第4話 ダンジョン02

やがて空が赤く染まり始めた頃。

野営の準備に入る。

「にゃぁ」(晩飯は米がいいのう)

というチェルシーの要望に、

「わかった。カレーでいいか?」

と答えつつ、さっさと設営を済ませ、調理に取り掛かった。


まずは飯盒で米を炊き、ジャガイモ、ニンジン、タマネギとベーコンを切って炒める。

あらかた炒まったところで、水とスープの素を入れ、煮込んでいった。

(毎度転生してくる勇者様々だな)

とすでにこの世界にカレーが存在していることをありがたく思いながら、具材を煮込んでいく。

しばらくして、野菜が煮えた所で、魔法の調味料ことカレー粉を投入した。

途端にいい香りが辺りに広がる。

「みゃぁ!」(たまらん匂いだな!)

とチェルシーが鍋の側までやって来てウズウズとした目で私の手元を見つめ始めた。


「火傷するといかんから、ちょっと離れてろ」

と笑顔で注意しつつ、カレーを煮込んでいく。

(外で食うカレーは一味違うからなぁ)

と思いつつ私もたまらない気持ちでカレーの完成を待った。

やがて、米が炊ける匂いに気付いて、飯盒を開ける。

少し焦げてしまったようだが、それもまた飯盒炊爨の醍醐味というやつだろう。

そんなことを思いつつ、自分の分とチェルシーの分、それぞれを皿に取り分け、さっそくカレーをかけた。


「にゃぁ!」(いただきます!)

と言ってチェルシーが小さめの皿に盛られたカレーをがっつくように食べ始める。

「おいおい。あんまりがっつくと口の周りが黄色くなるぞ」

と笑いながら、私もカレーを口に運んだ。

林間学校という言葉が浮かんでくる。

私は魔物が溢れる未開の地でそんな呑気な前世の記憶らしきものを思い出しながら、なんだか楽しい気持ちでカレーを頬張った。


やがて、腹が満たされ、

「にゃぁ」(拭いてくれ)

と言って案の定口の周りにカレーを付けたチェルシーの口元を苦笑いで拭いてやる。

「よし。綺麗になったぞ」

と言って、食後のお茶の準備をしていると、さっそく私の側で丸くなったチェルシーが、

「にゃぁ」(明日はちと大物でも探すかの)

と呑気な口調でそう言った。

「ああ。そうだな。このままじゃ本当にお小遣い稼ぎにしかならん。オークくらいまでなら簡単だからそういうのがいたら教えてくれ」

と言いながらお茶を淹れる。

「にゃぁ…」(人使いが荒いのう…)

とチェルシーは文句を言うが、なんだかんだでいつも真面目に手伝ってくれるから、頼もしい限りだ。

チェルシーと一緒に冒険をしていると実に効率がいい。

そう思って今や頼れる相棒になったチェルシーを撫でてやりながら、呑気にお茶をすすった。


翌朝。

「にゃぁ!」(さっさと行くぞ!)

と元気いっぱいのチェルシーに促され、朝食もそこそこに出発する。

どうやら少し行ったところに何かしらの気配を感じているらしい。

(…この辺りで出るってことはまだ大物じゃないな。今回はもう少し奥まで行かないといかんか…)

とやや面倒くさく思いながらも、チェルシーが指し示す方向へ軽い気持ちで歩いていった。


やがて周りの空気が重たくなり始める。

(…この気配は…)

と思いながら、進んでいると、私の周りでいくつもの気配がうごめき始めた。

(やっぱり狼か)

と思いつつ油断なく歩を進める。

やがてほんの少し開けた場所に出たのでそこで足を止めた。

油断なく杖を構える。

集中して、周りの気配を読んでいると、藪の中から一斉に狼が飛び掛かってきた。

(かかった!)

と思いつつ、一気に魔法を発動する。

使ったのは初級魔法の風の刃。

普通は単発で牽制なんかに使う魔法だが、狼程度ならこれで十分だ。

私はその魔法を複数個同時に、自分の周囲を満遍なく殲滅できるよう、注意して一気に解き放った。

音も無く狼が霧になって消えていく。

数は10もいただろうか。

私はまたお小遣い稼ぎ程度にしかならなかったことを嘆きつつ、魔石を拾い集めた。


「にゃぁ」(奥にもう少し大きいのがおるぞ)

というチェルシーの言葉にうなずき、少しだけ気を引き締めて進んで行く。

チェルシーが指し示す方向に1時間ほど進んで行くと、確かに何やら大きな痕跡を見つけた。

(熊か…。それなりだな)

と思いつつ、さっさとその痕跡を辿っていく。

やがてやや木々の間隔が広い林に入ると一気に魔物の気配が強まった。

(ほう。好戦的なやつらしい)

と思いつつ、また杖を構える。

出てきた熊は予想よりも少し大きな個体で、

「グォォッ!」

と叫びながら真っすぐに突進してきた。

(大きい分当てやすい)

と思いながら、風の矢を叩き込む。

すると、その魔法は確実に熊の頭を打ち抜いた。

また、

「グォォッ!」

と熊が叫んで熊が足を止め、怒りも露に立ち上がる。

おそらく爪でも振り下ろしくくるつもりなんだろう。

私は、

(お。少しは粘るな)

と思いつつ、棒立ちになった熊の心臓辺りにもう一度魔法を叩き込んだ。

今度こそ熊が魔石を残して消える。

(まぁ、それなりだったな)

と思いつつ魔石を拾い、私の胸から下げられた抱っこ紐の中で呑気に丸くなっているチェルシーに向かって、

「昼にするか」

と声を掛けた。


「みゃぁ」(うむ。昼はパスタにしてくれ)

というチェルシーの言葉に苦笑いで、

「ああ。マカロニでいいか?」

と言いつつ、背負っていた荷物を降ろす。

そして、ドライトマトとスープの素、ベーコンなんかを取り出し、さっそくマカロニを茹でにかかった。


やがて昼も終わり、

「さて、行くか」

とチェルシーに声を掛けたまた森の中を進む。

その後はまた熊を仕留めた以外には何事もなく、順調に進んで日が沈み始めた頃野営の準備に取り掛かった。


また米を所望され簡単なチーズリゾットを食った後。

早々に丸くなってしまったチェルシーを微笑ましく見つめながらお茶を飲む。

そんなのんびりとした雰囲気の中でなんとなくこの世界のことについて、考えを巡らせてみた。


この世界でダンジョンというのはいわゆる未開の地のことを指している。

人間の文化圏を広げられない危険な地域、それがダンジョンだ。

その正体は謎だらけで、誰もその原理を解明出来ていない。

ある学者が魔力の素である魔素の淀みがダンジョンの中心にあって、それが魔物を生み出しているのではないかと言っていた。

私もその説が最も正解に近いのではないかと思っている。

しかし、それでも説明がつかない現象が多い。

それにそもそもその魔素というものの存在を誰も観測出来ていない。

まったくもって不思議だ。

しかし、その不思議なものが確かにこの世界にはあって、この世界をこの世界たらしめているのは厳然たる事実だ。

私はそのいくら考えても答えの出ない問いに苦笑いしつつゆっくりとお茶を飲んだ。


次に魔法について考えてみる。

魔法というのも考えれば考えるほど不思議だ。

魔法は魔力から生み出されるとされているが、その魔力というものの正体もまたよくわかっていない。

なんとなく「あるから使っている」というのが現状だ。

私も魔導工学を学んでいたが、その魔力というものの正体にまったくたどり着けなかった。

そんな自分を思って苦笑いを浮かべつつまたお茶を飲む。

人間なら誰しも持っている魔力。

その中でもより多くの魔力を持っている者が使える魔法。

人間なら当たり前に使っているそれの原理もまたよく解明されていない。

ある宗教学者は神の恩恵だと言っていた。

これは全くの思考の放棄で、わからないことはなんでも神の思し召しだという暴論だ。

結果があるなら必ず原因がある。

原因が神であるならばその存在が証明されなければいけないが、現在のところ神の存在を証明するものはいっさい発見されていない。

私はそのことを思って今度は少しシニカルな笑みを浮かべた。


(魔王が現実にいるなら神も現実にいたっていいじゃないか)

と思うが、そんな事実は歴史上のどこを見たって存在していない。

まったくこの世界は謎だらけで不条理だ。

そんなことを思いつつ、私の横で呑気に眠るチェルシーを眺める。

(お前はどういう存在なんだ?)

と心の中でチェルシーに問いかけつつ、その可愛い姿の魔王の頭を軽く撫でてやった。

「ふみゃぁ…」

とチェルシーが呑気に気持ちよさそうな声を上げる。

私はその様子を微笑みながら見つめ、お茶を飲み干すと、ブランケットに包まってその日はゆっくりと体を休めた。

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