第50話 賢者祭り
世界樹の枝をもらった翌々日。
さっそくエルドの町に向けて出発する。
トキムネ殿には先ぶれが行っているらしいが、おそらく数日は宿でのんびりすることになるだろう。
季節はそろそろ秋の初め。
街道沿いの田んぼでは、たわわに実った青い稲穂が涼しさを感じさせ始めた風に美しく揺らされていた。
「のどかだねぇ…」
と、おっさん臭い感想をつぶやく。
「にゃぁ…」(のどかよのう…)
とチェルシーも同じようにつぶやいた。
綺麗な小川のほとりでのんびり昼飯を食ったり、夜は星空を眺めながらのんびり眠ったりしながら進むこと4日。
エルドの町に入り、来た時と同じ宿へ向かう。
宿に着くとまずは宿の人にトキムネ殿への伝言を頼んだ。
広めの部屋でゆったりとくつろぎ、早めに湯を使う。
湯上り、またぼーっとしていると、やがて夕食の時間となった。
焼き魚や煮物なんかの料理とともに、
「本日は生ゆばの良いのが入りましたから」
と言って出されたゆば刺をつまんで酒を飲む。
ツンとしたワサビの辛味とゆばのとろけるような舌ざわり、そして軽やかな甘みがきりっとしたのど越しの酒と良く合った。
「にゃぁ」(これはこれでよいものじゃな。まぁ、肉の方が好きじゃが)
と言いつつゆばを美味しそうに食べるチェルシーを撫でてやりながらゆっくりと酒を飲む。
私は久しぶりにひとりで過ごす、ゆったりとした時間を心行くまで楽しみ、ほんのり酔った体でふかふかの布団に入ると、その日はそのまま眠りについた。
翌日。
のんびり朝食を済ませたところで、
「区長様がいらっしゃっております」
仲居さんから声を掛けられる。
私は当然、
「ああ。通してくれ」
と言って、すぐにトキムネ殿を部屋に招いた。
私の部屋に入って来るなり、
「この度はこの自治区の危機をお救いいただきありがとうございます」
と頭を下げてくるトキムネ殿に、
「なに。私はただついて行っただけで、全てマユカ殿の手柄だ」
と、いって一応謙遜する。
「それでも助けていただいたことに変わりはございません。この自治区を代表してお礼申し上げます」
というトキムネ殿の態度に、若干照れて頭を掻きつつ、
「まぁなんというか…」
と歯切れ悪く返事を返し、
「ああ、ところで。マユカ殿から話は聞いているか?」
と、さっそく話題を変えた。
「はい伺っております。お部屋の件でしたら、すでに手配は済ませておりますが、なにしろ明日から祭りということもありますので、2、3日いただければと思っておりますが、構いませんでしょうか?」
と少し申し訳なさそうに言ってくるトキムネ殿に、
「ああ。急ぎはしない。こちらこそ忙しい時に面倒をかけてすまんな」
とこちらも少し遠慮して答える。
「ありがとうございます」
と、また頭を下げるトキムネ殿に私は、また頭を搔きながら、
「そういえば、この辺りの祭りというのは何をするんだ?」
と聞いてまた少し話題を変えた。
「はい。この辺りではお神輿という神殿を模したものをみんなで担いで町を練り歩いたり、町の中心部の広場で笛や太鼓の音色に合わせて踊ったりします。屋台もたくさんでますし、ジーク様の像も飾る予定なので、是非ご覧になってください」
というトキムネ殿の言葉に、私は、一瞬、
(ほう。やはり祭りも和風なんだな)
と思って納得しかけたが、
「ん?え?像!?」
と驚いて、最後の言葉の意味を聞き直す。
すると、トキムネ殿は、
「はい。何しろ今回の祭りは賢者様祭りでございますので」
と、やや胸を張りながらドヤ顔でとんでもないことを言ってきた。
「え、えっと…」
と、言い淀む私に、
「さすがに、立派な像は間に合いませんでしたので、最初は張りぼてですが、その代わり、それを台座に乗せて町を練り歩く予定です。ぜひともご覧になっていただき、町のみんなの心意気を感じていただければと思っております」
と嬉しそうな笑顔を向けてくるトキムネ殿に、まさか「やめてくれ」とも言えず、私はその言葉に、ただ、
「ははは…」
と力なく笑う事しかできなかった。
「にゃぁ」(ふふふ。良かったではないか)
と、からかうチェルシーの声が聞こえる。
そんなチェルシーに向かって、トキムネ殿は、
「ははは。ご安心ください。ちゃんとチェルシー様を抱いて、サクラ様に乗ったお姿を作らせていただきましたからね」
と、ニコリと笑って声を掛けた。
「んにゃ!」(なんじゃと!)
と驚くチェルシーを、
「ははは。よかったな、チェルシー」
と言って撫でてやる。
「…んにゃぁ…」(…人間のすることは意味がわからん…)
と言って、唖然とするチェルシーに、
「そうか、そうか。嬉しいか」
と声を掛けると、
「ふしゃー!」(そんなわけあるか!)
と爪を立てられてしまった。
「おお。もしかしてお気に召しませんでしたかな?」
と苦笑いで声を掛けてくるトキムネ殿に、
「いや、これはきっとツンデレというやつだな。喜んでいると思うぞ」
と冗談を返し、2人してチェルシーに微笑ましい視線を送る。
すると、チェルシーは、
「にゃっ」(ふんっ)
と言って、ふて寝してしまった。
その後、トキムネ殿が部屋を辞し、
(こりゃ、うかつに町を歩けんぞ…)
と思ってそっとため息を吐く。
しかし、町が平和で何かしら活気づく手伝いが出来たのならそれでよかったのだろうと思い直して、ひとり微笑んだ。
翌日。
(さて、今日は一日宿に缶詰だな…。ん?そう言えばこの世界には缶詰が無いが、どうにか開発できないだろうか?あれがあればいつでもツナが食えるんだが…。うーん、機械工学は専門じゃないし、製造方法は何となくしかわからんし…。そうだ、ケインにそれとなく缶詰の理論を書いた手紙を送っておこう。そのうち開発してくれるかもしれん)
と思いながら朝食をとる。
そして、のんびり朝食を済ませた頃、正装したトキムネ殿が再びやって来た。
「ジーク様。あの…大変申し訳ないのですが…」
というトキムネ殿に、
「どうした?なにか問題でもあったのか?」
と聞くと、
「ええ、それが…」
と、まだ言い淀んでいる。
私はその困ったような表情を見て、
(これはなにか重大なことが起こってしまったに違いない)
と思い、覚悟を決めて、
「安心しろ。私にできることがあれば全力で対処する」
と申し出た。
「おお…。さすがは賢者様。私の悩みがお分かりになるとは!」
というトキムネ殿に、
「?」という顔を返す。
しかし、その表情に気が付かなかったのか、トキムネ殿は、
「実は、町の衆にジーク様がここに滞在しているということが知れ渡ってしまいまして…。それで、できれば是非行列に参加していただきたいのです」
と言って頭を下げてきた。
「ええ??」
と思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
そんな私をトキムネ殿が、
「あの…。お願いできますでしょうか?」
と、上目遣いでこちらを覗き込んできた。
(…言っちゃったよな。全力で対処するって…)
と自分の早とちりと失言を恨みつつ、
「あはは…。ああ、全力で対処しよう…」
と力なく返す。
すると、トキムネ殿は、
「おお!ありがとうございます。ジーク様。そうと決まれば、さっそくお願いできますでしょうか?ああ、もちろんチェルシー様とサクラ様もご一緒にお願いいたします」
と、ものすごく嬉しそうにそう言った。
「にゃ!?」(我もか!?)
と、チェルシーが驚きの声を上げる。
そんなチェルシーに向かって、
「あはは…。すまんが、一緒に巻き込まれてやってくれ」
と言うと、チェルシーは、
「にゃぁ…」(なんでそうなるのじゃ…)
と器用にため息を吐いた。
「ささ。どうぞこちらへ」
というトキムネ殿に導かれてまずは宿の裏手に回る。
すると、そこにはすでに鞍を付けたサクラが待っていて、まるで、「なんなの?」という感じで、
「ぶるる?」
と首をかしげながら鳴いた。
私はそんなサクラを
(…本当に会話を理解してるんじゃないか?)
と、どうでもいいことを考えつつ、優しく撫でてあげながら、
「どうやら祭りに参加して街を練り歩くらしいぞ…。ああ、まぁ散歩みたいなもんだ。大勢の人がいると思うが大丈夫か?」
と聞く。
するとサクラが今度は、まるで「わかった!」という感じで、
「ぶるる!」
と、嬉しそうに鳴いた。
「あはは。そうか、そうか、嬉しいか」
と、なにかを諦めたかのような笑顔でサクラを撫でてやる。
そして、
「では、参りましょう」
というトキムネ殿の言葉で、私たちはゆっくりと祭りの行列が待機していると言う町はずれの公園に向かって歩き出した。
公園に着き、
「賢者様がいらっしゃってくれたぞー!」
と嬉しそうに大声で叫ぶトキムネ殿の言葉にその場にいた全員から歓声が上がる。
私は、サクラがびっくりしないように軽く撫でてあげたが、当のサクラはなんとも落ち着いた様子、というよりも、どこか誇らしい様子できちんと胸を張ってその歓声を受け止めていた。
(すごい度胸だな…)
と感心しつつ、サクラを見る。
そして、トキムネ殿から、
「では、さっそくですが、お願いいたします。おい、みんな!準備はいいか!」
という声がかかると、私はさっそくサクラに跨り、チェルシーを抱っこ紐から出して鞍に乗せた。
「にゃ!」(おい。なんで我も外に出ねばならんのじゃ!)
と抗議の声を上げるチェルシーに、
「あはは。今日はチェルシーも主役なんだから堂々としてなきゃいけないぞ」
とわざとらしく声を掛け、ゆっくりと撫でてやる。
その言葉に、チェルシーが、
「にゃ、にゃぁ…」
という言葉にならない声を上げた。
きっと何かを諦めてくれたのだろう。
そう思って私もなんだかんだで諦めをつける。
そして、行列の真ん中あたり、私たちをかたどった神輿の前に並ぶと、ゆっくりと進み始めた行列に合わせて町中へと繰り出していった。
「賢者様、万歳!!」
「鬼退治ありがとう!」
「チェルシー様、こっち向いて!」
という大歓声の中、引きつった笑顔で時々手を振りつつ、町の中を練り歩く。
行列は延々2時間ほどかけて町中を練り歩き、やがて私が泊っている宿の前に着くと、私はようやくその重要な役目から解放された。
部屋に入り、一応窓から外の様子を見てみる。
すると、私の部屋の下には行列に参加していた町の衆がまだ残っていて、私の姿を見つけるなり、
「賢者様、万歳!!」
と言って、万歳三唱をし始めた。
私はそれに軽く手を振り、そっと窓を閉める。
「ははは…」
という声しか出てこない。
私と同じくチェルシーも、
「ふみゃぁ…」
と鳴いてがっくりと肩を落としていた。
とりあえず、お茶を淹れる。
チェルシーにはお茶請けに用意されていた小さな落雁を食べさせてやった。
「これから当分この町にいなきゃいけないんだよな…」
「んにゃぁ…」(まったく、なんで…)
と言い2人してため息を吐く。
そして私はとりあえず、ケインに送る缶詰の理論を記した手紙を書き始めた。
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