。さっそくだが、案内してくれるか?」
という私に、
「もちろんですとも」
と言ってトキムネ殿が立ち上がる。
私もそれに続いて立ち上がると、さっそくトキムネ殿の後に続いて応接室を出た。
「元は従士隊の隊長の屋敷だったところですが、今の隊長は家族でゆっくり住みたいと言って別に家を持っておりますので、5年ほど空き家になっておりました。幸い大きな傷みはありませんでしたから、掃除と軽い修繕を済ませてあります。きっと今頃サユリ殿が中の準備を整えていることかと思いますよ」
と、これから見に行く建物のことを簡単に紹介してくれるトキムネ殿の話を聞きながら町を歩く。
町中から浴びせられる視線はやはり気になったが、
(…慣れるしかなかろうな…)
と心の中で苦笑いを浮かべ、私はようやく諦めの境地を覚る事が出来た。
ものの数分歩くとやがて従士隊の詰所らしき所が見えてくる。
(ほう。意外と近かったな)
と思いつつ、その建物に近づいていくと、
「ささ。どうぞこちらです」
と言ってトキムネ殿が裏手に続く門を開けて中に招き入れてくれた。
門をくぐるとそこは訓練場のようなところで、今の時間も何人かの従士が木刀を持って稽古をしている。
その様子を横目で見ながら訓練場の脇を抜け小さな門をくぐると、良い感じに鄙びた前世風で言う所の古民家的な風情の家が目に入って来た。
「ほう。風情があっていい建物だな」
と第一印象で感じたことを漏らす。
「ええ。年月は経っておりますが、しっかりとした造りですので、不便はないかと思いますよ」
と言ってくれるトキムネ殿に続いて小さな庭を横目に玄関へと向かう。
「お邪魔しますよ。サユリ殿おられるかな?」
とトキムネ殿が声を掛けると、奥から、
「はい。ただいま」
というサユリの声がして、タスキに姐さん被りのような感じで手ぬぐいを頭に乗せたサユリが玄関まで出て来てくれた。
奥から何気ない感じで出てきたサユリは私に気が付くと、ハッとした様子で手ぬぐいを頭から外し、急いでかしこまる。
「ああ、いや。普通でいいぞ」
という私の言葉に、
「お恥ずかしい所を…」
と言って照れたような表情をするサユリだったが、私が、
「いや、こっちこそ急に来てしまってすまんな」
と軽く謝ると、
「とんでもございません。どうぞお上がりください。すぐにお茶のご用意を」
と言って、私たちを招き入れてくれた。
床の間に通されゆっくりとお茶をすする。
「にゃぁ…」(なんとも落ち着く部屋よのう…)
と言ってチェルシーがさっそく畳の上で丸くなった。
「ははは。チェルシー様はお気に召したようですな」
と言ってチェルシーを微笑ましい目で見るトキムネ殿に、
「ああ。気に入ったみたいだな」
と答えて私もチェルシーを微笑ましい目で眺める。
すると、脇に控えていたサユリが、
「一応客間として板張りにベッドを設えた部屋とこのように畳の部屋とがありますが、ジーク様はどちらになさいますか?」
と聞いてきた。
「ん?ああ、チェルシーも気に入ったようだし、畳で構わんぞ」
というと、サユリは、
「かしこまりました。ではさっそく準備を整えてまいります」
と言って下がっていく。
私はマユカ殿の命をとは言え、その近衛のような位置にいるサユリをまるでメイドのように使ってしまって申し訳ないと思いつつ、その姿を見送った。
「ではさっそく、今日からでもお移りになりますか?」
と聞いてくるトキムネ殿に、
「ああ。準備が出来ているようだったそうさせてもらおう」
と答えてまたゆっくりと茶をすする。
その後しばらく、トキムネ殿から従士隊の活動の様子や、町のことなどを聞いて、昼が近くなった頃。
私はサユリに一声かけて、一度荷物を取りに宿に戻った。
「にゃぁ」(腹が減ったぞ)
と、いつもの言葉を行ってくるチェルシーを連れて適当な定食屋に入り日替わり定食を食べる。
なぜか今日の日替わりは中華風でチンジャオロ―スと春巻きだったが、それはそれで美味しくいただき宿へと戻って行った。
道々、
「にゃぁ」(あのパリパリとろとろは美味かったのう)
というチェルシーに、
「ああ。春巻きな。中の具を変えればいろんな味になるぞ」
と教えてやる。
「にゃ?」(例えばどんなのじゃ?)
と興味津々で聞いてくるチェルシーに、
「ああ。普通に中の肉や野菜を変えても味が変わるし、チーズやトマトソースなんかもいい。あと変わったところだと甘い物を入れてもうまいな」
と、ぱっと思いついた物を教えてやると、チェルシーが、
「にゃぁ!」(なに、甘い物じゃと!?)
と驚きの声を上げた。
「ああ、定番は…」
と言いかけて、
(チョコバナナを思いついたが、そう言えばこの世界でバナナは見かけたことがないな…)
と思い、とりあえず、
「餡子にリンゴ、あとサツマイモを入れてもいい。あとはチョコレートも合うな」
と、適当に思いつたレシピを挙げてみる。
「にゃぁ…」(それは美味そうじゃのう…)
というチェルシーに、
「ははは。そのうち試しに作ってみるか?」
と言うと、
「にゃ!」(すぐ作れ!)
と無理な注文を言ってきた。
そんな興奮気味のチェルシーを、
「おいおい。いくらなんでもすぐには無理だ。新しいうちでの生活が落ち着いてからな」
と言って宥めるように撫でてやる。
「にゃぁ…」(むぅ…。仕方ないのう)
と言って不承不承ながらも了解してくれたチェルシーをまた撫でてやったところで、私たちは宿にたどり着いた。
「世話になったな」
と一声かけて宿を出る。
丁寧に見送ってくれる宿の人たちに向かって、後ろ手に手を振ると、私たちはさっそく新居へと向かって行った。
途中。
適当なお菓子を買う。
饅頭やせんべい、飴をいくつか袋に詰めて、頑張って準備をしてくれているサユリへの差し入れにすることにした。
やがて、詰所に着き、また裏門をくぐって稽古場の脇を通り、新居へと入っていく。
「ただいま」
と、久しぶりにそういう挨拶をして、玄関をくぐると、
「おかえりなさいませ」
という声がしておくからサユリが出て来てくれた。
今度はタスキをしていない。
おそらく準備はもう終わったのだろう。
「お菓子を買ってきた。落ち着いたらお茶にしよう」
と誘って、さっそく私の部屋に案内してもらう。
部屋はいわゆる和室で、戸を開けると縁側と小さな庭が見える、なんとも落ち着いた佇まいの部屋だった。
「にゃぁ」(ほう。よいの)
と言って、チェルシーがさっそく陽当たりのいい縁側で丸くなる。
「おいおい。これからおやつの時間だぞ」
と苦笑いで言うと、
「にゃ」(なに。…うむ。わかった)
と言って、睡眠欲よりも食欲を優先させ、部屋の中に戻って来てくれた。
「本当に言葉が通じるんですね…」
とまだ少し不思議そうにしているサユリに、
「ああ。こう見えて聞き分けがいいから、何かあったら遠慮なく言ってやってくれ」
と答えて、苦笑いをして見せる。
その苦笑いにサユリも苦笑いで答えてくれたので、
「さぁ、お茶にしよう」
と声を掛け、みんなで茶の間へと移動した。
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