第3話 ダンジョン01
「ふみゃぁ…」(やっぱりシャトーブリアンは美味いのう…)
と満足気に食後の感想を述べるチェルシーを伴って宿に入る。
選んだのはギルドに近い冒険者向けの安宿。
「じゃぁ、銭湯に行って来るから留守番しててくれ」
と言って、荷物の中から道具やら着替えやらを取り出して適当な袋に詰めると、私は、
「にゃぁ」(ああ、いってこい)
と、いかにも面倒そうに答えてさっそくベッドの上で丸くなっているチェルシーを部屋に残してさっさと銭湯へ向かった。
番台のおばちゃんに銅貨を5枚渡し、さっさと風呂場へと入っていく。
体を洗い、ゆっくりと湯船に浸かりながら、
(…ふぅ…。さて、明日からどうするか…)
とぼんやり思いつつも、先ほどのシャトーブリアンのせいで財布が軽くなったことを思い出し、
(まぁ、貯金ならけっこうあるが、そろそろダンジョンで路銀くらい稼いでおくか)
と考えて、本業の冒険者業に精を出すことを決めた。
適度に体が温まったところで風呂から上がり宿に戻る。
部屋に入ると、枕元で丸まっているチェルシーに、
「明日からダンジョンに行くぞ」
と伝えた。
「ふみゃ!」(肉!)
と叫んで目を輝かせるチェルシーに、
「いやいや。今回は路銀稼ぎ程度だから、食えるような大物が出る所まではいかんぞ?」
と苦笑いで伝える。
すると、チェルシーは、
「ふみゃぁ…」(なんじゃ…)
といって、いかにも詰まらなさそうな顔になった。
「ははは。しょうがないだろう。私はソロで荷物持ちなんていないんだから。奥まで行くのは面倒なんだよ」
と、また苦笑いで伝えて、チェルシーを宥める。
しかし、チェルシーは、
「みゃぁ…」(甲斐性無しめが…)
と言って少し不機嫌そうな顔になった。
私はそんなチェルシーに、
「ははは。そう言ってくれるな。誰かさんのおかげでパーティーが組めないんだ。その辺の事情は察してくれ」
とチクリと嫌味を言う。
そんな私にチェルシーは器用にジト目を送ってきて、
「みゃぁ」(なら馬の1頭でも手懐ければよかろう)
と言ってきた。
私は一瞬きょとんとしたが、すぐにチェルシーが何を言いたいのかを察し、
「ん?…馬を手懐ける…ってもしかして、ユックのことを言ってるのか?」
と聞く。
すると、チェルシーは、
「にゃぁ」(そうじゃ。あやつらなら、賢いしい森の中も苦にせん。良い荷物持ちになるぞ?)
と何気なく言ってきた。
私は、その言葉に少し呆れながら、
「いやいや。無茶言うな。あいつらは気難しいというか不思議ちゃんというか…。とにかく、気まぐれで訳がわからん。よほどの運が無いと手懐けるなんて無理だぞ?」
と言って、魔王様に人間の常識というものを教えてやる。
するとまた、チェルシーはまたジト目になって、
「みゃぁ…」(甲斐性無しめが…)
と言った。
「まぁ、とにかく明日からしばらくダンジョンの浅い所で魔石取りだ。まぁ、ピクニックくらいの気分でついて来てくれ」
と言って、またチェルシーを撫でる。
そして、
「みゃぁ…」(しかたないのう…)
と言って一応了承してくれたチェルシーに、
「すまんな」
とひと言軽く謝って、その日は早めに床に就いた。
翌朝。
さっそく町の門をくぐって街道をのんびり歩く。
ここからダンジョンの入り口までは徒歩で1日半というところ。
どうせ、ダンジョンの手前にある村の宿で一泊してから入ることになるだろうからと思って、割とゆったりとした気持ちで進んで行った。
無事に歩き通し、ダンジョン手前の村に着く。
まずは宿を取り、冒険者向けの商品を扱ういくつかの店で食料なんかの必要な物資をいくつか買い足した。
やがて、いい時間になったので、宿に戻って夕食にする。
こういうダンジョン前の村の場合食事をするところは宿屋くらいしかない。
冒険者ばかりのむさくるしい食堂で、田舎料理のシチューをちゃっちゃと食べた。
部屋に戻り、
「意外と美味かったな」
と言うと、チェルシーは、
「にゃぁ」(まぁな。しかし、肉の質がいまいちだったのう)
と、いかにも食通らしいことを言う。
私はその言葉を聞いて、
(この10年でずいぶん料理の味にうるさくなったなぁ…)
と苦笑いを浮かべつつ、さっさと支度を整えて床に就いた。
翌朝。
さっそくダンジョンに入っていく。
今回のダンジョンは一番典型的な森タイプ。
目的は魔石集めだけだから、浅い場所で適当に狩りをすればいい。
私はなんとも軽い足取りで森の中を進んでいった。
やがて、魔物の気配が濃くなってくる。
長い事冒険者をやっているせいだろうか、ずいぶんとこの気配というものを敏感に察知できるようになった。
「そろそろだぞ…」
とチェルシーに言葉を掛ける。
そんな私の問いかけにチェルシーは、
「みゃぁ…」(わかっておるわい…)
とやや不機嫌に答えてきた。
どうやらチェルシーは魔物の気配が私よりも正確に読めるらしい。
魔物の存在が近くなると、おおよその方向や距離を教えてくれる。
「みゃぁ」(あっちの方におるぞ)
と言ってチェルシーの前脚が指す方向に進んで行くと、案の定ゴブリンらしき魔物の痕跡を見つけた。
(ゴブリンかぁ…)
と本当にお小遣い稼ぎくらいにしかならない獲物に少し辟易としながらも、一応気を引き締めて剣を抜く。
魔法で一掃しても良いが、たまには剣の稽古もした方が良いだろうというちょっとした思い付きだ。
「みゃぁ」(ほう。剣か)
とつぶやくチェルシーに、
「ああ。たまにはな」
と答えて、その痕跡を追って行った。
やがて、ゴブリンの巣が見えてきた。
5、60はいるだろうか。
意外と多い。
(あちゃー…。魔法にしとけばよかったか…)
と思いつつも、抜いてしまった剣をひっこめるのも恰好が悪い。
そう思って、ため息を吐きつつ背負っていた荷物を降ろし、
「ちょっと留守番しててくれ」
と言いつつチェルシーを荷物の側に降ろして軽く撫でてやる。
「みゃぁ…」(さっさと済ませて飯にしてくれ…)
とあくびをしながら呑気に荷物の横で丸まるチェルシーの態度に苦笑いを浮かべつつ、私はゴブリンの巣へ向かってゆったりと進んでいった。
私の存在に気が付いたゴブリンが、「ギャーギャー」わめきながら群がって来る。
私はそこで駆け出し、剣に魔力を纏わせると、冷静に1匹ずつ斬っていった。
右に薙ぎ、下段から跳ね上げる。
くるりと回ってまた横なぎに一閃すると、今度はやや踏ん張って袈裟懸け。
次々に襲いかかってくるゴブリンをスパスパと斬っては雲散霧消させていった。
やがて、少し大きな個体が棒を振り回して叫びながらやって来る。
それを冷静に斬り払うと、あっけなく戦いは終了した。
「ふぅ…」
と息を吐いて、トントンと腰を叩く。
(歳かねぇ…)
とやや自虐気味に笑いながら剣を納めると、そこら中に散らばっている魔石をせっせと拾い集め始めた。
やがて、魔石を拾い終わりチェルシーのもとに戻る。
「待たせたな」
と言って、丸まっているチェルシーを撫でてやると、チェルシーは、
「みゃぁ」(飯にするぞ)
と素っ気なくひと言そう言った。
「あいよ」
と気軽に答えて荷物からチーズとソーセージを取り出す。
チェルシーは肉の次にチーズが好きだ。
いや、野菜もよく食うから好き嫌いは無いのだろう。
(今度は魚でも食わせてやろうかな…)
と考えつつ、手早くソーセージを焼き、パンに挟み込んだ。
そこに刻んだチーズを乗せて火魔法で軽く炙る。
すると、あっと言う間にチーズドッグが完成した。
「肉とチーズだけでいいか?」
と一応聞きながらチェルシーの分のソーセージを皿に盛りチーズをかけて同じように炙ってやる。
すると、
「にゃぁ」(うむ)
と答えたチェルシーが一応人間の礼儀だと言って教えてやった、
「にゃぁ」(いただきます)
という言葉を言ってから、さっそくソーセージにかぶりついた。
(猫舌ってなんだろうな…)
と思いながら、私もチーズドッグにかじりつく。
村で買った安いやつの割にはなかなかジューシーなソーセージに少し驚きつつ、ゆったりと昼食を楽しんだ。
「さて。いくらなんでももう少し奥に行くか」
と言って、荷物を背負い再び歩き始める。
「にゃぁ」(さっさと路銀を稼いでとっとと出るぞ)
と言うチェルシーに苦笑いしつつ、私はもう少し奥を目指して森の中を進んで行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます